今後、ワイン業界はビール業界のように均質な製品の大量生産が行われる時代に入っていくことも予想される。しかし、そうした時代にあっても、原産地の特徴と責任を明らかにする表示の整備は重要な課題になっていくだろう。
ワイン業界はビール業界化する
反面、従来のような良質な自然果汁を得るための“畑での努力”は報われない時代が到来する危険性が高まっていると言えよう。やはり早急にECワイン法の中に、ドイツのプレディカートヴァインよりも厳格な「何も足さない! 何も引かない!」というワイン規格を創出しなければならない時代が来るのだろう。
そして、何も足しも引きもしないワインの品質的優位を容易に感知できるシステムの構築が必要となるだろう。非加熱濃縮果汁添加を禁止し、補糖容認規格のワインには加熱濃縮果汁添加あるいは異糖添加のみを許可するようなしくみである。
現在、A.O.C.の規定として、それに近い規制がブルゴーニュやローヌ、ジュランソン産のワインの一部に例外的にあるらしいが、実施されているのかは定かでない。実施されているのであれば、他の地域にも拡大することを願う。
だが手遅れなのかもしれない。近い将来、ワイン産業もビール産業同様に、いやそれ以上に、数えるほどの多国籍メーカーが、どこで飲んでもそこそこに良質・安価・均質の原材料原産国表示のない大量生産ワインで圧倒的市場支配力を握ってしまうのかもしれない。
良質・安価・均質な大量生産品と言えば、日本の工業製品の“錦の御旗”であるが、農水産品およびその加工品に関しては歓迎ばかりはしていられないフレーズである。
日本の原産地表示ルールはゆるい
EU産ワインのラベル表示の基本基準は「85%」である。つまり、表記するものが産地である場合は、表記産地のものが85%以上含まれていなければならず、かつ残り15%に関しては表示産地を包含する一段広範な隣接指定エリア内の産地産に限り混入が許される。
一方、日本のワインに関しては、これを規制する酒造法やワイン法がない。あるのは、道産ワイン懇談会、山形県ワイン酒造組合、山梨県ワイン酒造組合、長野県ワイン協会、日本ワイナリー協会の5団体で構成したことになっている「ワイン表示問題検討協議会」が制定した、なんら法的拘束力もなく罰則規定もない業界自主基準と、日本ワイナリー協会が実施機関となっている公正競争規約だけである。
ワインに限らず、日本の農水産物およびその加工品の原料原産地表示のルールは曖昧であったり、生ぬるさがある。
酒類はJAS法の「原料原産地名表示対象20食品群等」には含まれない。これを規制するものは、景表法と国税庁所管の「地理的表示に関する表示基準」ということになるが、原料原産地表示については、製品中の何%以上がそれである場合に表示可とする規定が見当たらない。
それでも解釈を調べていくと、表示物が51%以上含有されていればよいらしい。49%のものは隣接地産のものではなくてもよく、国内どころか外国産でもよいらしい。この「外国産でもよい」という生ぬるさは、国産ワイン大手メーカーに配慮した結果とさえ見えてくる。
チェルノブイリは好機にできた
翻って、現在の放射能汚染農水産物について考えてみよう。現実問題として、放射性物質に対する国の安全基準は多くの消費者から信用されていない。事故当初の放射性物質拡散データの隠蔽行為と作為的検査遅延疑惑にその主原因はある。
だが、国や事業者への疑念はそれだけではなく、過去の記憶も影響しているだろう。
たとえば、チェルノブイリ原子力発電所事故が起きた1986年当時、ある事業者の“国産”スパゲティからイタリア産スパゲティよりも高い放射性物質汚染数値が確認された。恐らくこの事業者は知らずに汚染原料をつかまされた被害者なのであろう。だがその後の対応はこの事業者らしからぬ曖昧なもので、感心しなかった。そしてあの時、原材料原産国表示義務と表示物最低含有率のEC並み引き上げの法制化運動を展開していれば、今回の混乱は小さくて済んだはずである。