あれば効くわけではない土の中のリン酸

リン酸は他の肥料成分とは異なる挙動を示す。そして、与えても与えても効かないということがあります。そのリン酸について、基本的な事柄を説明しましょう。

 リン酸についての理解は、農家でも進んでいません。農家だけでなく研究者の間でも、実は明確につかめている人は少ないものです。そしてしっかりと理解されないまま、肥料のセールスマンだけが、「リン酸が必要だ」と一生懸命に説得して歩いています。始末の悪いことです。

 かく言う私も、実は農業を始めて10年ぐらいしてようやくこのやっかいなものについて説明できるようになったものです。このことは、反省の極みです。

 そんな現場で誤解されていることにこれから突入です。

“効くリン酸”と“効かないリン酸”

 まず、肥料のセールスマンの弁護ではありませんが、リン酸は植物にとって確かに重要な要素です。重要な3要素を「窒素・リン酸・カリ」と言って覚えているものですが、リン酸はとくに吸収量も多く、欠乏すれば大きな痛手となります。

 そんな重要な要素ですが、現場ではわかりにくい存在だというのはなぜでしょう。それは、肥料として与えるものと、土の中にあって効く形と、効かない形とがあるからです。

 このうち、肥料としてのリン酸は、また肥料について説明する回で登場させていきます。今回は、土の中のリン酸を説明します。

 リン酸の特徴はもう一つ挙げることができます。他の成分とは異なり、リン酸は土の中での移動がほとんどありません。とりわけ窒素などと比べると、大きく違うことです。

 土の中で移動しないということは、表面だけに施用しても、土の中に浸み込んでいかないということです。そのため、たとえば果樹の苗木を植え付ける場合、その植え溝にリン酸肥料を予め入れておくということをします。後からでは深くまで簡単に施すことができないためで、古くからのやり方です。

 さて、“効かない形”です。リン酸成分はたとえ土壌中に存在しても、全くと言ってよいほど植物には利用できない形で存在することが多い。カリ成分でも似たことはありますが、カリの場合はそれでも何とか植物が使えるということとは対照的です。

 どうしてあるのに効かないことになるのでしょうか。

 リン酸は土の中ではそれだけで存在していることはありません。必ず他の成分と組み合わせになっています。その組み合わせの相手とは、鉄、アルミニウム、カルシウム、のいずれかです。

 そしてその組み合わせのうちで、鉄と結びついているものはリン酸鉄と呼ばれて、植物には利用されないと言われています。

 アルミニウムと結びついているものはリン酸アルミニウムといい、これも植物は利用できないものとされています。

 では利用できる形とはどんなものかというと、それはリン酸がカルシウムと結びついたもので、リン酸カルシウム(リン酸石灰)というものです。

リン酸は火山灰土で無効化されやすい

 では、リン酸が鉄やアルミニウムと結びつくのは、どんな場合でしょうか。

 まず土の中では、先に登場した鉄やアルミニウムは活性化した形になっている場合があります。活性化しているというのは、イオン化していることと考えてもらえばよいのですが、簡単にいうと鉄やアルミニウムが何かと結びつきやすい形になっているのだと考えてください。

 この程度は土の種類とpH、施されている有機物の量などで変化しますが、土が酸性であるととくに強くなります。多くの日本の土は酸性ですから、日本ではこの傾向がたいへん強いことになります。

 そして、何かと結びつきやすい形の鉄やアルミニウムがあるところにリン酸肥料を振りまいて混和するとどうなるでしょう。待ってましたとばかりに、くっ付いてしまうのです。そして与えたリン酸は、植物が利用できない形になってしまい、あたかも「土がリン酸肥料を吸収してしまった」ようような印象を与えます。

 そこで、土壌分析では「リン酸吸収係数」というものを測定することもあります。この値は大きいほどリン酸肥料が無効化されやすい土ということです。

 どのような土がリン酸吸収係数が大きいかというと、火山灰土です。次が火山灰土ではないが赤い土、次が黄色の土という順序です。逆に砂土はこの値は小さい。また、田の土も畑と比べると小さいものです。

 土の誕生の説明の際、岩石の風化が進む話をしました。風化が進んでその岩石に含まれるさまざまな成分がなくなると、最後に残るのは鉄とアルミニウムです。砂土の場合は、まさにこのことが関係しています。つまり砂は岩石の破片であり、それ自身の風化はしていないので鉄やアルミニウムは出てきません。それですからリン酸を吸収してしまうようなことがあまり起こりません。

 田んぼの土は、畑に比べて有機物が多く含まれることから、リン酸を無効化することが少なくなります。

肥料よりリン酸を多く含む圃場?

 自分の圃場の中に効くリン酸がどれだけあるかを知りたい場合は、たとえば農協や行政あるいは肥料業者などで土壌分析をしてもらいます。そして、土壌分析表を受け取ったら「有効態リン酸」という項目を見てください。「何mg」という単位で書かれているはずです。その値が、土の中に作物が使えるリン酸がどのくらいあるのか示しています。

 日本で分析されている方法はトルオーグ法というやり方で、この方法での判定は、10mg以下ではリン酸の施用を必要としますが、30mg以上あれば施用の必要なしとなります。

 ところが、実際の分析値を見ると100mg以上の圃場というのは全く珍しくなく、私がかかわった圃場の中には、最高で500mgというところもありました。これは肥料として販売されている菜種の油粕より高いリン酸の状態です。肥料より土の方が肥料濃度が高い畑が出てきたということです。

 必要、必要とは言っても、もちろんここまで高いのは行きすぎです。リン酸の分析と施用には注意しなければなりません。

 なぜこんな例が出て来るのでしょう。その説明に、次回は戦後日本農業の“火山灰土との闘い”のお話をします。

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About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。