日本人にとって欠くことのできない調味料がしょうゆ。しかし、昔に比べて使うことが少なくなったように感じないだろうか。筆者の場合、食卓でしょうゆを使う機会は刺身とすしくらいしかない。おひたしや冷奴などでは、希釈用つゆやポン酢を使うことが多い。
醤油造りのプロが書いた大豆の本。大豆は豆として調理されるだけでなく、さまざまな加工品となることで人類に栄養を供給し、豊かな食文化も花開かせてくれている大いなる豆。そんな大豆はどこから来たどんな豆なのか、そしてどんな可能性を持っているのか。大豆と半世紀付き合って来た技術士が大豆愛とともに徹底解説します。
しょうゆの起源
鎌倉時代、禅僧の覚心が中国から径山寺(きんざんじ)みそ(第14回参照)を持ち帰り、紀州湯浅に伝えたという。しょうゆはこれから誕生したという有力な説がある。一方、みそから分離した液体が桶の底に溜まり、これに由来するという説もある。
いずれにしても、現在のしょうゆの造り方が完成したのは、江戸時代になってからのことである。
大豆等の穀類を加熱処理し、麹菌を生育させたものを麹という。これと塩水を混合した諸味(もろみ)を醗酵・熟成させ、圧搾した液体調味料がしょうゆである。
初期にはほとんど大豆で造っていたが、等量の小麦を加えるようになった。これが大きな改革だったと考えている。小麦のデンプンからブドウ糖が出来る。これがしょうゆに甘味を加味するだけでなく、香りを格段に向上させたのだ。香りにかかわる諸味中の乳酸菌と酵母による醗酵を、ブドウ糖は旺盛にしたのである。
江戸時代には、大消費地の江戸に向けて関東でしょうゆ造りが興隆する。以前は関西から運ばれる“下りもの”が高品質とされたが、やがてこれを圧倒するに至る。“下らない”関東しょうゆが江戸の市場を席巻したのだ。消費者たる江戸っ子に好まれる品質(濃い味)を実現したためである。
さらに、江戸時代後期になると、しょうゆは東アジアや欧州へ輸出されるようになる。フランス料理では、隠し味として珍重されたという。英語でダイズをsoybean(しょうゆ用の豆)と言うが、ここに由来する。輸出用の容器は陶器製のコンプラ瓶で、加熱したしょうゆを詰め、蝋で封印した。これは、日本酒で行われていた火入れの応用と考える。パスチャライゼーション(低温殺菌)と言えるが、近代細菌学の開祖とされるルイ・パスツールがこの方法を発明する300年以上前に日本で開発されていたのである。
生産量減少にどう向き合うか
しょうゆについて、JAS(日本農林規格)では原料や造り方の異なる5種類(こいくち・うすくち・たまり・しろ・さいしこみ)を定めている。さらに、本醸造方式・混合醸造方式・混合方式という3種類の醸造方法と、特級など3種類の等級を規定している。各種の食品にJAS規格が存在するが、最も複雑な構造と言える。
食生活に欠かせないしょうゆだが、国内生産量は減少が続いている。1980年代まで年間120万klで推移していた出荷量は、1997年に110万kl、2002年に100万kl、2009年には90万klを割り込んだ。急激な落ち込みだが、とくに家庭用の消費が大きく減少している。というのは、加工用のタンクローリー等は増加傾向にあるからだ。
家庭用が減少した原因としては、(1)食の洋風化の進展、(2)食の外部化の進展、(3)めんつゆ等の加工調味料の増加、(4)小袋製品の添付の増加、(5)人口減少等が挙げられる。
市場の縮小に、企業はどのように対応すべきだろうか。利益を確保できる新商品の開発が重要である。よいしょうゆの条件は、赤い色で、うまみがあって、芳香が高いものである。実際、近年は品質にこだわった商品が増えている。うまみが強い超特選しょうゆ、丸大豆や有機原料を用いたしょうゆ等である。切り口は異なるが、減塩しょうゆを含めてもよいかも知れない。これらは高価なので、販売量が少なくても利益を上げられる。
ただし、しょうゆは酸素に弱いという欠点がある。そのため、開栓後は品質の劣化が進み、色は黒く、味は悪く、芳香は飛散してしまう。専門家は開栓後1カ月以内で使い切ることを勧めている。よいしょうゆであっても、1カ月を超えると品質は確実に劣化する。冷蔵庫保管・少容量の商品選択が品質保持に効果がある。そんな中、家庭用で中身が空気に触れない容器入りも登場した。このような容器開発も品質へのこだわりと言える。
加工用と海外向けは伸びている
伸びている市場は加工用と海外である。これらの市場向けに注力することも選択肢になる。日本企業による海外生産は20万klを超え、輸出も伸びている。特徴ある品質を実現できれば、ネット販売も期待できる。地域に密着して顧客を確保するのも有効な対応だろう。
しょうゆを多く使用する加工調味料開発も対応策になる。めんつゆや焼肉のたれといった商品である。副原料や製造法など、企業の特徴を示しやすい分野と言える。しかし、この市場も競争が激化している。
また、一般消費者だけでなく、食の外部化にかかわる分野、すなわち外食チェーン店や中食産業なども有力な市場と言える。
変化に対応できない企業は、市場から退場することになる。1990年代、毎年100~200のメーカーが減少していた。最近の2006~2010年のデータでは、減少数は毎年平均36企業で、2010年の企業数は1447である。ペースは緩やかになっているものの、減少は継続している。