今年の夏は、本当にジントニックばかり飲んでいた。100円ショップで買ってきた氷から大ぶりのものを選んでパイントグラスに放り込み、顔なじみの八百屋が安くしてくれるライムをたっぷり絞って、タンカレーを目分量で注ぐ。ウィルキンソンのトニックを注いで、アンゴスチュラ・ビタースを数滴垂らせばうまいジントニックが素人でも簡単に出来るから、気が付けば夏の2カ月ほどでジンを4本は空にしていた。
パイントグラスと本物のライムを
誰もが気軽に作れて、バーで注文する姿を見かけることも多いジントニックと「洋酒文化の歴史的考察」の共通点に読者の方々は首をかしげるかと思うが、まずは筆者がこの夏、100杯を優に超えるジントニックを飲んだ経験からたどり着いた「素人でもできる、おいしいジントニック」を試していただくことにしよう。
通常は本稿のこぼれ話をブログで書くのが例になっているので今回は逆になるが、歴史の話に入る前に一杯飲んでからにしよう。本来ならば夏になる前に片をつけるはずだったジャパニーズ・カクテルを秋まで引っ張ってしまったためにいささか季節外れの話になってしまったことには目をつぶっていただきたいのだが、いや、これがなかなかどうして、工夫をこらせばこらすほどうまくなるのだから侮れない。
作るときはパイントグラス(ギネスを買うとたまに付いてくる。昔はコカ・コーラもこのサイズのグラスをおまけに付けてくれた。容量500ml前後※)がいい。これに大き目のロックアイスを3つか4つ。そこに薄くくし形にカットしたライムを2つ。1/4カットだと厚過ぎて上手く絞れない上に、皮に由来するライム香が出てこないので、できれば1/16にカットしたものを2つ、絞ってからグラスの中へ投入する。本物のライムを使うところが“家飲みで味わうバーの贅沢感”のポイントだから、ロックアイス同様、ここはケチって液体レモン果汁で代用したり冷蔵庫のキューブアイスで代用してはならない。ライムはくし型の両端部分もカットしておきたい。逆に氷(ロックアイス)は100円ショップのものと倍以上するスーパーで販売しているものに変わりはない。前者は夏になると細かい氷を混ぜてくるのが難点だが、そこは野菜や肉をスーパーで選ぶ時のように真剣に吟味して購入すれば問題はない。何より家庭で出来た氷とは硬さも透明度も違う。100円ショップの氷、侮り難し。
※パイントは容量の単位で、英パイント=20英液量オンス=約570mlないし米液量パイント=16米液量オンス=470mlのビールを供するのに用いるグラスをパイントグラスと呼ぶ。
ジンはとりあえずタンカレーでいこう。ビーフィーターだと軽いし、ボンベイ・サファイアだと重たくなる。業務用の酒屋に行けば5000円近くするジンもあるが、一般にプレミアのジンはマティーニに使うことを念頭に置いて作られており、一説に世界のジン消費量の95%を占めると言われるジントニック用には作られていない。並行で入っていた1lのゴードンもなかなかよかったのだが、先日店先で販売終了と告げられたばかりなので。
目分量でグラスに半分弱注ぎ入れる。
トニックウォーターの味の違いは大きい
ここにトニックウォーターを入れるわけだが、ノーブランドものはできれば避けたい。大手飲料メーカーのお先棒を担ぐつもりは毛頭ないのだが、ブログを書く際に「トニックウォーターの違い」を知るためにそこら中のスーパーや酒屋で入手しうる限りのトニック10種類を試して完成度の違いを思い知らされた筆者の経験(※)からお薦めする。
ノーブランドものや小売チェーンのプライベート・ブランドのトニックを実際に4種類試して、いわゆるメジャー・ブランドにどうにか対抗できるレベルを保っているのは富士キャニングというメーカーのもの一つだけだった。他は味が素っ気なかったり、「炭酸+柑橘+苦みだから、まぁ間違っちゃいないんだけど……」的なもの、すごいところではせっかくのジントニックが「ジンのサイダー割」に化けるようなものもあったので、チャレンジャー以外にはノーブランドを現時点ではお勧めしない。
いわゆるメジャー・ブランドでも味に違いがあることがわかったのはこの夏の収穫だった。それぞれ一言で表せば「定番の味で、いささか薬っぽいものの骨格がしっかりした『カナダドライ』」、「味の方向性がプレミアものに近い『シュウェップス』」、「優しい味で自然なフレッシュさが持ち味の「ウィルキンソン』」といったところになる。サントリーは炭酸を持続させるためか、不思議な「まったり感」があり、好みの分かれるところだろう。
最近発売されたプレミアム・トニックは2種類ある。「Q」も「フィーバーツリー」も苦みにポイントを置いており、中でも「フィーバーツリー」はキナ由来の苦みを売り物にしている。飲むと「ドシン」と重量感のあるジントニックが出来上がるのがプレミアものの特徴で、どちらかというと地元のバーで1杯目に気軽に飲むというよりは、居住まいを正したバーで飲むときにふさわしい。個人的にはフィーバーツリーほど味の前面にキナを押し出さないがしっかり苦みが効いている「Q」の評価が高いのだが、なにぶん入手できる店が少ないことと、1本ではパイントグラスのジントニックには足りないのが難点だ。
混ぜずに味のグラデーションを楽しむ
最後にビタースを2滴。ここで最後の、そしていちばん重要なポイントは、“混ぜない”ことだ。通常の炭酸を使ったロング・カクテルだと最後に混ぜるのが通例だから、ついやってしまいそうだが、攪拌しなくてもこの順番で行けば問題なく混ざるし、トニックの強いところ・ジンの強いところ・ライムを感じるところを一口ごとに楽しむためにも攪拌は「なし」を心がけたい。混ぜると味が均一になり、味のグラデーションが楽しめなくなるうえに炭酸が逃げるという弊害も見逃せない。
攪拌しないで済ませるためには、ちょっとしたコツがある。ジンは冷やさないこと、トニックはしっかり冷やしておくことだ。霜の張った氷をライム果汁でリンスしたグラスに、常温のジン、続いて冷やしたトニックという順番で注ぐことで、「比重が軽くて常温」のジンが「風呂を沸かすと上が熱くなる理論」に従って「比重が重くて冷却されたトニック」の上に浮かぼうとしてくれるから、かき回さなくてもグラスの中で対流が始まる、というわけだ。
個人的にはシャッキリしたジントニックを飲みたいときは並行輸入ゴードン/カナダドライ。しっかりしたジントニックを飲みたいときはカナダドライをシュウェップスに替え、フレッシュなジントニックを飲みたいときはタンカレー/ウィルキンソンという形に落ち着いた。今回は素人が目分量でサッと作って旨いジントニックを作るのが目的だから「Q」と「フィーバーツリー」には登場を遠慮してもらっている。興味のある方はブログを参照いただきたい。
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さて、今回おいしいジントニックを楽しんでいただいたのは、もちろんフクセンである。次回は「洋酒文化の歴史的考察」の本筋に戻って、欧米と日本のジンの「過去」について書き進めていきたい。