世界の土 iv/オーストラリアでの茶栽培(2)

オーストラリアの茶園
オーストラリアにも湿潤な地域はあり、茶樹栽培が可能となっている。病害虫がないことも特徴。

オーストラリアの茶園
オーストラリアにも湿潤な地域はあり、茶樹栽培が可能となっている。病害虫がないことも特徴。

前回書いたように、2000年2月、筆者はオーストラリアでの茶栽培の可能性を調べる調査のため、シドニーの北に位置する地帯と、西オーストラリア南端に出向きました。

 日本の茶業試験場に相談したところ、「全くダメだろう」ということでしたが、そういう回答だった理由から考えてみましょう。

オーストラリアの全土が乾燥帯なのではない

 茶樹(チャノキ)という植物と、オーストラリアという立地の組み合わせを考えた場合、何が問題点になるかと言うと、土壌pHと乾燥です。チャノキは典型的な酸性土壌を好む植物です。また湿潤な気候が必要とされています。ところが、オーストラリアと言えばまず乾燥ですし、土壌もアルカリ性が特徴です。つまり、全く相性がよろしくない。これは我が国の農業技術の常識で考えると当然の結論ということになります。

 しかし、現実はそうではないのです。

 まず、オーストラリア全土を一律乾燥ととらえることは誤りでした。

 オーストラリア大陸は、内陸は確かに乾燥しています。でも、行った人ならば知っていると思いますが、海岸線に沿っては雨が多く、そこは緑が豊富なものです。

 つまり、こうした海岸の地域では、海からの水蒸気を含んだ風が陸地に向かって吹いて来て雨を降らせます。海洋性気候地帯があるわけです。そして、海岸線から内陸に向かうにつれて、降水量は減少していきます。

 オーストラリアの農業というと、広大な平地で穀物生産を行い、牧草で牛を飼っていて、近年はともに乾燥に悩まされているというイメージがあると思います。しかし、もう少し細かく現実を見る必要があります。

 たとえば東海岸から内陸に向かってどのような農業が分布するのかを見てみましょう。

 まず、海岸付近の地域では海洋性気候によりオレンジ、アボカド、野菜類といった園芸が営まれています。この一帯の雨量は年間800~1000mmほどあります。

 そこから内陸に入ると麦作やブドウが作付されている地帯になりますが、このあたりは降水量年間400~600mm程度です。ブドウは果樹の中で最も雨量が少なくてもできるものなので、海岸線から少し中に入ります。

 この小麦地帯からさらに内陸に移動すると牧草地になります。牧草地しか成り立たない地帯の雨量は400mm以下です。

 そして、さらに内陸に入るともはや農業の成り立たない荒涼とした風景が続くというわけです。

 海岸から内陸へ向けてのこうした農業の変化は、西オーストラリアでも同様です。

 なお、オーストラリアは南半球ですので、雨は4月~8月にかけての冬に偏った降り方をします。

アルカリ性土壌でも茶樹は育った

オーストラリアの茶園
オーストラリアの当地はpHの高い土壌だが茶樹栽培上の問題は起こっていない。葉の形状・色や生長スピードは日本の場合とは異なる。

 さて、オーストラリアでの茶樹栽培です。もちろん湿潤を好む作物ですから、当然海岸線付近での取り組みとなります。問題は土壌pHです。土壌調査をしていくと確かにそのpHは低くはない、つまりアルカリ性に傾いていました。どのぐらいかというと、pH6.5~7.3ぐらいです。茶樹はpH5.5以上では生育が著しく衰えるという日本での常識から考えると、とても可能性が低いと判断せざるを得ません。

 しかし、これもドバイの土で稲が育つ現象(ドバイのイネ/世界の土(1)参照)と同様に、日本の農業技術が伝える常識と現地での現実には乖離がありました。なにしろ、実際に栽培してみると写真のように実によく育つのです。

 そして、もう一つ面白いことがわかります。同じ品種を日本で栽培した場合と比べると、葉の姿・大きさ、葉肉の厚さ、葉色、生長スピードなど、すべてにわたって違いが見られるのです。筆者は家業として30年以上茶栽培に関わっていますが、その経験で見聞し覚えたこととは相当に様子が異なり驚かされました。

 このことからわかるのは、やはり日本で伝えられていることはあくまで日本ローカルでの結果に過ぎないということです。つまり、国内で教えられているさまざまな作物の栽培についての常識なり技術なりは、日本という世界のごく一部で試された場合の知見にもかかわらず、それがあたかも世界中で通用することとして決定した結果のように思い込んでいるだけということです。それに対して、現実には作物の可能性はもっと大きな広がりを持っているのです。

作物は移動し変化していくもの

 あらゆる作物は、世界のどこかの場所で原種が発見され、それが人によって選ばれ、運ばれます。そして、さまざまな場所で、さまざまな考え方の人によって育てられ、さらに選抜等の改良がさまざまに行われ、多様な品種が作り上げられて今日に至っているのです。

 どの作物にも大きな変化があるのです。オーストラリアに茶樹を持ち込んだことは、茶樹の新しい変化の入口に立ったと言うことができるでしょう。

 2012年の10月、筆者はオーストラリアのこの茶園を久しぶりに訪ねました。やはり栽培上の問題は全く見られませんでした。しかも、害虫も病気の発生もないため、完全無農薬栽培で行われていました。

 それに引き替え、日本の茶園は農薬依存度がたいへんに高く、また茶園土壌は成分の偏りにより味もかつてのようにはならない状態です。

 であるからと言って、オーストラリアでの茶業が成立するという簡単な話にはなりませんが、可能性はあります。重要なことは、農業技術の常識を当てにしすぎることは、作物と経営の可能性の芽を摘んでしまうものだということです。

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About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。