デカンティングとスワリングの意味と効果を再検証する

デカンティング(デカンタシオン)をする際に守るべき作法と、通常行われるワイン・グラスに注ぐ注ぎ方とには矛盾がある。また、今日誰もがワイン・グラスをぶん回すスワリングを行うが、それの効果が何であるのかは理解されていない。それらのことを再検証する。

これからのワイン・サービスの方法

 しかし、前回説明したワインの注ぎ方、ソムリエたちが行ってきた作法、そしてその背景となる事柄は、現在“常識”として伝承・共有されていない。もしこれを、ソムリエたちがお客さまが捨てるべき部分で勉強させていただくのだというのであれば、この作法と所作の意味をきちんと説明し、了解を得てから行うべきだ。

 そこで、私の指摘を支持してくださる方々には、レストランでの新しいワイン・サービスを提案している。コルク栓を打ったワインを提供する場合は、まず、お客の人数よりも1つ余分なグラスを用意する。そしてなぜ瓶口内壁を拭き取るのか、なぜボトルを回転させながら注ぐのかを説明しながら、問題の1杯目を注ぐ。その上で、その最初の少量のワインと続く2杯目以降のワインとを、お客さまにも比較テイスティングしていただくのだ。

デカンティングの矛盾、スワリングの誤用

 私はこれ以外にも、ワイン業界に伝わるあらゆる作法や所作を再検証する必要があると考えている。一つひとつの作法・所作に込められた意味、狙う効果、その背景にある事実や理論を確かめ、今日なお行うべきことか廃止すべきかを見きわめる必要がある。

 というのも、1杯目の注ぎ方を考えて以降思いを巡らせてみると、かつての私自身が矛盾だらけなことを頓着なしに行っていたことが見えてきたのだ。

 たとえば、熟成したワインのデカンティング(デカンタシオン)の仕方と、ワイン・グラスへの注ぎ方の矛盾である。

 ワインをデカンタに移すときの作法は、ワイン・ボトルもデカンタも斜めに傾け、ワインが泡立たないように静かに移していくことになっている。ところが、そのワインをグラスに注ぐときには、落差を付けて泡立つように注いでいるソムリエやワイン愛好家をよく見る。

 せっかく注意深くデカンタージュされたワインである。それをワイン・グラスに注ぐなら、ワイン・グラスも斜めに手に持ち、デカンティングのとき同様に泡立てないように注ぐべきである。

 もう一つ。ワインをグラスに静かに注いだとしても、さらに目も当てられない光景を見ることになる。ワイン・グラスを得意げに豪快にぶん回すスワリングをする人は、いまや珍しくない。

 あれをやる人の中の、とりわけ得意げにぶん回している輩は、間違いなく十数年前までの私自身である。あの頃の私は、ワインにかかわる知識をかき集めただけで、情報の整理整頓ができていなかった。

 デカンティングとは通常、静置成熟したワインの香味を損なうことなく、発生した澱を分離するために必要な技術である。若いワインに用いる場合は異なった目的で行う。

 抜栓したワインに、今後まだ成長・熟成するパワーが残っているかを判断する方法の一つとして、作為的にある程度の落差を保って泡立つようにワインをグラスに注ぎ、グラスの内側に沿ってリング状に形成される泡の輪の消滅に要する時間を参考とする方法がある。しかし、せっかくのワインが荒れてしまうので、直にテイスティングできる場合は用いない方がよいと今は思っている。

 スワリング(ぶん回し)は、ワイン・グラスに注がれたワインの香味が良好でなかったとき、あるいは若すぎるワインの数年後の変化を推理したい場合や不快な香味が隠れていないか確認したい場合の手段として、グラスの中のワインを泡立てずに成分の揮発と酸素との接触を図るためにグラス内を回転させる技術であって、すべてのワインをおいしく楽しむためのテクニックではないのだ。

おいしく楽しむ方法と欠点を発見する方法は別もの

 十数年前までの私は、ワインをおいしく楽しむ方法と、ワインの寿命の判断法とか“欠陥詮索技術”をごちゃ混ぜにして、機会のあるたびに見せびらかしていたのである。今思い返すと、入るための穴をいくつ掘ったらいいのかと恥じ入る思いである。

 それでもグラスへの注ぎ方を変えたくないという方とスワリングしたくなるという方は、これも自分で実験してみておくことをお勧めする。適切に静置熟成させた同一のワインを、従来通りの作法すなわちドボドボと注いだ場合と、泡立てることなく慎重に注いだ場合とで、比較テイスティングする。また、同じワインをスワリングした場合と、スワリングしない場合とで、比較テイスティングする。

 これを行えば、今までいかに香味を壊してからワインを飲んでいたかがわかるだろう。ワインを泡立てて注いだり、注がれたワインをスワリングするだけで、ワインはの香味は著しく変化してしまうのである。

 そこで私は、もう一つ確かめてみたい事柄が出来た。以上説明したことは、抜栓してグラスに注がれたワインに起こる現象である。では、抜栓前のボトル・ワインが受けた攪拌は、ワインにどのような変質を引き起こしているのだろうか。通説では、“輸送荒れ”は数カ月程度の静置・定温管理で回復するとされてきた。しかし、それが本当なのだろうか? との疑問が生じた。

 これを根源的なレベルで確認するには、生産現地から数日をかけてトラック輸送したワインを生産現地へ戻し、生産現地から移動していないワインと比較テイスティングすることだ。しかし、これは資金力のない私には不可能な実験である。

 そこで、日本にいながらにして“輸送荒れ”の検証をするにはいかすべきか、考えてみた。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。