個人的な用事のために久々に北海道へ行ってきた。その途中で「なにか力になるものを……」と考えて探したのが、札幌のフレンチ。
「ル・ヴァンテール」を立ち上げたシェフの店
2012年にミシュランの北海道版が出版され、三つ星の店が掲載されるなど、札幌では、いま、フレンチが盛り上がっている。
海産物や野菜が豊富で、肉類も充実している北海道。近年、エゾ鹿の個体数管理のために狩猟が行われるようになるなどもあって素材はさらに充実している。それにつれて、意欲のある料理人が全国から集まり、目と腕を競い、その店たちが観光資源にもなりつつある。
そんな中、昨年4月開業ながら早くも注目を集めているのが、札幌のフレンチ「サヴール」である。
オーナーシェフの金田二朗さん(42)は、札幌の名店「ル・ヴァンテール」のシェフを4年務めて独立。パティシエールである奥さん蘭子さん(39)と、すすき野南側の都通りで開いたのが「サヴール」である。
横浜出身の金田さんは、「北海道や札幌には、全く係累も縁もなかった。今だから言えるけれど、北海道に来ることは、たまたま声をかけられて、半分“気分転換”の軽い気持ちで決めました」と笑う。
金田さんは箱根の「オーベルジュ オー・ミラドー」などを経て渡仏。オーヴェルニュ、ラングドック、ブルゴーニュ、ブルターニュ、ロワール、パリなどの10店余の星付きレストラン、パティスリーで5年間修業して帰国。蘭子さんとはパリの「STELLA MARIS PARIS」で知り合った。
2人で北海道に渡ったのは9年前。
「私自身も北海道に親類はいなかったんですが、半ば強引に連れていかれました」と蘭子さん。
そして、縁あって「ル・ヴァンテール」の設立のメインシェフに誘われた。「最初、銀座の『サラマンジェ・ド・イザシ・ワキサカ』の脇坂シェフについて、数カ月勉強しました。サラマンジェみたいな“オヤジフレンチ”の味がほしいんだ、っていうことでね」
このとき金田さんがこだわったのが、クネルだった。肉や魚介のすり身だんごがクネルだが、これを北海道ならではの魚介で作ったものを看板メニューにすべく試行錯誤を繰り返した。“どこに出しても恥ずかしくない味”にまでこぎ着けたのは、オープンも直前の頃だったという。
「ル・ヴァンテール」オープンは2008年5月。
金田さんは振り返る。
「『ル・ヴァンテール』のシェフをするようになって、自分の意識が変わりました。それまでは、自己表現、自分のために料理をしていた。でも、あの店での経験を境に、お客様に喜んでもらうため、お客様においしいって感じてもらうために、料理し、工夫するようになったんです」
“北海道産食材”に頼る仕事ではない
さて、『ル・ヴァンテール』のシェフとして多忙な日々を送る金田さんだったが、いつからか、「自分の店がほしい」と思うようになっていった。
「ただ、札幌は100万都市とは言え、フレンチやイタリアンなどの数が他の大都市に比べても多い。素材がいいから、という影響もあるんだと思いますが……」
そこで、自分たちらしい店として特徴を考えた結果が、カウンター中心の温もりのあるビストロ風のお店だった。「素直においしいと思ってもらえるような料理を提供し、食事を通して心が豊かになってほしい」という願いもあった。
幸い、子育ても一段落した奥さんの蘭子さんの協力もあって「サヴール」のオープンが実現した。
店名のsaveurとは、「味わい」「風味」の意。「料理を通してお客様に幸せなひと時を味わっていただけるよう、厳選した旬の食材を、オープンキッチンでシェフ自らお客様の目の前の料理する」というコンセプトは大いに喜ばれ、評判が評判を呼び、札幌市内だけではなく、道外からもお客がやってくる人気店になった。
北海道の料理店と言えば、やはり北海道ならではの豊富で新鮮な野菜、魚介、肉など。店でも、「この時期は、ホワイトアスパラ、シャコ、“時知らず”、キンキ、石田めん羊牧場ミルクラム、道産仔牛、ホエー桜肉などがお勧め」としている。
ただ、金田さんは単純な“道産食材礼賛”や“地産地消”を謳うことには、ちょっと違和感がある、と言う。
「どの土地であっても、地元の食材を使うというのは当然のこと。北海道だから特別、という意識には違和感があります。実際、フレンチに使う一部の白身魚は、身の味から言ったら薄いものもある。それを工夫するのが我々の役目だと思っているんです」
一方、北海道には意欲的な生産者が多いのが特徴、とも言う。
「たとえば、アスパラ農家さんでも、若い方が、年に1回の結果のためにものすごく努力し、神経を使っている。農協ではなく、自分のブランドのアスパラガスを評価してほしい、と直取引を積極的にされてる。若く意欲が高い生産者が多いのは、北海道の強みだと思います」
数々の美味、そしてクネルにとどめを刺す
この日いただいた食事、金田さんの書いたメニューと私の感想。
アミューズ・ブーシュ:ホタテ貝(噴火湾)のグリルと野菜のマリネ――ラディッシュ、ウド(東京)、ラワンぶき(足寄)
――クリスピーな表面と、ビネガー風味の味付がたまらなかった。
季節のポタージュ
オードブル:サウスダウン羊アキレス腱、タン、ネック、脛肉など 温かいサラダ仕立て
「羊は足寄石田めん羊牧場さんのサウスダウン種 アキレス腱と共に色んな部位をじっくりと軟らかく煮込みんだ後、アキレスのゼラチン質で固めたものを薄くスライスしさっと温めます。羊ベーコンを載せたサラダを絡めながら食べる、羊づくしのオードブルです。
――羊の風味を満喫でき、それでいてさっぱりといただける一品。歯触りとサラダのシャキシャキが楽しい逸品。
タコとオクラのテリーヌ サラダ添え
「タコ道内産、その他の野菜(オクラ、ブロッコリー、キャベツ)は本州産です。コンソメのゼリーと共にテリーヌ型に詰め、冷やし固めています。レモンのドレッシング、柑橘とバジルのソースで。
――テリーヌ仕立てのサラダともいうべきか。オクラの味が生きていながら、ほんの少し残る青さがまたコンソメのジュレに合っている。なんと言っても、タコとの相性が抜群!
新冠小泉農場 黒豚肩ロースのグリル
「肉質が軟らかく旨みのある黒豚、脂身もおいしいです。脂と肉のバランスが良い、肩ロースをじっくりとグリルしています。
――豚の香ばしさがたまらない焼き上がり。クリスピーな表面と、味が深いお肉。実においしかった!
そして……。
クネル ~北海道~
「白身魚、帆立貝のムースに甘海老、タラバ蟹、生雲丹などをたっぷりと。ソイやオヒョウなどの道内産の白身魚とホタテ貝をベースに、小麦粉のつなぎ、バター、生クリーム、卵、ブランデーを加えたリッチなムースに、粗くたたいた甘海老、タラバ蟹を練りこみます。ソースは甘えびの頭をしっかり炒めて作った、ミソの風味・旨み豊かな”甘海老のアメリケーヌソース”。生ウニを溶かし込み、タラバ蟹を浮かべた、北海道の海の幸満載の豪華なクネルです。
――こちらのスペシャリテともいうべき「クネル」。ふわふわとろり、あつあつで、いろいろな魚介の味が多層的に味わえて、いつまででも食べていたい、実に贅沢な一皿。
デザート:ブランマンジェ
「北海道産のミルクのブランマンジェ、苺のソース。北海道ならではの熊笹のアイスクリームを添えて。
――熊笹のアイスとババロア。このアイスが抹茶のような味わいで、爽やか。堪能した!
柑橘のムースグラッセ
「日向夏やデコポンのマーマレードを練りこんだムースグラッセ。みかんのシャーベット添え」
――酸味が爽やかな逸品!!
パンも北海道産の小麦粉のみをブレンドし、毎日焼いています。
――表面パリパリで中がしっとりの極上のおいしさだった。
いつか店のために旅するお客でいっぱいに
評判に奢らず、これからもおいしい料理を作っていきたい、という金田さんには夢がある。
「いつか、自分の料理を食べに札幌へ旅行してきた、という人でお店がいっぱいになればいいな、と願っています」
そんな夢に向かって、蘭子さんと二人三脚で奮闘する金田さんは、大忙し。小6と小2のお子さんたちのお父さん、お母さんでもある。
「夫婦2人で写真を撮ることなんてほとんどない。それだけバタバタですから。子供たちを満足に構えないこともありますが、子供2人とも役割分担して、家のことを手伝ってくれているんです。親の背中を見て育ってくれるといいな、と願っているんですがね」と蘭子さん。
北の地で、「サヴール」がますます人気を博すことを願ってやまない。
●「サヴール」
「シェフ一人で料理する小さなお店です。直前でも構いませんので、なるべくご予約をお願い致します」とのことです。
北海道札幌市中央区南3条西3丁目 第六桂和ビル 2F
Tel.011-522-9208
営業時間:12:00~13:30(L.O.)、18:00~23:00(L.O.21:30)
定休日:月曜日
Webサイト:http://saveur-sapporo.com/