黒ボクが不良土となる理由は、植物の生育に必要な成分が高温多雨の気候下で溶け出し、有害なアルミニウムが残ったものであるということです。しかし、1930年頃にカルシウムとリン酸の施用などで土壌の改良が行われると、黒ボク地帯に大型野菜産地が形成されていきました。
重要な成分が失われ有害なアルミが残った土
黒ボクは、なぜ作物がうまく育たない土なのでしょうか。それは、土壌の元の材料が火山灰であることに加えて、この連載で何度も指摘しているように、日本の高温多雨の影響があります。
まず火山灰は大変細かな粒子ですから、大きな塊の物質よりも激しく風化が進みます。すると、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウム、ケイ酸などがまず溶け出し、この結果アルミニウムの比率の高い物質が出来上がることになります。
このアルミニウムは酸性の溶液に触れたときに溶け出しますが、これが有害なのです(第17回参照)。黒ボクから水に溶け出したアルミニウムは、作物の根に害を与えるようになります。
この作用はとても強いもので、かつてはあらゆる手立てが打ち消されるものでした。このため、昭和30(1955)年代まで農家を苦しめたのです。
石灰とリン酸の施用で一転して大産地へ
しかしその対策の研究が進む一方、社会経済の復興が進むと、国が音頭を取って開拓地をはじめとした圃場の土壌改良事業が始まりました。
その第一歩は土壌調査です。農水省は、まず全国の畑と水田の土壌を調べ始めました。この調査項目はさまざまありましたが、とくに化学性を分析し、またこれと連動して土壌断面調査を行いました。
これらの調査によって、圃場ごとの土壌型の判定が行われました。それでわかった土壌型を地図に落とし込んだものが、活用をお薦めしている土壌図というわけです。
さて、調査の結果から、火山灰土に対してまず打つべき手は酸性を改良することでした。酸性のままの火山灰土に何をしても作物は育たないからです。
そこで、地下資源に乏しいわが国でも石灰だけは豊富に産することも幸いして、圃場への石灰(カルシウム)の施用が始まりました。さらに、これに続いて行われたのが、リン酸の施用です。
この2つの施策は火山灰土を大きく改善しました。その結果、かつて手の付けられなかった多くの地域が各種作物の産地に生まれ変わっていきました。
いったん穫れるとなれば、火山灰土の地域は打って変わって強みを発揮します。と言うのは、火山灰が降り積もってできたこうした地域は、関東平野をはじめ、平たんで社会インフラの整った地域が多いのです。そこで作物は良好な作業性の中で収穫され、迅速に大都市へ向けて出荷されることになるわけです。
そんな事情から、とくに野菜産地は多く登場してきます。現在、茨城、千葉、埼玉、群馬などには素晴らしい農業が成立していますが、実はこの段階から飛躍的に生産量が向上した地域が多いのです。
作業性のよさは品質にも大きな影響を与える
こうした地形的な面のこと以外に、前回の後半で述べたように、火山灰土には作業性のよさというメリットがあります。そのことをもう少しよく見ておきましょう。
最近は市民農園を借りる人も増えているようですが、わずかな面積でも、露地の畑で何か作ってみたことがある人には、土を扱う作業のきつさがわかると思います。それが大面積になれば、作業性の善し悪しは直接農家の力と時間に影響を及ぼして来ます。
たとえば、同じ面積の畑でも、かたや軟らかく軽い土で、かたや硬く重い土であるとします。後者では耕したり、管理(栽培期間中に作物の周囲を耕したり土寄せをしたりすること)をするのに体力、農機のエネルギー、時間を要することになります。まして大きな石ころ(礫)などがときどき出てくるような圃場であれば、さらに労力、時間、そして神経を使うことになります。
その場合、農家はそのことでいっぱいになり、肝心な作物自体の手入れまで手が回らないということになります。工場であれば、作業遅れは機械を止めて追いつくということも出来るかもしれませんが、生き物と季節が相手の農業では絶対に無理なことです。できなかったことは、できなかったこととして終わるのです。
であれば、土が軽く扱いやすいということは、経営の上でも、高品質を目指す上でも、たいへん重要なことだとわかるでしょう。作業しやすい土は、農家に時間的・精神的な余裕を与え、作物の手入れに没頭できることになるのです。
関東の野菜が評価されこと、また野辺山(長野県)や嬬恋(群馬県)などの高原野菜の大型産地が出来上がったことの背景には、このようにきめ細かな手入れができ、収穫作業もラクな土があったということです。