前回はリン酸成分について説明し、昨今の日本ではなぜかリン酸過剰の圃場が多いことを指摘した。そのような圃場が登場したのには、歴史的な背景がある。
やっかいな日本の火山灰土
日本の耕地面積は459.3万ha(2010年、農林水産省)です。決して広くない面積ですが、加えてその1/4ぐらいが火山灰土という、実は作物栽培にはあまり向いていない土壌となっています。
日本の火山灰土は、他の土とは性質の全く異なるタイプの土と言えます。火山灰土以外の土と異なるというだけでなく、世界の他の地域の火山灰土とも異なる性質を持っています。
もちろん日本以外の世界各地にたくさんの火山があり、それらの周辺には当然火山灰土が分布しています。しかし、日本の火山灰土の性質は、諸外国の火山灰土のそれとずいぶん違うものです。それは、日本の気象条件が関係しています。
そんな日本の火山灰土の化学的な性質を説明しながら、農業でのリン酸施用について、もう少し考えてみましょう。
アルミニウムが問題
前回、リン酸成分が土壌中のアルミニウムと強く結び付き、これが作物には利用されない形であることを説明しました。
ところで、アルミニウムと言うと「日本ではほぼ全量を輸入している金属だから、国内にそんなにあるとは思えない」という方が多いでしょう。しかしそれは精錬した地金のことです。
土壌の中にあって、まとまっていなかったり、他の元素との結び付きが強すぎたりするために、鉱物資源としては利用できない形のアルミニウムは、日本ではむしろ多いのです。
また、“アルミニウム”とカタカナで書くと何か新しく発見された物質のようですが、その存在は日本やアジア諸国でも古くから知られていました。漢字では「礬」と書きます。明礬(ミョウバン)の礬です。普通、ミョウバンと言えば硫酸カリウムアルミニウム(AlK(SO4)2·12H2O)で、アルミニウムを含んでいます。また、精錬してアルミニウムを得るための原料のボーキサイトは、漢字では「鉄礬土」と書きます。
さて、日本の火山灰土は、このアルミニウムが溶け出してくる量が、火山灰土以外の他の土とはケタ違いに多いのです。
火山灰土は、読んで字のごとく火山から噴出した灰のような細かいチリです。鉱物の一種ですが、転がっている岩石と違って表面積が非常に大きい。それが日本の高温多雨の気象条件にさらされると、風化がどんどん進むのです。
そして、火山灰は風化する中で多くの成分を失いますが、前回も説明した通り、最後に残るのは鉄とアルミニウムです。この2つともが、リン酸と結び付いて植物に利用されない形になってしまうものです。
とくに日本の火山灰土地帯では、アルミニウムの比率が高い土壌が見られますが、これはそうしたプロセスによるわけです。
耕しやすいが見向きもされない
物理性の面から見た火山灰土は、手触りは軽くフワフワとして、まさに灰のようです。風が吹けばブァーっと飛んでしまいます。その細かさのため、雨が降ればひどいぬかるみになり、衣服に付けば顔料のように取れにくいものです。
また、火山灰土は比較的広範囲にまとまって存在することが多い。そして、こうした火山灰土地帯では礫を含むことがあまりありません。こうした特徴は、噴火という火山活動によるものです。つまり、火山噴出物の中でも空気抵抗を受けやすいフワフワした火山灰は、より遠くへ広がり、そして火山礫などよりも後から地表に届くわけです。
このような火山灰の物理性は、営農という作業面に限ってはメリットともなります。つまり、軽くて礫を含まないため、耕うんしたり、溝を切ったり、畝を立てたり、畦畔(けいはん=あぜ)を塗ったりということがしやすいのです。
しかし、日本で火山灰地帯の開拓が進んだのは、ほとんどの場合戦後のことです。それまでの火山灰地帯は、ススキの生えた原野の様相で、畑にしようと考える人など現れなかった場所でした。なぜかと言えば、いくら耕しても、作物の育たない土だったからです。どんな作物を選んでも、根が障害を受けて黒褐色となり、地上部はとろけるように枯れ死んでいくのです。
育たない原因は、強いアルミニウムです。土壌の中のアルミニウムは、土壌溶液が酸性に傾くと急に溶け出してきます。これが植物にとって重要な栄養素である有効態リン酸を無効にしてしまうわけです。
ススキのような野草は有効態リン酸がほとんどない条件でも旺盛に生育するものですが、作物として人が育てる植物には、そのような土壌でも生長するしくみを持っているものがほとんどないのです。