映画の中のフグ「おくりびと」「次郎長三国志」

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フグの白子焼きを食らう納棺師の佐々木(絵・筆者)
フグの白子焼きを食らう納棺師の佐々木(絵・筆者)

フグの白子焼きを食らう納棺師の佐々木(絵・筆者)
フグの白子焼きを食らう納棺師の佐々木(絵・筆者)

「河豚は食いたし命は惜しし」と言うとおり、美味だが毒を持つためにその調理には資格を必要とするフグ。旬を過ぎたが、そのフグが重要な役割を果たした日本映画2本を取り上げる。

うまいんだよな、困ったことに

「おくりびと」(2008)は第81回アカデミー賞外国語映画賞や第32回モントリオール世界映画祭グランプリを受賞するなど、海外でも高い評価を得た滝田洋二郎監督の作品である。

 チェリストの小林大悟(本木雅弘)は、オーケストラの解散を機に夢をあきらめ、妻の美香(広末涼子)を伴って東京から生まれ故郷の山形の酒田に帰ってくる。彼が「旅のお手伝い」という求人広告を見て旅行会社かと思って応募した会社NKエージェントは、死者を清め、化粧を施し、装束を着せ、棺に入れる納棺の業務を担っていた。彼は驚くが、社長の佐々木(山崎努)が提示した高待遇に魅かれて入社を決めてしまう。

 最初の仕事で死後二週間の老女の腐乱死体の処理に当たってしまいショックを受ける小林だったが、次第に死者の尊厳を守るこの仕事にやりがいを感じるようになる。しかし周囲の偏見に満ちた視線に晒され、美香にまで辞めるよう懇願されてしまう。

 退職を決意した彼を佐々木が社長室に呼んだ時に食べていたのがフグの白子焼きである。彼は納棺師として初めて送り出した妻の死の思い出を語りながら生命の源である精巣を「うまいんだよな、困ったことに」と呟きながら食う。常に人の死に向き合っている彼だからこそ言える生のありがたみ。大悟が退職を思いとどまり、納棺師としての誇りと使命感に目覚めていくきっかけとなるシーンである。

フグ戴天の敵

東宝版「次郎長三国志」シリーズ
(参考文献:キネマ旬報映画データベース)
作品名 製作年
次郎長三国志 第一部 次郎長売出す 1952
次郎長三国志 第二部 次郎長初旅 1953
次郎長三国志 第三部 次郎長と石松 1953
次郎長三国志 第四部 勢揃い清水港 1953
次郎長三国志 第五部 殴込み甲州路 1953
次郎長三国志 第六部 旅がらす次郎長一家 1953
次郎長三国志 第七部 初祝い清水港 1954
次郎長三国志 第八部 海道一の暴れん坊 1954
次郎長三国志 第九部 荒神山 1954

 東宝版「次郎長三国志」シリーズ(1952~1954)は村上元三の原作の最初の映画化で、マキノ雅弘が監督して全9本が製作された(表)。

 幕末の実在の侠客、山本長五郎(清水次郎長)が子分たちの人望を得て海道一の大親分になるまでを、張子の虎三として出演もしている広沢虎造の浪曲の名調子に乗って描いた大河長編である。

「第五部 殴込み甲州路」(1953)で宿敵である猿屋の勘助を叩き斬った次郎長一家は「第六部 旅がらす次郎長一家」(1953)で兇状旅に出る。その途中で次郎長(小堀明男)の妻お蝶(若山セツ子)が病に倒れたため、一行はその前の「第四部 勢揃い清水港」(1953)で行き倒れになっていたところを助けてやった元相撲取りで現在は尾張で一家を構えている保下田の久六(千葉信男)のもとに身を寄せる。

 ところが久六は手柄欲しさから代官と通じ、捕り方を彼らのもとに差し向ける。一行は何とか難を逃れるものの、病状の悪化したお蝶は命を落としてしまう。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

毒を以って毒を制す大芝居

「第七部 初祝い清水港」(1954)は、清水に帰還した次郎長一家の新年の風景から始まる。

 めでたいはずの正月も、お蝶の不在が影を落とし、普段は明るい子分たちもどこか寂しげである。彼らは町人たちから“仇を討たない腰抜け”と罵られながら、お蝶の百カ日が明けるまではと刀を封印し、好きな博打も絶って禁欲生活を送っていた。

フグを調理する次郎長一家の子分たち(絵・筆者)
フグを調理する次郎長一家の子分たち(絵・筆者)

 そして訪れた百カ日、一家は恩を仇で「うっちゃった」憎き久六の容姿を連想させるフグをちり鍋にして忌明けの宴を開く。ところが運悪くフグの毒にあたってしまい、苦しみ出す一同。

 そこへ、巡礼に変装した者に彼らの身辺を探らせていた久六一家が、これは好機と殴り込んでくる。ところが、とたんに元気になって久六を取り囲む次郎長一家。すべては久六の動きを読んで打った忠臣蔵ばりの大芝居だったのである。

 クライマックスは短いほうが効果的というのが作劇の常道であるが、このどんでん返しが明らかになるのはラスト3分前で、観客はそれまでひたすら耐え忍ぶ次郎長一家にやきもきしながら、最後の最後にカタルシスを味わう。娯楽映画を知り尽くした職人監督であるマキノ雅弘演出の真骨頂といえるだろう。

作品基本データ

【おくりびと】

「おくりびと」(2008)

製作国:日本
製作年:2008年
公開年月日:2008年9月13日
製作会社:映画「おくりびと」製作委員会
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
上映時間:130分
◆スタッフ
監督:滝田洋二郎
脚本:小山薫堂
撮影:浜田毅
エグゼクティブプロデューサー:間瀬泰宏
企画協力:小口健二
製作:信国一朗
プロデューサー:中沢敏明、渡井敏久
美術:小川富美夫
装飾:小池直実
音楽:久石譲
録音:尾崎聡
整音:小野寺修
照明:高屋齋
編集:川島章正
◆キャスト
小林大悟:本木雅弘
小林美香:広末涼子
佐々木生栄 :山崎努
上村百合子 :余貴美子
山下ツヤ子:吉行和子
平田正吉:笹野高史

【次郎長三国志 第七部 初祝い清水港】

「次郎長三国志」(DVD 第三集)

製作国:日本
製作年:1954年
公開年月日:1954年1月3日
製作会社:東宝
配給:東宝
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード
上映時間:87分
◆スタッフ
監督:マキノ雅弘
原作:村上元三
構成:小国英雄
脚本:松浦健郎
製作:本木莊二郎
撮影:飯村正
美術:北猛夫、浜上兵衛
音楽:鈴木静一
録音:小沼渡
照明:西川鶴三
助監督:岡本喜八
◆キャスト
清水の次郎長:小堀明男
大政:河津清三郎
桶屋の鬼吉:田崎潤
関東綱五郎:森健二
法印大五郎:田中春男
増川仙右衛門:石井一雄
森の石松:森繁久彌
追分三五郎:小泉博
大野の鶴吉:緒方燐作
小松村七五郎:山本廉
島の喜代蔵:長門裕之
張子の虎三:広沢虎造
投げ節お仲:久慈あさみ
小松村お園:越路吹雪
沼津の住太郎:堺左千夫
保下田の久六 :千葉信男

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。