ワインのリーファー輸送を業界に提案した大久保順朗氏が、リーファー輸送が必要と考えるに至ったワイン物流の問題の本質を語る。今回は、なじみの外国人客に人気のあった国産ワインを見直し、その輸送を改善したときの気付きと工夫をお送りする。
キャップ・シールの“糊付け”
さて、腐敗臭漂うヨーロッパ産ワインを前に途方に暮れていた私だが、「いくらなんでもドイツやフランスの人たちがこんなまずい代物を飲んでいるはずがない」と思うに至った。
一方、米空軍極東司令部の将校たちは、大黒葡萄酒からメルシャンになっていた国産ワインを相変わらず買って行く。さらには、やはり店から遠くはない国際基督教大学の欧米人教授たちも、同様にこの国産ワインを買っていくことにも気付いた。
そこで、これら外国人のお客様に売れ筋だった「メルシャン・カベルネ」「メルシャン・セミヨン」「メルシャン・ロゼ」を、改めてテイスティングしてみることにした。
キャップ・シールを切ると、ワインは漏れ出してビン口を濡らし、強い酢酸臭を放った。しかし、コルク栓を抜いて、中身を味わって驚いた。酢酸臭も腐敗臭もしない。正当な味筋なのかは知る由もなかったが、初めてワインを「うまい」と思えたのである。
リーファー輸送実現後のある時期まで、ワイン業界の多くの人間が、とくに小売業者や飲食店スタッフの大半の人間が、輸入ワインのキャップ・シールは丁寧に糊付けされているものと思い込んでいたのである。
私自身も、このメルシャンの改めてのテイスティングまでは、全く同じ思い込みをしていた。全く滑稽な話だが、輸入ワインのキャップ・シールが動かないのは、口漏れしたワインがカラカラに乾燥しきって糊の役目をしたためであることを見抜けなかったのだ。いや、厳密に言うならば、この時ようやく、「輸入ワインのキャップ・シールは糊付けなどされてはいないのではないか?」との疑問を抱くに至ったのである。
「この店のビールがうまい」のわけ
当時のわが店は、地下倉庫はあったものの、1階店舗は当時の酒屋の平均的形態とも言える開け放しの状態で、夏は冷房もなく扇風機を廻し、冬は石油ストーブの暖房のみという有様だった。
だから、ワインへの気遣いはしていたと言っても、ダミー・ボトルや最小限のワインを店の直射日光を浴びない場所に並べ、ストックは地下倉庫に置くという程度のものであった。
しかし、ワインの関連本が出れば読みあさるということをしているうち、当時のビールのお得意様たちが「何でこの店のビールは他所の店のビールよりうまいんだ?」と不思議がっていることを思い出したのだ。親父の作った地下倉庫の価値に気付いた。「よくはわからないが、地下室には酒をうまくする何らかの機能が備わっている」と思い至ったのだ。
私の父も、少し変わった酒屋であった。まだ地下倉庫がなかった、私が幼児期のころのことだ。あのころ、焼酎は18lの甕(かめ)入りで流通していた。父はそれを仕入れると、斜め向かいの親戚の畑に行って土の中に埋めてしまい、代わりに以前からいくつも埋めてある焼酎甕の中から一番古い甕を掘り出して、店に持ち帰ってきたものだ。
「父ちゃん何してるの?」と問うと、「毒抜きしてるんだ。お客さんが体を壊したら困るだろう?」と答えていたことを思い出す。今にして思えば、父は蒸留したてのエタノールが、飲用としては無害と言い切れないと考えていたのだと思う。それとも、それ以上の“土の中と酒質の向上”にかかわる何かを、体験から知っていたのだろうか?
そんな父に、「店舗改装して地下の倉庫をワイン売り場にしたいんだ」と伝えた。父は、「いいだろう。だが総予算500万以内でやれ」と言った。
地下にワイン売り場を造る。同時に内外装もやり直し、1階には大きなガラス・ウインドウをはめ、冷暖房エアコンを備えたい。500万円でできるはずがないと思ったが、ダメモトで同級生の大工に相談した。持つべきは友であった。友人は「お前、体治ってるか? 大工の見習い、オレの助手をやるなら造ってやる!」と言ってくれた。
トラックのミッドシップ化への対処
数カ月後、なんとか店は出来上がり、“ワイン屋”としての第一歩を踏み出した。
以前から評判のよかったメルシャンの売れ行きは、大きく伸びた。注文数が増え、ほどなく問屋在庫ではなくメルシャンの営業マンが東京営業所在庫を届けてくれるようになり、さらには月一回の勝沼工場直送にまで漕ぎ着いた。
工場直送になってからも、口漏れはあったりなかったり、あるいは混在していたりだったが、口漏れしていても漏れ出した液量はわずかであり、キャップ・シールは糊付けなどされていないことを証明してくれた。
さらに、トラックのドライバーが毎回同じ人物であったのが幸運だった。店までの所要時間を聞き出そうと「うちで何軒目?」と聞くと、「1軒目だよ。何で?」と言う。それで口漏れについての事情を話すと、「わかった。次からはこの店までは休憩なしで来てあげるよ」と約束してくれた。
以後、彼の方も“輸送の妙”を楽しんでくれていたらしく、シーズン別に荷台での積載位置を変えたり、フォーク用パレットを敷いてくれたり、冬場はシートだけでなく毛布に包んでくれたり。私の願いを100%聞き入れてくれる人物だった。
当時のトラックは、荷台はむき出し、日除けはシート掛けのみ、というのが主流で、ホロ掛け荷台が増え始めたころであり、今のような断熱効果の高いFRPのパネル・バンなど皆無の時代だった。
また車体構造は、それまでの「フロント・エンジン」(エンジンを運転席前方に搭載)から「ミッドシップ」(同運転席後方下部に搭載)へと主流が変わって間もないころだった。これは、荷台のワインにとっては新たな災厄に見舞われる変化であった。エンジンが“運転席後方下部”に移動したということは、“荷台前方下部”にエンジンが来たということだ。その廃熱は、荷台最前部の床にかなり伝わってしまう。パッケージを荷台床に直置きしてしまえば、中のワインはゆだってしまう。パレットを敷くのはその熱を逃がすためだった。しかし逆に、厳冬期にはパレットごとその上を毛布で覆って、低温からワインを守ることも思いついた。
あとになって、太田市場で青果卸業を営むワインの常連客から聞いたのだが、当時、青果・鮮魚関係者の間では、このエンジン位置の変更は大問題になったとのことだ。しかし恐らく今でも、酒類業界人の大半は、ミッドシップの災厄を認識していないだろう。ワイン以外の酒は、どう粗雑に扱ったとて、口漏れなど起こさない。コルクで栓をしたワインを扱っていてこそ気付くことに違いない話だ。
冷えたワインは貯蔵中に吹く
他方、冬場の輸送で冷えてしまったワイン・ボトルは、常温の地下貯蔵庫に置いてしばらくの日数を経てから口漏れを頻発させることも判明した。それで気付いたのが、冷却時にビン内の気圧が下がると外気吸引を起こしてしまうということだ。だが、この時点では、その吸引外気に含まれる酸素が、品質劣化に大きく影響するというさらに重大な影響は認識できていなかった。
このドライバー氏との付き合いが始まって1年と数カ月後には、勝沼直送メルシャンの口漏れはゼロになっていた。このときのトラックの荷台上の工夫は、のちにワインのリーファー輸送提案を行う際の積載マニュアルの原点となった。