逆浸透膜式濃縮機の普及で、ワインの補糖の様子は一変している。今日、加熱濃縮果汁添加ワインの味を確かめられるのは、スペイン産のある銘柄以外にはなくなってしまった。
逆浸透膜式濃縮機の普及
一部の白ワインに感じられたゆでた果実(ジャム)のような香りは、砂糖添加から非加熱濃縮果汁添加へ移行する端境期に存在していた。1980年から加熱濃縮果汁添加への移行を済ませていた大半のドイツ・ワイン、リープフラウミルヒ(Liebfraumilch)のQ.B.A.(Qualitätswein Bestimmter Anbaugebiete)クラスやターフェルヴァイン(Tafelwein)クラスのワイン群の中にそれはあった。
当然のことながら、逆浸透膜式濃縮機による非加熱濃縮果汁添加への変更も、ドイツ・ワイン業界が先鞭をつけたと記憶している。
しかし、この逆浸透膜式濃縮機の普及は、私に“新たな混乱”も起こさせた。ドイツ・ワインの同じ蔵の同じ畑の同一品種同一収穫年について、カビネット(kabinett)とQ.B.A.をブラインドで比較テイスティングしてみても判別ができないのである。生産者を変えて何度か試みたが、私のテイスティング能力では結果は同じであった。むしろ、強いて上質と判断したものはQ.B.A.クラスの方であることが多かったと記憶している。
最後の加熱濃縮果汁添加ワイン
今日では加熱濃縮果汁を添加したワインに出会うことは、一つのワインを例外として、できなくなってしまったのかもしれない。その例外ワインはスペインのマラガ(Malaga)である。パブロ・ピカソ(Pablo Picasso)の生まれた町マラガで造られる、煮詰めたブドウ果汁を添加してから醗酵させる特異なワインである。
この地は、1978年に参加した「ジャーマン・ワイン・アカデミー短期セミナー受講ツアー」(第10回参照)の帰路に組み込まれていたいくつかの訪問地の一つであった。当時のこの国の物価の安さには仰天した。ツアー同行の方々とシーフードレストランでワイン・リストを眺めてみると、なぜかドイツ、フランスの銘醸ワインが母国よりも安いことに気付いた。それで次々に注文し、急遽贅沢な午餐会となってしまい、休息も忘れ飲みかつ食べた時のデザート・ワインがマラガだった。
(ついでながら、この店のオードブルで供された“コハダ”の酢〆(ワイン・ビネガー漬け)は絶品であった。現地では何と呼ばれている魚なのかは知らないが)
将来は非加熱濃縮果汁へ移行か
マラガ・ワインは、シェリー(Sherry)のオロロソ(Oloroso)よりも茶色く、ほとんど酸味を感じさせない甘口ワインである。私は本来ワインの酸味にほれ込んでいる人間だが、マラガの酸味を切り捨てた味わいの潔さに魅せられてしまった記憶がある。チョコレートと塩漬けオリーヴを食べながら、葉巻をくゆらせつつ飲みたいワインだ。成城石井の輸入ワイン・リストにこの名前を見つけた時は、すぐに仕入れてお客様に試飲していただいたものだった。
また私は飲んだことがないのだが、マラガの上級品には天然濃縮果汁を使ったものがあるらしい。そのことを勘案すると、将来的には普及品も非加熱濃縮果汁を原料とする製法に変わってしまう事態もあるのかもしれない。この素朴な香味を味わいたいなら今のうちなのだと思う。また、ワイン業界人なら、加熱濃縮果汁使用ワインのサンプル・データとして体験しておくべきだと思う。今では砂糖添加のEC加盟国産ワインというものも、テイスティングする機会は失われてしまったと思われるのだから。