ワインのリーファー輸送で健康なワインが安定して手に入るようになったことで、ワインに生じるダメージの原因と結果を結び付けるためのテストも行いやすくなった。そこで、ワインに行われる補糖についての推理も進み、意外な発見もあった。
ワインの「?」が消えていった
ここで改めてお断りしておくが、私の行ってきた物流改善提案は科学的分析を伴わない。これには相当な費用がかかるが、残念ながら私にそれを行う資金力はなかったし、協力組織もなかった。頼みとするのは自身の味覚と、出会った方々から教えていただいた断片的知識だけである。
父母祖父母たちが与えてくれたであろう自らの味覚には常人以上のものという自信と、それを研ぎ澄ます努力もしてきたという多少の自負はある。しかし振り返ればたいへんな遠回りをしてきたのだと思う。
その遠回りは決して無駄ではなかったとも思うのだが、とくにワインのリーファー輸送を実現するまでは、私の頭の中は「?」マークで溢れかえっていた。
しかし、リーファー・コンテナを使って一定基準を満たした健康なワインが安定して手に入るようになったことは、私のワイン探求にも恩恵をもたらした。自分の手で作為的に高温体験・低温体験させたワインをつくり、それぞれに生じたダメージによる経時的な香味変化も確認できるようになったのだ。
傷んだワインから傷んだ原因を特定するのは難しいが、健康なワインとそれが傷んだ場合とを比べることができれば、どのようなダメージを与えればどのような傷みが生じるのかは簡単に確認できるのである。
それで私の頭の中の情報整理は一挙に進んだ。疑問、謎、正誤を確定できなかった事柄はどんどん消えていった。
ゆでた果実(ジャム)の香りの問題
たとえばこんな例があった。ワインのリーファー輸送実現以前、“ゆでた果実”あるいは“ジャムのような香り”を生じているワインが散見された。その原因が特定できないことが、私の大きな悩みだった。大半は赤ワインであったが、稀に白ワインにも見受けられた。
当時、私が考えた原因の候補は以下の4つだった。
(1) 醸造段階で果皮成分の加温抽出法を採用した場合
(2) 醗酵前に加熱濃縮による濃縮果汁を添加した場合
(3) パスチャライゼーション(Pasteurization。低温熱殺菌)の温度が高めであり処理時間も長めであった場合
(4) ビン詰め後に高温下に置かれた場合
最初に消えたのは(4)だった。健全な状態で日本に到着したワインに、想定可能な範囲の(4)の状態を作為的に作ってやっても、ゆでた果実(ジャム)のような香りは発生しなっかたのだ。
(4)が原因でないとすれば、高温にさらされる時間がきわめて短い(3)も、必然的に原因候補から除外できた。
赤ワインに関しては、1970年代に評価の高かったいくつかのメドック産シャトー・ワインとブルゴーニュの高名ネゴシアンA社の赤ワイン群に感じられた、ゆでた果実(ジャム)のような香りは、今でも(1)(2)のいずれであったのか判然としない。
補糖=シャプタリザシオン方法のシフト
一方、白ワインでは(1)の技法は行われないのである。白ワイン醸造の基本は清澄果汁の醗酵であり、一部に低温果皮接触を行う造りのワインもあるが、果皮含有成分の抽出促進技法である加温抽出処理はされない。つまり、白ワインの場合は(2)以外には原因候補はないことがわかった。
(2)を行う理由は赤白ワイン共に、補糖=シャプタリザシオン(Chaptalization)の手段として砂糖ではなく加熱濃縮果汁を添加した場合である。
1970年発効のEC法では、1980年より濃縮果汁添加に完全移行を目指すとされていた。しかし、1986年当時に補糖方法を砂糖添加から濃縮果汁添加に移行していたのはドイツのワイン業界だけと言ってもよく、フランスやイタリアの大半のワイン生産者が砂糖添加から濃縮果汁添加に移行したのは、非加熱の逆浸透膜式濃縮機が低価格化し普及した後である。否、正確に言おう。1986年当時、私の舌にはフランスやイタリアの当たり年以外の大半のワインには砂糖の味が感じ取れることが多かったのである。