人の体をあちこち巡っている液体は何ですか? それは血液です。血液が体のすみずみまで行き渡ることで、私たちの体は栄養を得たり、酸素を受け取ったり、老廃物を集めてもらったりしています。土壌にも、実は同様の働きをするものがあるのです。
水がなければ話が始まらない
まず、いつものように、土が細かな粒子の集まりで成り立っていることから話を始めましょう。
小さな土の粒子にはさまざまな形があります。形がいろいろですから、お互いはぴったりくっつきません。土の粒子が集まると、そこには隙間(すきま)ができます。
この隙間を連続してつなげるように、液体が存在するのです。それは、私たちの一般的なとらえかたからすれば、単に土を湿らしている水に過ぎません。しかし、これこそが、さまざまなものを溶かし込んで作物の根に栄養や酸素を届け、微生物の移動に役立ち、根が排泄する老廃物を運ぶ液体なのです。
これを称して土壌溶液といいます。
土壌溶液は、土の中では空間こそ途切れていても、この液体は各所をつなげています。
さて、土の化学性の基本は土壌コロイドでした。この土壌コロイドは、カルシウム、マグネシウム、カリウム、ナトリウムなどを電気的に吸着して一時的に蓄えます。そして必要に応じて、土壌コロイドが吸着していた成分を引き離して、作物の根が吸収します。
こういうように説明しましたが、この説明ではかなり省いた部分があります。その部分こそ、土壌溶液の存在です。
この説明の中で、コロイドから離れると表現しましたが、それができるということは、周辺が液体で満たされているということです。
陽イオンと陰イオンは常に同じに
さて、この液体の中にコロイドから離れたもの、たとえばカルシウムが溶け出していくと、カルシウムイオン(Ca2+)になります。これは陽イオンです。
このように陽イオンが水溶液に溶け出すと、これを補うように陰イオンが溶け出してきて、水溶液の中では正(+)と負(-)は同じ数になるように必ずなります。
もう一つ例を挙げてみましょう。
たとえば窒素肥料を与えたとします。
この場合の窒素肥料は、いわゆる有機肥料であってもそうでなくても同じなのですが、土の中で分解されて、結局はアンモニアを経て硝酸態窒素になります。あるいは硝酸態窒素そのもので施用される場合もありますが、とにかく土の中の液体、土壌溶液中に硝酸態窒素が溶け込みます。これは前回も紹介しましたが、硝酸イオン(NO3−)という陰イオンです。
すると、土壌溶液中に陰イオンが入るわけですから、反対の正の電荷も入ることになります。こうした場合のほとんどは、カルシウムが土のコロイドから離れて土壌溶液中にカルシウムイオン(Ca2+)が溶け出していきます。
このように、土壌溶液中の陽イオンと陰イオンの電気的な総量は、それぞれ同じになるようにバランスがとられるのです。つまり、土壌溶液は電気的には正にも負にもならない状態になるということです。
その様子を身近に感じるには、ポカリスエットの電解質表示を見ることも例になるかもしれません。正と負の数を数えていくと、同じになっているはずです。
栄養のやりとりを制御するもの
土壌溶液は作物の根に直接触れて、栄養のやりとりを行っているのですから、これを制御すれば、根が求める状態を保つことができるということです。
実に簡単なことです。“土づくり”とか、農家があれこれ悩まなくても済みそうです。
では、土壌溶液はどうやって制御したらいいでしょうか。
これをコンピュータ制御で行うのが、水耕栽培です。しかし、水耕栽培が発明される前から、土壌溶液の制御を全自動でしてくれていたものはあるのです。
それが土のコロイドです。ですから、みなさんに土のコロイドのことを理解してもらいたかったのです。
農業という人工的な条件下ではなく(そうです。農業は人工です)、自然界ではまさにこの土のコロイドの働きによって、植物は根の直接的な栄養や環境を制御されていることになります。
では農業ではどうなっているでしょうか。作物に与える肥料と土壌溶液は、どんな関係になっているでしょうか。
たとえば、すぐに水に溶ける速効性の化学肥料の場合は、まず水に溶けることで土壌溶液はその肥料濃度が高まります。その溶けた中から根に吸収されていくものがあり、それと同時に、土壌溶液から土のコロイドに吸着されていき、土の蓄えになっていくものもあります。
また、土壌微生物に吸収されてしまうものもあります。そして雨が降れば、その一部は土から流れ出てしまうものもあります。
このあたりのことを上の図にまとめました。
これは、私たちの血液の巡りを思い浮かべながら見るとわかりやすいかもしれません。食べた物は消化されて血液という液体で運ばれ、しかるべきところで使われ、あるいは蓄えられ、また体の各部からの老廃物も血液という液体で運ばれていきます。
土耕も水耕も根は同じ
水耕栽培の知識がある方がこの図を見ると、「水耕栽培のシステムに似ている」と感じることでしょう。実際には逆で、土のコロイドの働きを模して水耕栽培は開発されたのですが、とにかく似ていることに違いはありません(水耕栽培に取り組んでいる方に聞いてみてください)。
栽培には、畑や田にある、いわゆる土らしい土を使うもの、礫で行うもの、砂で行うもの、ロックウール(人造の鉱物繊維)によるもの、そして養液に作物を浮かべるなどして行う水耕栽培と、いろいろな方法があります。これらは見た目には全く異なるものですが、植物の根から見れば、さほど違うものではないのです。どの栽培方法でも、植物の根は“水に浸っている”のです。根が直接接していて、相互に影響を与え合っているものは水溶液です。
土を使う栽培と、水耕栽培とで何が違うかと言えば、その水溶液を何が制御しているのか(土のコロイドか、コンピュータか)という違いにあるわけです。