JBA版「マウント・フジ」が、赤くはないオリジナルからどうして現在普通に作られる赤になったのか。文献を当たると意外なことがわかった。ある段階で、ベルモットの「白」の指定が消え、さらにある段階で「白」の指定が別の形で復活していたのだ。
消えた「白」の指定
調べてみると、現在の日本バーテンダー協会のオフィシャル・カクテルブックでは、「大日本基準コクテール・ブック」(以下「大日本基準」)の「マウント・フジ」で「バカルディ・ラム」とされていた指定が「ホワイト・ラム」に替わり、「マルティニ・エ・ロッシのベルモット(白)」の指定は「イタリアン・ベルモット」(色指定なし)に替わっている。つまり、現行レシピでは「白」がいつの間にかベルモットの行からラムの行に移動していることがわかった。
通常の理解では、色の指定がなければ“イタリアン・ベルモット=赤”だから、「バカルディ」の淡い茶色が抜けても、倍量の濃い赤色のイタリアン・ベルモットで作ったカクテルは真紅に近い色となる。
「マウント・フジ」はなぜ淡い桜色から“赤富士”と呼ばれる真紅に変わったのか。
戦後の品川レシピ
さらに資料に当たってみた結果、その原因は第18回=III 幻の「大日本基準コクテール・ブック」(2)で指摘した、書き写す際の年号の誤記のようなうっかりミスではなかったことがわかった。
今から50年以上前、「マウント・フジ」誕生から26年後に日本バーテンダー協会機関誌「ドリンクス」にこのカクテルの誕生秘話を載せた品川潤がエピソードと共に示したレシピでは、ラムにもベルモットにも色の指定はない。今回の末尾に「大日本基準」/品川カクテルブック/品川ドリンクス記事/現行NBAオフィシャルのレシピを示すので、まずご覧いただきたい。
これでおわかりいただけるように、「マウント・フジ」誕生に立ち会った当の品川が、戦後になってレシピを変更していたのだ。
レシピの変遷を見ていくと――「大日本基準」掲載のオリジナル、つまりコンクールへの提出レシピにあるオリジナルの「マルティニ・エ・ロッシのベルモット(白)」を、品川が「イタリアン・ベルモット」(赤・白の指定なし)に変更→他のバーテンダーが「スイート・ベルモット」(イタリアン・ベルモットの赤を想起するが色を指定せず)にぼかしてから、ラムをホワイト(白)指定――という経緯を戦後になってからたどっているようだ。
それにしても一度は消えた「白」の指定が、なぜ後世になってこともあろうにベルモットではなく、ラムに付いたのだろう。
「マウント・フジ」レシピの変遷
「大日本基準コクテール・ブック」(1936/筆者訳)
オレンジビタース 1 dash
レモンジュース 2 tsp
バカルディ・ラム 1/3
マルティニ・エ・ロッシ ベルモット(白) 2/3
シェークしてカクテルグラスに注ぐ
「スタンダード・カクテルブック」(1954、品川潤・室井良介著/改訂8版)
オレンヂ・ビタース 1滴
レモン汁 2茶匙
バカーデ 1/2オンス
イタリアン・ベルモット 1オンス
以上をよく振盪してカクテール・グラスに注いで供する
JBA機関誌「ドリンクス」(1959、品川潤寄稿)
オレンヂ・ビタース 1滴
レモン・ジュース 2茶匙
バカデー 1/2オンス
イタリアン・ベルモット(マルチニ・エ・ロッシ) 1オンス
「NBA新オフィシャル・カクテルブック」(日本バーテンダー協会編著/2009年)
スイート・ベルモット 2/3
ラム(ホワイト) 1/3
レモン・ジュース 2 tsp
オレンジ・ビターズ 1 dash
シェークしてカクテル・グラスに注ぐ