前回に続いて納豆の話。納豆は健康面からも環境面からも、また経済性からも優良な食品と言える。人類の持続可能な発展のため、これをぜひ国際的に普及させたいものだが、問題は臭いだった。しかし、臭いの元となる物質を作らない納豆菌の発見で、今後には期待できそうだ。
醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。
納豆の栄養と機能性
納豆の栄養は原料である大豆と同じ特徴を持ち、タンパク質と脂質を豊富に含む。それだけではなく、さらに優れた成分が含まれている。脂肪の代謝等に関わるビタミンB2やアミノ酸代謝等に関わるビタミンB6が増え、骨形成を促進するビタミンK2が顕著に増加する。また、血栓を溶解させるというナットウキナーゼのヒトへの効果は明確ではないが、否定されているわけではない。※1
※1国立健康・栄養研究所/「健康食品」の安全性・有効性情報/ナットウ (ナットウ菌)の項参照。
プロバイオティクス(probiotics)とはヒトの健康に有益な作用をもたらす微生物やこれを含む食品を指す。納豆菌は、乳酸菌と並ぶ代表例である。一方、腸内の善玉菌増殖を促して腸内環境を改善する物質をプレバイオティクス(prebiotics)という。大豆由来のオリゴ糖と食物繊維がこれに当たる。これらプロバイオティクスとプレバイオティクスの両方を一緒に摂取することや、その両方を含む食品等をシンバイオティクス(synbiotics)と呼んでいるが、納豆はまさにこれに当たる。
こうした特徴を生かしたトクホ(特定保健用食品)が開発されている。ビタミンK2を多く含み「骨たんぱく質(オステオカルシン/osteocalcin)の働きを高める」ことを謳う商品と、独自の納豆菌による「おなかの調子が整えること」を謳う商品がある。
なお、ビタミンK2は抗凝血薬(ワルファリン)の作用を弱めるため、服用中は納豆を避けるべしとされている。
大豆の消化率と製造コスト
本連載の7回目「畑の肉」で、タンパク質の質を示すアミノ酸スコアを説明した。ここで、五訂食品成分表から大豆のアミノ酸スコアを86と紹介したが、新しい研究では100とされているので訂正する。※2
※2「五訂日本食品標準成分表」が採用した1973年のFAO/WHOの提案では大豆のアミノ酸スコアは86であった。その後1985年にWHO/FAO/UNUが行った提案では、大豆のアミノ酸スコアは100となっている。
ただし、アミノ酸スコアは高くても大豆は組織が硬いため、タンパク質の消化のよさが問題になる。消化率90%以上と高い食肉に比べ、炒り大豆や煮豆では60~65%とかなり低い値である。豆乳や豆腐では95%と高まるが、除去されるおからにもタンパク質が残るので、割引いて考えなくてはならない。その点、納豆は全体を摂取できる形でありながら消化率は85~90%と十分に高い。
納豆を製造するためのコストにも触れておこう。納豆を作るには、大豆を煮る鍋と、保温ができて湿度が保てる箱があればよい。また、高度な技術力を持たなくても、小規模であっても対応できる。豆乳や豆腐は工程が複雑になるため、納豆に比べ設備費用は高くなる。しょうゆや植物たん白は装置産業であり、高度な技術力も必要である。それら他の大豆食品に比べ、納豆は製造コストも低いと言える。
人類に貢献できる納豆
穀類を多量に消費する食肉生産が、地球環境に大きな負荷を与えている。これに対して、大豆を直接食べるという文化は、人類の持続可能な発展に欠かせない要素と考えている。しかも、多様な大豆食品の中でも、納豆の特徴が注目される。上記のように、栄養的に好ましく、途上国であっても製造が容易だからである。天日で乾燥させれば、日持ちする食材にも加工できる。
ただし、普及には特有の臭いが気になることは確かである。
納豆に関してミツカングループに注目している。醸造酢を造ってきた同グループは、1997年に納豆業界に参入して「金のつぶ」シリーズを販売した。
ミツカンは新しい視点から、従来の納豆商品とは異なる商品を数多く開発している。納豆のたれは小袋の開封に苦労するものだが、これをゼリー状にした「あらっ便利!」や、容器の蓋にタレを収めて手を汚すことなくかけられるようにした「パキッ!とたれ」にはビックリしたものだ。前回記したように筆者はたれを使用しないが、これを支持する消費者は多いだろう。
さらに興味深い商品に「におわなっとう」がある。納豆臭を代表する物質に低級分岐脂肪酸というものがある。その一つイソ吉草酸は、悪臭防止法で指定される特定悪臭物質であり、「蒸れた靴下臭」と表現される。「におわなっとう」はこうした物質を作らない納豆菌を発見することにより商品化したものである。関西における消費量アップにも貢献したに違いない。
今や米国でも納豆は製造されている。消費の中心は日系人と考えられるが、非日系の人々にも愛好者が徐々に増えているようである。納豆臭が少ない納豆は、国際化を進める場面でも貢献できるだろう。豆乳や豆腐に続いて、納豆も世界に羽ばたいてほしいと願っている。