ブランドは、顧客の「選択の手掛かり、信頼の根拠」である。これが適切に構築され管理されている場合、ビジネスは破滅的な価格競争から脱することができ、競合とは異なるレベルの収益=超過収益力を持つことになる。さて、それではチェーンでのブランド構築・ブランド管理は適切に行われているだろうか。
(1)強いブランドは破滅的な価格競争に巻き込まれない
ブランドほど、簡潔な定義のしにくいものはない。一般的には「ある財・サービスを、他の同じカテゴリーの財やサービスと区分し差別化するためのあらゆる概念」というように定義されている。しかし、こう言われても、ブランドの価値、有効性、重要性は伝わってこない。
故水口健二先生は、ブランドを「選択の手掛かり、信頼の根拠」とされた。私は、これがブランドの全体的な意義と内容を的確に表現していると考えている。そしてブランドが最終的にもたらすその有効性は、ブランドによる価格競争からの脱却である。すなわち、当該ブランドに対するイメージ、共感、体験価値などの総合された抽象的な“顧客価値”が顧客の頭の中や心に形成され、これが“ブランド価値”として育まれ、それが結果的に“超過収益力”をもたらすのである。
この点では、デビッド・A・アーカ―の言う通り、「強いブランドは破壊的な競争力に巻き込まれずに済む唯一の手段だ」とのブランド価値の評価に賛同する。これは、私の経営の経験からの実感である。
これまでにも述べている通り、私はハーレーダビッドソンジャパン社長時代に、価格競争の極めて深刻なオートバイ販売業界において、競合他社の同等クラスの商品と比較しておよそ2倍の価格差がある商品を、値引き競争に大きく巻き込まれることなく販売し続け、希望小売価格を長期間にわたって安定的に保つことができた。この結果、27年間一貫して凋落を続けた日本のオートバイ市場において、24年間増販を続け、市場シェアでも圧倒的にNo.1の位置を守った。
それを可能としたのは、日本ではバラバラでズタズタでさえあったハーレーのブランド価値を再発見し、再生し、強化するように努めた行動の積み重ねであった。
とは言え、ブランドが“超過収益力”を持つまでには時間がかかる。また、既存ブランドの維持、強化と新しいブランドの創出とでは異なるところがあり、打つべき手や手順も違ってくる。そこは別途押さえなくてはならないが、とにかくブランドを強く育てることがビジネスでは非常に重要である。たとえ即効的でなくても、時間がかかっても、ブランドを育てていかなくてはならない。
(2)ブランドの強化とは有名になることではない
どのチェーン・ビジネスを見ても、たとえば外食産業、コンビニエンスストア、スーパー、ホームセンター、ドラッグストア、家電量販店、ガソリンスタンド、自動車販売店、SPA、百貨店のいずれを見ても、多くの場合、しっかりとネーミングが行われ、それを表現する呼称が決められ、デザインされたロゴ、CI、コーポレートカラー、看板、顧客接点である店舗の建築、什器、食器、装飾品、などなど、ブランドを表象し構成する各種の要素はしっかりと定められて活用されている。
さて、ブランド価値に対する基本的な認識の相違や徹底度、適否、上手・下手などは、もちろん各社間・各チェーン間で違いはあるにしても、ほとんどのチェーンにおいて、少なくとも目に見える形やルールとしてのブランド表現はしっかりとなされていることが多い。それは、一般の生活者から見ても外見的に伝わっていることであるし、経営陣はじめチェーン・ビジネスの内部にいる人も、ブランド管理は確実に実践していると考えている人が大半であろう。
このため、外食産業の経営者にとっては改めてブランドの価値を問い直そうと考える人は少ない。たとえば既存店対策、新規出店・マーケットの拡大、コスト削減、新事業や新業態の立ち上げ等には関心を持っていても、ブランドへの関心度は低いのだ。
産業化した飲食業すなわち外食産業は、ハードとソフトを標準化したチェーン・ビジネスである。したがって、ブランドの管理についても、マニュアルに規定があるのが普通だ。したがって、既述したようなネーミングやロゴ、CIなどが整っていることをもってブランド構築・ブランド管理と考えるのであれば、非常によく基準は守られ、ブランドは実践されていると言えないことはない。
だが、それらのことは、ブランドの本質ではない。しかも、なまじ管理が行き届いているがゆえに、チェーン本部には、ブランド構築・ブランド管理の実践度についての確信・過信があるように思われる。