黒ボクと同じように真っ黒な土のチェルノーゼムも、やはり腐植が多いために黒い土です。しかし、チェルノーゼムが腐植が多い土壌になったのは、黒ボクとは違うメカニズムよるものです。さて、黒ボクの腐植を分解しにくくしているアルミニウムには、実は抗菌作用があることがわかって来ましたが、その作用を阻害するものがリン酸過剰です。
北方の気候と植物が作ったチェルノーゼム
黒ボクとチェルノーゼムとでは、見た目は同じでも成り立ちが違います。黒ボクの腐植はアルミニウムと結び付いていますが、チェルノーゼムの腐植はカルシウムと結びついているのです。そして、カルシウムと結びついた腐植は徐々に分解されるのです。
そのように、徐々に分解される性質の腐植が厚く堆積したチェルノーゼムはすごい、ということになります。
黒ボクは、腐植がアルミニウムと結び付いて分解しにくくなっているために、腐植が多いと説明しました。しかし、チェルノーゼムでは腐植がカルシウムと結び付いて分解できる状態でありながら、なぜ腐植が多くなったのでしょうか。
それは、腐植の原料としての草の繁茂のしかたや気候が関係しています。
チェルノーゼムがあるウクライナ地方では、春の気温上昇と降雨により、一年生の植物が一斉に芽を出します。そして、その後の温度の上昇とともに急激に成長して大きな草丈になり、地下部もグングンと根を伸ばします。
こうして短い夏の間に、植物は深いところにある無機栄養分を地上に運び上げ、植物の大きな体は有機物を大量に作り出します。
この植物が枯れて、有機物が分解されるわけですが、その後一気に寒い冬が来て、有機物の分解にブレーキがかかります。この繰り返しによって、ウクライナ地方の土地には厚い層の腐植が形成されていったわけです。
ですから、夏のウクライナ農業は世界で最も収穫が期待できる地帯であり、世界三大穀倉地帯の最上段に立っているというわけです。
それに対して、日本はウクライナとは違って温暖・湿潤であるにもかかわらず、アルミニウムと結び付くことで有機物が分解されずに残り、黒ボクの腐植となったわけです。そうして出来たものが、作物に利用できるものであるはずがありません。
火山灰土のアルミニウムには抗菌作用がある
このように説明してくると、どうも火山灰土のアルミニウムは悪玉でけしからんと思われるでしょう。
ところが、このアルミニウムにも、いいところはあるのです。実は、アルミニウムには、土壌病原菌を抑える働きがあったのです。
それで、それはよかったと思うでしょうが、またしても困ったことがあります。と言うのは、土の中のリン酸含量がある一定レベルを超えて過剰になると、アルミニウムがリン酸と結び付いて、せっかくのアルミニウムの抗菌作用を打ち消してしまうのです。
これらのことが最近の研究でわかってきました。
このアルミニウムの抗菌作用の喪失の影響をもろに受けるのは、大規模産地です。
逆の小規模産地の事情から見てみましょう。たとえば、東京都内にも一つひとつは小さいながら、全体としては無視できない面積の畑があり、相当な量の野菜を都民に供給しています。この東京の圃場の土は健全です。
と言うのは、東京都内で生産する野菜は市場出荷するだけでなく、畑で出来たそばから無人販売や庭先販売でどんどん売り切っていきます。そこで同じものばかり並べていては売れませんから、東京の農家は小さな圃場でいろいろな野菜を栽培します。
そこで、キャベツを穫った後にまたキャベツを植えるようなことはせず、次はナスだ、ネギだと、畝ごとに毎回違うものを植えるものです。すると、同じ種類の栄養素だけが減ったり、同じ種類の病害が根付いたりということを避けることができます。ですから、東京都内の畑というのは、土壌調査をしてみるとほれぼれとするほどよい状態になっていることがわかるものです。
北海道の圃場は今こそリン酸過剰に注意
地方の有名大産地は、これの真逆です。なにしろ、毎年同じ野菜を作り続けて、そのことで有名産地になったのです。すると、土の中の栄養素のバランスは容易に偏りますし、ある種類の病害虫がそこに定着しやすくなります。土壌消毒が必要になったり、盛んに防除をする必要を生じるのはこのためと言えます。
そこへ持ってきて、リン酸過剰によるアルミニウムの抗菌作用の喪失の段階になると、連作をする中で増えた土壌病害菌が一気に大増殖をするということになります。
このことには、長野や群馬などの野菜産地がリン酸過剰になった段階では、誰も気付かないでしまいました。ところが、今の時点で北海道の圃場にリン酸過剰の域に入りつつあるところが増えてきていて、そうしたところで病害が少しづつ増加していることが聞き取り調査の結果わかってきています。北海道の畑も、今からリン酸施用のあり方や量をチェックしていかないと、府県の大野菜産地と同様に消毒漬けになりかねません。