便利なブドウ品種「アリカンテ・ブーシェ」

赤い果肉のブドウ品種は、ワイン醸造では最良の品種とは言えないのではないか。しかし、その一つであるアリカンテ・ブーシェは、ビジネス上好都合な点があるようだ。

白い果肉と赤い果肉のどちらが優良か

 私がこれらを問題と感ずるのは、事がほかでもないグルナッシュとカリニャンに関することだからだ。グルナッシュ・ノワールとカリニャンは、赤ワイン用原料ブドウとしては世界ナンバー・ワンとナンバー・ツーの作付面積を誇る黒ブドウ品種である。本来白い果肉であるはずのこれらのメジャーな品種の、実は何パーセントが白で、何パーセントがタンテュリエ系であるのだろうかと疑念を持つのだ。

 そして、あるブドウ品種の系統に白い果肉のものと赤い果肉のものとがある場合、そのどちらがワイン原料として優れているかということが当然気になる。

 その判断の一つ参考になるのは、ボジョレー(Beaujolais)の原料ブドウに関するフランス・ワイン原産地統制呼称(A.O.C.)法だ。ボジョレーで栽培されるガメイ(Gamay)についてのことで、グルナッシュ・ノワールについてではないが、推理の材料にしてもいいだろう。

 実はガメイにも赤い果肉の変種ガメイ・タンテュリエ(Gamay Teinturier)がある。しかし、ガメイ・タンテュリエは許可品種ではあるが、奨励品種ではない。奨励品種はガメイ・ノワール・ア・ジュ・ブラン(Gamay Noir a Jus Blanc)すなわち「白い果汁の黒ガメイ」であると明記、念押しされている。少なくともガメイでは、白い果肉の品種のほうが原料として優れているという扱いだ。

 他方、ローヌ地方や南フランスで多用されているグルナッシュ・ノワールについては、どのように記載されているか? こちらは、とくに奨励品種とされる変種の明記、念押しはない。ただ、許可品種としてアリカンテ・ブーシェが掲げられている。繰り返すが、アリカンテ・ブーシェは、グルナッシュ・ノワールと同じく、「アリカンテ」の一語で呼ばれることがあるものなのだ。

“許可品種”アリカンテ・ブーシェ

 私はここに作為を感じ取る。グルナッシュ・ノワールの場合に、赤い果肉のアリカンテ・ブーシェを許可品種として掲げる一方、ガメイの場合のように奨励品種として“グルナッシュ・ノワール・ア・ジュ・ブラン”(Grenasche Noir a jus Blanc)=「白い果汁のグルナッシュ・ノワール」のように明記、念押ししないのはなぜか?

 さらに言えば、スペインでの呼称ガルナッチャ・ティントレラにならえば、これは“グルナッシュ・タンテュリエ”である。であるのにもかかわらず、フランスでフランス人が作出した品種になぜ「アリカンテ・ブーシェ」とスペインの地名を付け、「タンテュリエ」の語が入るのを避けたのか? 許可品種リストにも「タンテュリエ」と明記せずに「アリカンテ・ブーシェ」ととぼけているのはなぜなのか? 私にはこれが、“バレバレの作為”と見え、ブーシェ父子と今日のフランス・ワイン業界に疑いの目を向けた。

 そこで、確認できたことではないが、私が考えたのは以下の3つだ。

 一つは、前回紹介した話題で、国産大手ワイン・メーカー某社が「もっぱら輸入に頼っていた色調整用のブドウ色素」としていたものは、ガルナッチャ・ティントレラ=“グルナッシュ・タンテュリエ”と呼ぶべきもの=アリカンテ・ブーシェ系から抽出された色素であったのだろう。

 そして、1990年代の健康志向からの赤ワイン・ブームの折、国産大手ワイン・メーカーが売り出した「ポリフェノール強化ワイン」とは、とくに目新しい技術ではなく、グルナッシュ・ノワールとして通用しているアリカンテ・ブーシェ系の色素を用いたものであったのだろう。

 さらに、現在国産赤ワイン用に使われている「輸入500%濃縮果汁」も、安価なものにはやはりグルナッシュ・ノワールとして通用しているアリカンテ・ブーシェ系が使われているのだろう。

 ただし、この後私はブーシェ父子への疑念を反省した。そのことは次回以降で説明するので、ぜひここで止まらずに続けてお読みいただきたい。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。