「オカルト」を乗り越えて見聞せよと叱責されたものの

EMを使ったモミガラ堆肥の製造を実演する高松求氏
EMを使ったモミガラ堆肥の製造を実演する高松求氏

EMを使ったモミガラ堆肥の製造を実演する高松求氏
EMを使ったモミガラ堆肥の製造を実演する高松求氏

やや旧聞に属するが、「光合堀菌」なるものが世間を騒がせている。ある食品を摂取すると、体内に存在しなかった菌が合成されるなどという説明で、どうも菌の存在自体が疑わしい。これは際立った例の一つだが、微生物に関する商品はオカルトや新興宗教と結び付きやすく、詐欺や詐欺まがい商法に利用されることも少なくない。

 今日、微生物の存在を疑う者はない。それでいて、微生物そのものの姿や挙動を肉眼で確認することはできない。また、微生物の活動を助ける環境を用意することはできても、しかしなかなか意のままにはならない。結果、良くも働けばアダをなすこともある。――これらは、人々が「霊」として信じるものの特徴とほとんど同じものだ。

 だから、数年前、茨城県牛久市の高松求氏から「EM菌で好結果を得た」と電話があった時は、正直言ってめまいがする思いだった。

 高松氏は、農業を徹底的に合理的に考える人で、戦略的かつ緻密に各種の機械、肥料、農薬、資材を使いこなす技術力の高さは、多くの農業者の間で注目の的だった。農業関係の紙誌にも、高松氏の記事はよく載っていた。

 EM(EM菌は通称)とは、琉球大学農学部の比嘉照夫教授が開発した微生物資材だ。多種の微生物を共生させたとする茶色の液の形で流通している。液体に含まれる微生物の種類は80余種とも。希釈して圃場に撒いたり、堆肥の醗酵に利用したりする。

 これが一時期、農家だけでなく、全国の学校や自治体にも広まった。農業生産に役立つほか、環境問題を解決する“夢の資材”とされたのだが、過熱の挙句「体に良い」と飲んだり、「燃費がよくなる」とガソリンに混ぜたりする向きまで現れた。

 普及には、世界救世教が設立した財団法人が一役買った。また、神秘的な発言で知られる船井幸雄も著書や講演で絶賛。そんなことから、EMには常に「新興宗教」「オカルト」の印象が付きまとう。

 EM登場以前にも、さまざまな微生物資材が商品化されていたが、80余種というのは“画期的”だった。ある微生物資材メーカーの社長は言う。「普通、微生物資材というのは、放線菌、菌根菌、光合成細菌など、1種類か2種類、多くて4種類とかの微生物を含んだもの。80種類もの微生物を含む資材なんて、私は扱いたくない。環境や使い方によって、何が起こるか保証できないから」。

 実際、EMを圃場に導入したものの思わしい結果が得られなかった、という話は珍しくない。「ウチにEMを薦めた人に苦情を言ったら、『あたなの信心が足りないからだ』と言われた」などという笑い話にもならない例もある。

 高松氏はなぜEMに手を出したのか。尋ねると、「収穫を請け負っている他の農家の水田の状態、収量と品質がいつも良く、気になっていた。その人がEM菌を使っていた」と言う。高松氏はその人から使い方を教わった上で、近所のDIYでEMを買って来て使い始め、何年かの試行錯誤を経て独自の使用法を編み出した。栽培の結果については、高松氏の圃場を定点観測している茨城大学農学部附属農場の小松崎将一助教授らがイネの丈や乾物重量、収量などのデータを取っており、米穀卸が専門機関に取り次いで食味分析をしている。どれも結果は良好という。

 自分の技術はすべてオープンにする主義の高松氏は、独自のEMの使い方と、使用の結果も公開し、他の圃場でも同様の結果が得られるものか知りたいと考え、農業紙誌のなじみの記者、編集者たちに声をかけた。ところが、彼らが一斉に高松氏から離れた。

「世の中どうなっているんですか」と尋ねる高松氏に、私は、EMに関する報道の曲折を話し、どの媒体もEMを見出しに持ってくることに抵抗があるだろう状況を説明した。そして、良好な結果が出た際、多数の微生物のうち、どの種が旺盛に繁殖し、土壌や作物に対してどのような効果を与えたのか、そのメカニズムまで分かれば、各紙誌も記事にしやすいのではないか、と話した。

 だが、その説明が高松氏の逆鱗に触れた。「齋藤さん。私はあなたに不自由を感じますね。農家は取れればいいんです!」――高松氏にとって、あらゆる機械、肥料、農薬、資材はそれが経営にどんな利益をもたらすか、つまり「どうして」よりも「どうなった」かが問題なのだ。また、それぞれの資材に(たとえばEMに)どんな人や団体のどんな思惑があるのかは関係がないと考えている。

 メカニズムが解明されれば、より正確な使用法や、さらに優れた資材の開発にもつながり得る。オカルト的な説明は必要なくなり、霊感商法的な展開の予防にもなる。私のその考えに変わりはない。

 だが、その役割は大学などの研究機関やマスコミに負うものと高松氏は考える。科学的な検証の俎上に載せるためにも、農業関係紙誌が自分の取り組み結果を伝え、別な農場でも試され、頭脳と道具の揃った研究機関が理由を探って欲しい。高松氏の従来の取り組みはそのように扱われてきただけに、氏のいらだちは分からなくはない。

 私を含むマスコミは、特定の資材に対する偏見や予断があるのではないか――高松氏はそう疑ってもいる。私も、特定の資材名を聞いた段階で耳を塞ぐ愚は避けたいとは思う。とは言え、80余種の微生物よりも、何千何万の読者それぞれがどう感じどう動くか――その怖れの方が大きい。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →