かつて無機栄養説と有機栄養説のどちらが正しいかという論争があった。また、昨今は有機栽培に切り替えるかどうかという視点で有機成分がとらえられる傾向がある。しかし、無機成分と有機成分の両方をうまく使うことが作物の栽培に有効だという理解をすることを勧める。
無機栄養説と有機栄養説の論争があったが
有機成分とは何か、どう働くのか、必要か不要か――これこそは、かつてリービッヒとテーアが激論を戦わせたことです(第46回参照)。
つまり、植物は有機化合物を吸収しているのか、あるいは無機化合物を吸収しているのか、どっちなのか、という疑問です。
これは実際に畑で作物を育ててきた経験からは、家畜の糞尿や山草や作物残さなどを積み上げて作った堆肥などを与えたときの作物の生長がよいという理解があります。そのことからすると、多くの人は植物は有機成分を必要としていると思い込んだことは当然です。
ところが、近代化学の成果として、無機化合物を大量に準備して、それを巧みに操ることができるようになりました。そして、これらを圃場に適切に施すと、それまでとは異なる目覚ましい生長が見られ、生産者を驚かせました。そのことから、植物が必要としているのは無機化合物だと主張したことも理解できます。
無機栄養と有機栄養の長所を生かす
植物が有機成分をどう使っているのかについては、まだまだ未知の部分があります。ですからここで、無機栄養論と有機栄養論のどちらかが間違っているとか、どちらかが優れているとかと単純な話をしようというわけではありません。
今日の多くの生産者は、無機物も有機物もそれぞれに有用であるということを知っています。たとえば、今日の水稲栽培でよく使われる“元肥一発型”の肥料は、無機肥料に有機肥料を加える形で作られたもので、まず無機成分が効いて、次いで有機成分がゆっくりと効き目を現すように人工的な調節をしているものです。
さて、有機JAS以降、昨今は有機栽培に関心を持つ人が増えています。しかし、有機肥料というものは用意するのがなかなかたいへんなものです。それで、化学肥料を用いる栽培法をよしとしないのだけれども、何か簡単に切り替える方法はないかと考えている人は多いでしょう。また、身近に有機肥料となるものがたくさんないために、「完全に有機にしたいのに、少ししか与えることができないのでは何の意味もない」と考えて、有機肥料を全くあきらめている人もいるでしょう。
無機・有機両者を活用するアイデア
しかし、有機肥料を“全か無か”で考えるのは損なことです。施肥の主体は無機成分で、それと同時に少しだけ有機成分を与えるということをすると、作物の生育状態ががらりと変わることがあります。そのことを知ると、作物の栄養についてはまだまだ科学的な解明が済んでいない事柄があるものだと考えさせられます。無機栄養と有機栄養とで、どちらを選ぶかではなく、両方をうまく使うことを考えたいものです。
こうした考え方による挑戦が今までなかったわけではありません。たとえば有機化成という肥料が作られたことが挙げられます。これは製造上や流通上の要求から、きわめてコンパクトな有機物を用い、化学肥料と混合して作るという発想で作られたものでした。
有機化成は、無機成分だけを作物に与えるだけではうまくいかないと知ってはいたものの、有機成分を与えることが費用や作業の負担からできなかったとか、周辺に目的に合った有機物がないとかといった理由で有機肥料の使用をあきらめていた農家には朗報でした。
しかし、その効果を定量的に評価することは、なかなかやりにくいものです。