納豆の歴史は相当に古いと考えられる。しかし、一般に広く食べられるようになったのは江戸時代のことである。近代の普及は主に東日本で進んだが、ここ30年で西日本での消費も大きく伸びた。
醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。
東日本大震災で感じた糸引き納豆の価値
筆者は食料自給率向上のため、できるだけ米飯を食べるようにしている。ただし、朝食はパンと牛乳のパターンになる。ここに糸引き納豆(以下納豆)を添えることが多い。パンと納豆は合わないのではないか、とのご指摘がありそうだ。
どうぞ、ご心配なく。カラシだけをかけて、“口内調味”することなく納豆だけを食べてしまうからである。また、かき混ぜることも行わない。グジャグジャになった様子は、上品さを欠いて食欲がわかないのである。眉をひそめないでほしい。かく言う私が少数派であることはしっかり自覚している。たれをかけないのは、塩分を控えなさいという家内のお達しによる。
納豆はおいしくて栄養があり、しかも安価である。よく鶏卵が物価の優等生と言われるが、納豆だって負けてはいない。スーパーでは、4パックの商品が100円くらいで売られている。以前、テレビ番組の“納豆ダイエット捏造事件”でイメージを落としたが、もちろん納豆自体が悪いわけではなかった。
東日本大震災では、納豆生産量第1位の茨城県も大きな被害を受けた。原料や資材の供給が断たれ、電力も不足し、生産が大きく落ち込んだのである。東京でも薄暗い店頭から納豆が消え、気持ちがさらに暗くなったものである。もちろん、大変だったのは被災された方々であり、生産再開に努力されていた工場の方々である。あのときは改めて納豆の価値を身にしみて感じたものである。
イネとダイズの出会いで生まれた納豆
納豆の原料は、大豆と納豆菌とシンプルである。夾雑物(きょうざつぶつ)を除いて洗浄した大豆を、十数時間水に浸けてから蒸煮する。大豆が熱いうちに納豆菌をかけて容器に入れ、約40℃の保温室で1日間醗酵させると完成である。個人でも、比較的簡単に作れそうである。納豆菌は市販の納豆を種として使えばよい。ポイントは熱い大豆に納豆菌を接種させるところにある。
納豆菌(Bacillus subtilis var. natto)は、枯草菌(こそうきん)の一種である。これは細長い棒状の好気性細菌で、耐熱性の芽胞を形成する。自然界のどこにでも存在するが、とくにイネの葉に多く棲むという。かつての納豆製造では、煮沸した稲わらを用いていた。この操作で、納豆菌以外の雑菌を死滅させることができたのである。
納豆の由来は諸説あるが、自然発生的に各地で誕生した可能性がある。煮豆と稲わらの出会いがあればよいからだ。縄文時代の後期~晩期に、九州に陸稲とダイズが伝わっていたことが確実視されている。弥生時代になれば、納豆誕生の機会はさらに増えただろう。それでも、納豆が一般化するのは、江戸時代になってからのことであった。
現在、納豆の大豆はサイズにより、大・中・小・極小と分かれる。大豆を割った挽き割りや黒大豆を用いるものもあって、それぞれに持ち味がある。菌が生育するのは大豆表面なので、表面積が広い方が菌体量が多くなるだろう。一般に発泡スチロール製の容器が多いが、プラスチックフィルムの成形品(写真)や紙カップを用いるものもある。
急速に縮まった納豆消費の地域差
農林水産省が「豆腐・納豆の現状」(2006年)という資料を作成している。これによると、納豆への支出金額は増加傾向が続き、2004年には4122円(1世帯/年)で30年前の4.2倍にも増えている。生産量も、同年は25万tで、1999年に比べて約1割増である。
また、あるアンケートによると、米飯と共に摂ることが圧倒的に多いという。一方、米の消費は減少が続いているので、矛盾する現象のように見える。この大きな原因は、関西地区の消費が伸びていることだろう。納豆の消費には偏りがあり、“東高西低”であることはよく知られている。都市別の消費量では、福島市・水戸市・青森市が上位に名を連ね、和歌山市・大阪市・高知市が最低レベルである。納豆消費の地域差(上位3都市平均/下位3都市平均:家計調査年報)を見ると、1965年は21倍と大差があった。しかしその後、1980年12倍、1994年5.8倍、2004~06年2.8倍と、急激に差が縮まってきた。2004年以降、生産量は足踏み状態になるが、これは関西地域で伸びる余地が少なくなったためと考えられるだろう。
筆者は東京在住だが、納豆の購入はあるドラッグストアでということが多い。薬だけでなく、加工食品や酒類も販売している。この店で目立つのが、納豆の廉売である。希望小売価格150円程度の商品が、60円弱で並んでいる。消費者としてうれしく購入するものの、心境は複雑である。3年前まで食品製造メーカーに勤務していた。公正取引委員会が取り締まる不当廉売には当らないのだろうが、メーカーとしては辛い出荷に違いない。