そもそもコルクは通気性を持っており、ワイン・ボトルの栓として適当なものではない。しかし、その欠点を取りつくろうために、「ワインは呼吸する」などの風説が流されたと考えられる。半面で業界ではコルク栓の欠点は自覚されており、コーティングなどのさまざまな改良が行われている。
天然コルク栓の気密性は低い
ところで、コルクは樹皮である。だから、木の表面側への栄養補給が多くそこで旺盛な組織形成が起きなければ、厚いコルク層は発生しないはずである。
一般的に、樹木は幹の内部が内から外へと年輪を重ねながら太くなり、一方、樹皮部は外から中へと厚みを増していく。幹の内部は木部とその外側の篩部とに別れ、木部と篩部の間で活発な細胞分裂が起きている環状組織を、維管束形成層と呼ぶとのことである。
さて、木の表面に露出している部分は古い樹皮であり、内部の生長に耐え切れず表面に亀裂を生じる。このとき、樹皮層への養分補給が緩慢であれば表皮は剥離脱落を起こし、厚く均一な樹皮層は形成できない。サルスベリ、ケヤキ、シラカバ、ブナなどがこのタイプである。
他方、コルクガシは道管や放射組織の形成が旺盛で、樹皮部分への栄養補給が十分行われ、表皮の亀裂を補修する特性を持つ樹木ということになる。コルクガシはもちろん、ナラやクヌギ類にも見られる表皮の凸凹はその“修復”の痕跡であろう。
そして、樹皮(コルク)に年輪線を形成できるコルクガシとは極めて稀な存在であり、恐らく数十年に渡って樹皮内の道管および放射組織の機能が失われない樹木ということであろう。
通常の天然コルク栓は、道管の本来の機能“道”を温存したまま利用している。つまり、極めて密閉性は低い栓と言える。この欠点を言いつくろううちに生まれた風説こそが、いまだに多くの信奉者がいる「ワインは呼吸する」や「ワインの熟成には微量酸素の継続的供給が必要」などという世迷言に違いない。
天然コルク栓自体は減っている
だが、幸いにもこの“道”の中に樹液があふれかえっていれば、気密性は保たれる。つまり採取の時期が適切であれば、気密性の高い天然コルク栓も存在すると言うことである。ひと安心だ。
植物の放射組織(植物の体の中心から外側へ水平方向に走る組織)の観察は一般には困難だが、道管の観察は容易である。季節ごとに庭木の枝打ちをしたとき、切断直後の断面を観察すれば誰にでも理解できることがある。生長著しい春から夏には、切り口から水分の多い樹液がこぼれ落ちる。一方、落葉後に切った枝の断面は樹液もあふれず、剥き出しの道管を確認できる。
早春の芽吹きの前の時期、新たな枝の断面からは粘性の高い、甘い樹液があふれ出す。太い幹の表皮に亀裂が生じ、キラキラした樹液がにじみ出すのもこの時期である。サトウ楓の林にメープル・シロップの甘い香りが充満するのもこの時期である。このときは、道管と放射組織のパイプの中は、樹液であふれかえっているわけだ。この時期に採取したコルク材や伐採された木材は、ズシリと重いはずである。
しかし、近年のコルク材のトリクロロアニソール汚染問題に起因する尋常ではない煮沸洗浄処理は、コルク材から樹液の多くを煮出してしまっているはずである。だとすれば、そのようなコルクに密閉効果は期待できるだろうか? 残念ながら否である。
また、最近の一部のシャンパン用コルク栓には新たな変化が現れた。前回説明したシャンパン用コルク栓底部の天然コルクの柾目板が姿を消して上部の合成樹脂で固めた集成コルクだけのものが現れたのだ。恐らくは溶出の恐れのない、無害で安定した合成樹脂が採用されているのだろう。
さらに、コルクのコーティング処理も進んでいる。写真をご覧いただきたい。右のものは長年見慣れたものだが、最近は左と中央のようなコルク栓をよく目にする。全体の色合いは、以前のコルクと比べると明らかに異なるものであり、とくに赤ワインと接触していた部分の着色は著しく不自然である。これらは、コーティング処理をしたものであろう(なお、右のものはおそらく未加工の天然コルク材を使用していると思われるが、確証はできていない)。