シンジェンタジャパン(東京都中央区、ステファン・ティッツェ社長)は、7月10日、「シンジェンタの新戦略~私たちのグローバルオファーの統合」と題したイベントを東京国際フォーラムで開催しました。同社の世界中の社員教育の一環として行われているプログラムで、今回は研究者、メディアなどにも公開されました。私も出席しましたが、「こういう情報提供もあるのか!」という驚きがありましたので、これからのサイエンスコミュニケーション、リスクコミュニケーションのヒントになると考え、ご紹介します。
工夫された説明会場のデザイン
初めに、ステファン・ティッツェ社長による「シンジェンタの事業と考え方」に関する講演があり、続いてパブリックアフェアーズの坂本智美氏より、セミナーのルールが説明されました。その説明によると、参加者は各20人ほどのチームに分かれ、展示場内に設けた9つのブースを巡りながら情報提供を受けるというものでした。
グループは「ライス」「ダイズ」「トウモロコシ」「油糧作物」「サトウキビ」「芝生と園芸植物」「野菜」「シリアル」などと名づけられ、自分のグループ名は受付時に渡された名札に記されています。
説明が終わって実際に展示場に入ると、それぞれのブースは一つひとつが独立した大きなテントのようになっていて、その一つに入ると、「ある村に入って来た」といった印象を受けました。
ブース内の中央のあたりには背もたれのないイスが人数分置かれ、それを取り囲むテントの壁にポスターが展示されています。現れた説明者は、そのポスターの一つひとつの前に立って説明していくので、説明者が移動するにつれて、イスに座った参加者はそれぞれ座る向きを変えたり顔を向けたりと、体を動かしながら聴くことになります。
また、説明にはポスターだけでなく、実際の植物や食品、52インチテレビでの動画なども使い、言葉だけでなく、“見てわかる”方法でわかりやすいものになっていました。説明する内容は英語の共通テキストが基本になっていて、それぞれのブースの説明者が翻訳や伝え方に工夫を凝らしています。話題によっては、一人で説明し続けるのではなく、複数の説明者がかわるがわる話したりということもありました。
各ブースでの説明時間はすべて15分ずつと定められていて、説明が終わると全グループが一斉にスムーズに移動するように、音で終了時刻が知らされます。この合図の音は、和太鼓でした。
参加者には、ハンドブックが配布されています。このハンドブックは、9つのグループごとのプレゼンテーションを見やすく分類し、使用するビジュアルのすべてを納めています。このため、もし聞き逃しがあってもその部分を取り戻せないという心配をする必要はありません。
また、ブースの移動に遅れてはぐれたり、気分が悪くなったりしたときのために、困ったときの連絡先(携帯電話の番号)も記されています。
こうした準備があるので、荷物はすべてクロークに預けて、ハンドブック一つを持ってブースを巡り、説明に集中することができます。
統合された総論と各論
これら9つのブースで説明を聞いていると、そのそれぞれと冒頭の社長の講演とで話が一貫していたこともわかってきます。このため、幅広い内容を理解しやすくする効果があったと思います。
その一貫した趣旨とは、「生産者を中心として、これからの農業のあらゆる課題に“ソリューション”を提供する」という方針です。私は最初、「ソリューション」という言葉が繰り返し使われるので、それにやや閉口しました。しかし、9つのブースを巡る後半、つまり総論と各論の情報が揃うに従って、同社のこれからの取り組みの姿勢を示すには、やはり「ソリューション」という言葉が適切だったのだとわかるようになりました。
シンジェンタの場合、種苗、栽培技術、農薬の使用など幅広い分野にわたって営農をサポートするので、とかく耳目を集める遺伝子組換え技術や農薬も、それら全体の一部分であるという捉え方です。したがって、同社のゴールは、個々の技術の進化ではないということにも気付かされました。
また、自社の考え方を外に向けて宣伝することはよく行われますが、それに対して、まず自社組織内に浸透させるということ、その実践は、たいへん重要なことです。ですが、これまでのところ、産・官・学・消のあらゆる組織で、この重要なポイントが軽視されているように思います。その点、シンジェンタが自社のスタッフのために、このように工夫したプログラムを持っていることは素晴らしいと感じました。
成功するコミュニケーションには“非日常”がある
昨今、いろいろな科学技術についてさまざまなコミュニケーションが行われています。これらのサイエンスコミュニケーションのイベントの中でも、成功しているものには共通のコンセプトがあります。それは、“非日常”があるということです。
たとえば、サイエンスキャンプのように、遠隔地で知らない人たちと共同生活をするのも一つです。また、サイエンスコミュニケーターが“○○マン”に扮装して参加者の関心を引きつけるのも、ある種の“非日常”です。
今回のシンジェンタのプログラムでは、“村にやってきた”と感じさせるテントや、普段はあまり耳にしない和太鼓が“非日常”です。和太鼓はシンジェンタジャパンの遊び心の表れですが、たとえばスイスではカウベルを使用したというように、それぞれの国でそれぞれのお国柄にあった演出が行われているということです。
各ブースでのプレゼンテーションが15分と定められていたことにも注目したいと思います。この時間は短いため、やや説明が十分ではないと感じる場面もありました。しかし、だからこそスライドやシナリオの内容は注意深く選定されていました。膨大な情報をコンパクトに伝えることに重点をおき、悩んで悩んで情報をスリムにしたのだろうと推察します。
15分ごとに9つのブースを廻ることは、休憩も入れると2時間半の講演会に相当します。これをもし、一般的なステージと聴衆という形で説明するとどうなるでしょう。もし、話だけでなくステージに実物を置いて見せるなどの演出をしたとしても、2時間以上座っていれば眠くなって舟を漕ぐ人も出てくるでしょう。
しかし、短く区切った一定時間ごとにブースを移動し、またそれぞれのブース内では座りっぱなしではなく体を動かすようにして“聴く姿勢”を維持させるという方法は、たいへん優れたアイデアだと思います。
このように、学ぶことが多いイベントでした。