ワイン・ボトルの中で酸素と結び付く物質は一つではなく多様だ。それらのうちどれと結び付くかで、“ワインの酸化”の結果は一様ではない。ただし、すべてと結び付く状況を作れば、結果は一様となるはずだ。
酸化の安定度は物質によって異なる
ワインは人体に「抗酸化作用」を及ぼしてくれる物質にあふれた飲料だと言われている。抗酸化作用を持つ物質とは、それ自身は酸化しやすい、言わば“好・酸化物質”であるということではないか! そして、ワインに含まれる“好・酸化物質”を酸化させることなく人体内に取り込むために、酸化防止剤というより強力な“好・酸化物質”である亜硫酸やアスコルビン酸を添加しているのだ。
つまりボトル詰めされたワインは“好・酸化物質”のオールスターチームのような飲料だと言うことである。そのワインの中では、溶け込んだ酸素を巡って激しい争奪戦が展開されているということなのであろう。そして大半の条件化では、酸化防止剤が酸素争奪戦に勝利していると言うことらしい。
ワインを構成するさまざまな物質の中には、酸化しやすい物質としづらい物質があり、その複数の物質間には“酸化優先順位”が存在するのだろう。そして“酸化優先順位”の高い物質の中には、アスコルビン酸のように些細な温度変化で結合酸素を放出してしまう物質があるようだ。だとすれば、“酸化優先順位”というものは、温度等の環境条件の変化によって順位が変化してしまうという不安定な代物なのだろう。しかし中には、一度酸化してしまうと、かなりの環境変化が遭遇しても酸素を放出しない、安定した酸化結合をする物質もあるのだろう。
相手が多ければ“ブ男”にもチャンス
酸素を女性に、ワインを構成するさまざまな物質を男性にたとえてみよう。
酸素という美しく魅惑的な複数の女性がワインという町に現れる。町の男たちの中には女に手の早いプレイボーイから、シャイだが誠実な男もいる。
運命の悪戯で悪い男に捕まって人生の辛酸をなめる「O嬢」もいれば、幸せな結婚をして子宝にも恵まれる「O嬢」もいる。二度三度と結婚離婚を繰り返した後に良縁に恵まれる「O嬢」もいるだろう。
「O嬢」の数が少ない時、時間はかかるかも知れないが、最終的に大半の「O嬢」は安定を好む幸せな伴侶に巡り会える。ワインという町は良好に熟成した状態となる。
だがありあまるほどに大勢の「O嬢」が町に現われたらどうだろう? 多くの“好・酸化物質”という男たちの誰にも「O嬢」と巡り合うチャンスは到来し、彼らは傲慢になり、何人もの愛人を持つ者も現われるだろう。酸素を過剰に捕まえて歩く男たちが激増するのだ。ワインという町は劣化した状態となるのだろう。
好ましくない組み合わせが必ず起きる条件
ワインを構成する物質の中で、酸素の結合相手が、特定の物質Aであった場合には熟成的香味変化が生じ、物質Bであった場合には「劣化」とすべき好ましくない劣化的香味変化が生じると仮定しよう。そしてワインの各構成物質は、温度変化等の環境変化により、“酸化優先順位”が変化すると仮定する。
ではどうだろう? 物質Aも物質Bも温度変化等の環境変化により還元反応を起こすのであれば、溶存酸素量が極端に少ない状態でも物質Aが“酸化優先順位”の上位にある環境変化の場合には劣化は起こらず、良好な熟成変化が発生することになる。
ところが物質Bが酸素結合最優先順位にある環境変化の場合には、ワインの劣化が発生することになる。さらに、酸素供給量が非常に多い場合には両方が発生することとなる。つまり、Bとの組み合わせは確実に起こることとなり、結果的に劣化が発生する。
現実の経験には符号する
これらの仮説が正解であった場合、現実のあらゆるワインの状態が理解の範囲に収まる。
たとえば、不適切な管理が原因で顔もそむけたくなるほどに劣化臭を漂わせていたワインが、適正温度の定温管理下で数年経過させると、劣化臭が軽減される場合がある。
他方、熟成十分で、残存する遊離亜硫酸がなかったはずのワインを開けた時に、明らかに硫黄臭が嗅ぎ取れることがある(第11回参照)。
では、酸化して劣化したワインが還元により健康を取り戻すことは可能なのだろうか? ワインに含まれる溶存酸素量が極端に少ない状態では、ある程度可能であると思う。しかし、酸素が豊富に供給され、酸素を奪い取ってくれるはずの物質がすでに酸素と化合してしまっている場合、健康の回復は不可能となるはずである。