逆浸透膜式濃縮機の普及がもたらす変化はまだまだある。品質的に下位にあるはずのワインの品質が格段に上がることはもちろん、これまで顧みられなかったブドウ品種の復活といったことも考えられる。
補糖の有無の識別
少し脱線してドイツ・ワインの話をしたい。ドイツのワインには収穫後のブドウおよびその果汁に人為的加工を施してはならないという規制をかけたクラスのワインが存在するのだ。少し前までは「肩書き付き上質ワイン」(クワリテーツヴァイン・ミット・プレディカート/Qualitätswein mit Prädikat=QmP)、現在は単に「肩書き付きワイン」(プレディカートヴァイン=Pradikatswein)と規格区分されているワインがそれである。
ECワイン法で地理的条件から最も多量の補糖を容認されている国に、全く補糖を許さない規格のワインが存在し、かつ補糖の有無を識別できる表示が義務付けられているのである。
1970年代のドイツ・ワイン業界を生きた人間であれば、同一ワインのカビネットとQ.B.A.をテイスティングで識別する能力を身に付けること、つまり砂糖で補糖したワインと補糖をしていないワインを識別することは、日々の基本であった。ところが、同時代をフランス・ワイン業界中心で生きた業界人の方々の間では、砂糖で補糖したワインと補糖をしていないワインの判別など不可能とする主張が多かったように記憶している。
私の経験から言わせていただくと、ダメージであれ添加物であれ、有るものと無いものについて、比較テイスティングで差異を感じ取ることは容易である。反復テイスティングしていれば、未知のワインにそれが有るか無いかを判別できるようになる可能性は高くなる。
非加熱濃縮果汁添加ワインの識別は難しくなる
第11回で説明したように、ドイツ・ワインは「A.P.ナンバー=公認検査番号」の表示義務(ビン詰者認識番号・最終貯蔵容器別ワイン検査認識番号・検査年号あるいはビン詰め年号等)に加え、収穫後のブドウおよびその果汁に対する人為的加工の有無の表示義務まで負っているのである。
前述したように、逆浸透膜式濃縮機による非加熱濃縮果汁を添加したワインは、自然果汁のみで作られたワインとの識別は格段に難しくなっている。添加の有無の表示があれば、反復テイスティングを続けてやがて識別法を身に付けるときも来るだろうが、表示がなければ至難である。テイスティング能力を磨こうと思うなら、テーマを持ってドイツ・ワインに親しむことをお勧めしたい。
逆浸透膜式濃縮機のインパクトはほかにも
逆浸透膜式濃縮機による非加熱濃縮果汁の添加は、ワイン業界にとっては“諸刃の剣”、それどころか“開いてしまったパンドラの箱”なのかもしれない。品質的に下位にあるはずのワインの品質が圧倒的に向上し、安価で良質なワインが市場にあふれる時代が目前に迫っていると思われるのだ。
考えられる変化はほかにもある。従来は軽視されていたブドウ品種の中から、逆浸透膜式非加熱濃縮を施すことにより高品質で個性豊かなワインを生み出すブドウが再発見されるかもしれない。
また2003年にフランスを襲った猛暑を契機に補酸(リンゴ酸添加)が合法化されてしまったが、今後はこれ以外にも非加熱濃縮果汁の部分成分添加が容認される時代が到来するかもしれない。
さらには、本来は無色に近いであろう非加熱濃縮果汁も、果皮成分の非加熱非醗酵抽出技術を併用すれば、赤い非加熱濃縮果汁もすでに存在しているに違いない。過去に私はブドウ色素の売買を批判したことがあるのだが、このアンダー・グラウンドの国際的組織も最早崩壊しているのだろう。