リーファーが改善する2つのダメージ

タコグラフ
5月から6月にかけての季節に、英国サザンプトンから東京へ向かった貨物船が積み込んだコンテナの温度変化の例(高温度帯の測定を可能にするため、記録紙上には10℃低い値を記録している。常に40℃以上で、しかも昼夜間で10℃以上の温度差がある。

タコグラフ
5月から6月にかけての季節に、英国サザンプトンから東京へ向かった貨物船が積み込んだコンテナの温度変化の例(高温度帯の測定を可能にするため、記録紙上には10℃低い値を記録している。常に40℃以上で、しかも昼夜間で10℃以上の温度差がある。

ワインのリーファー輸送を業界に提案した大久保順朗氏が、リーファー輸送が必要と考えるに至ったワイン物流の問題の本質を語る。今回は、海上輸送時の温度の問題と、その解決のためにリーファー・コンテナを選んだこと、そして発表時のある憂鬱について、お送りする。

船倉内部では常時40℃にさらされる

 連載の第1回で触れたように、私がワインのリーファー輸送を業界全体に向けて提言したのは1986年、つまり25年前のことだ。この提言は、ドライ・コンテナ(保温や冷却機能を持たない普通のコンテナ)でワインを海上輸送する従来の方法をとった場合に発生するワインのダメージを指摘したものであった。

 このダメージには2種類がある。その一つは、コンテナ船自体とその航路上に潜む高温化(温度上昇)要因によって発生する。これについては、連載第7回「船内指定積み付け」でおよそのところを紹介した。

 まず、船の甲板上(オン・デッキ)に積載されたドライ・コンテナの場合、積載ポイントが直射日光の当たる位置であれば、昼夜間の著しい温度変化に毎日さらされることとなる。

 では、船倉内部(アンダー・デッキ)に積載されれば安心かと言えば、そうはいかない。船内の随所に熱源があるからだ。

 そう聞いて、多くの人が最初に思い浮かべるのはエンジンやボイラー室だろう。しかし、それだけではない。

 通常、大型船の燃料は重油だ。しかも、とくに粘度の高いC重油やB重油を使う。これを燃料タンクからエンジンへ送るには、粘度を下げるために送油パイプをスチーム加温してやる必要がある。したがって、送油機構の周りには、送油パイプ自体とスチームパイプからの排熱がある。

 また、燃料タンクはどこにあるかというと、一般に船首左右と船尾左右にある。“左右”というのもくせものだ。大型船の燃料タンクは船体のフローティング・トリム・バランス(平衡制御)の微調整機能も担っていて、燃料の重油は燃焼消費以外にも前後左右のタンク間移動がある。だから、船の送油機構は船倉内部の相当広くに温度の影響を及ぼす。

 私がつてを頼んで調べた結果、船倉内部は“船側強制吸排気口周辺”を除けば、常時40℃近くの温度に支配される空間だとわかった。

 もう一つのダメージとは、高温化の逆に低温化(温度降下)要因だ。

 低温化要因によるワインのダメージは、それ以前にはワイン業界では全くと言っていいほどに問題視されていなかった。しかし、連載第10回「気がかりな味。産地の現場で理解したこと」のヨハニスベルク城(Schloss Johannisberg)地下の話で、私がこれを問題視するに至った経緯がわかっていただけるだろう。

 ワインのリーファー輸送提言は、このことも指摘するものであった。具体的には、冬季輸送時、日本到着前にプサン港へ寄港した場合を想定して低温ダメージへの懸念を述べた。

 なお、ここで言う高温化要因ないし低温下要因によるダメージとは、主に口漏れ(高温化・低温化とも)と成分結晶(低温化)という現象自体を指し、香味の劣化原因としての意識は、当時は私自身さほどにははっきりしていなかった。

【常時40℃近くの温度について】

 40℃はヒトの体温以上の温度だ。居住空間がそのような温度であれば、人は病気になるし、食品は傷むということは、節電圧力のある今年はとくに指摘するまでもないだろう。

 そのような温度だから、この40℃という温度自体が、ワインに深刻なダメージを与えてしまうものと思い込んでしまいがちだ。私自身も最初のころはそう思っていた。

 しかし、ビン詰め直前にパスチャライゼーション(Pasteurization。低温熱殺菌)されているワインは、短時間ではあるが、60℃程度の温度にさらされているのである。

 もちろん、コルクで栓をしたワイン・ボトルが40℃まで温められれば、中身の液体の膨張(アルコールは水よりも膨張率が大きい)による口漏れ現象の発生は避けられない。しかし、40℃という“一定の温度”にさらされること自体が、ワインの品質に致命的な影響を及ぼすとは考えられない。

 実は、ドライ・コンテナで輸送した場合のワインの品質上のダメージは、40℃の貨物船から降ろされ、温度管理された倉庫にしばらくの期間静置された後で起きる。

 ワイン貯蔵に好ましい温度帯(もちろん40℃よりもずっと低い)の倉庫であれば、40℃に温められていたワイン・ボトルの中身は収縮を始める。液体の容積が収縮し始めれば、ビン内は陰圧化する。

 ところで当時のワイン・ボトルはコルク栓だ。コルク栓は、ボトル内外を完全に遮断できるものではない。そのため、陰圧化したワイン・ボトルは、内部と外部の気圧が同じになるまではビン口内壁とコルク栓の間から外気を吸引することとなる。

 さて、空気のおよそ21%は酸素である。これがボトル内に入ることになる。新たな酸素流入は、ボトル内で確実に新たな酸化現象を引き起こす。

 これが温度変化がもたらすワインの品質劣化のメカニズムだ。

 これを理解すれば、逆に、リーファー輸送によらないワインでも、ワイン貯蔵倉庫の温度設定によっては、受けるダメージを低減し得るとわかるのだ。ワイン貯蔵の適温には諸説あるが、では、9℃、11℃、14℃、15℃、18℃のうちで何℃を選択すべきだろうか? 答えは明白だ。40℃との差が最も小さい18℃がベストであろう。

 もし今でもリーファー輸送をせず、“船内指定積み付け”でワインを輸入されている企業があったなら、メッテルニッヒ侯爵家のヨハニスベルク城地下の深い地下貯蔵室の温度25℃での貯蔵(連載第10回「気がかりな味。産地の現場で理解したこと」参照)にチャレンジしていただきたいものである。

品質管理の師は何と言うだろうか?

 ところで、ワインのリーファー輸送の提言を準備していた私には、考えると憂鬱になることがあった。この提案は、従前から“ドライ・コンテナによるシーズン輸送”(夏季以外)と“船内指定積み付け”を売り物にしていたワイン輸入業者数社から反発を買うことが必至であったのだ。

 より良い手段が見つかった時、それ以前の最良の手段が色褪せて価値を失ってしまうのは道理である。私はその上さらに、「低温ダメージへの懸念」という形で、ワイン輸送に最良の季節とされていた“冬季輸送”を否定する提言を付け加えてしまったのである。

 もともと、彼らの“シーズン輸送”と“船内指定積み付け”は品質保全への先進的な方策であり、それを実践している業者の方々は、当時の私も最も信頼していた方々である。

 とくに山岡寿夫氏は、私が「品質管理の師」と仰ぐ方であり、先進的輸入業者の中でも、さらなる“秘訣”を武器としていた業者である。

 相克することだが、そもそも「ワインのリーファー輸送」の提言にいたる底流にあったものは、山岡氏との約束「船内指定積み付けに関する秘密を他言しない」を守りながら、ダメージの少ないフランス・ワインを手に入れる手段の模索であった。

 ようやく探し出した方策ではあるが「山岡氏は容認あるいは賛同してくれるだろうか?」ということが私を悩ませ、師への告白を先のばしする状態が続いていた。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。