土の化学的性質を話してきましたが、息抜きのお話をしましょう。コアラの話です。動物の話ですが、土の話です。
コアラが“牛になる”理由
オーストラリア観光の目玉の一つがコアラです。可愛らしい動物ですから、関心を持っている方も多いでしょう。ユニークな生態として、コアラはユーカリの葉を食べるということもよく知られています。そして、彼らは食後に必ず木の上で休みます。
昼寝タイムがある。と言うより、彼らには昼寝が必要なのです。
ユーカリの葉にはかなりのアルミニウムが含まれています。このアルミニウムは、動物にも植物にも一般に有毒なものです。もちろん、ごく微量は必要なものでしょうけれども。
たとえば、野菜などの水耕栽培では、養液にほんの少し加えただけで根は障害を起こします。その濃度は1~2ppmという量です。
さて、オーストラリアのコアラは、ユーカリの葉を食べた後には動きがなくなり、消化に専念します。これは恐らく、ユーカリの葉に含まれるアルミニウムの解毒のために必要なのだろうと考えられています。
ブリスベーンのコアラは昼寝なし
しかし、オーストラリアの中で一カ所だけ、コアラがユーカリの葉を食べた後で休まない所があります。シドニーから赤道に向かって900㎞ほど行ったブリズベーンという所です。
オーストラリアでユーカリの生えている所というと、レンガ色の土が普通です。このオーストラリア特有の土は、かつてオーストラリアが熱帯気候の時代に出来たもので、表層にはほとんど腐植がなく、鉄とアルミニウムが主体の土です。
このために、ユーカリの葉にも多くのアルミニウムが含まれているわけです。
ところが、ブリズベーンでは土の表層に黒い腐植層が厚くたまり、オーストラリアの他の地域とは様相が違います。アルミニウムを多く含む土であっても、ブリスベーンのように多くの腐植を含むと、アルミニウムが溶け出さないようになります。
つまりこのブリズベーンのユーカリの葉には、それほどアルミニウムが含まれていないと予想されます。それで、この地のユーカリの葉を食べたコアラは、食後休んで、胃袋で十分消化してアルミニウムの阻害を受けない形にするという、他の地域のコアラがやっていることをしなくてもよいらしいと考えられるわけです。
有機物がアルミニウムの障害を緩和する
これは日本の圃場で土を改良する場合の大きな参考になる話です。なぜかと言うと、日本の火山灰土はアルミニウムの害が多く発生するという特長があるからです。
そのため、戦後普及した土壌改良が実施される以前は、開墾地ではまず野菜など採れませんでした。
しかし、堆肥を施したり緑肥を鋤き込んだりすると効果があります。このような有機物が、日本の火山灰土から溶け出してくるアルミニウムを包み込むように働き、その害作用を低減するのです。つまり、ブリズベーンの土のようになるということです。
そこで土壌改良のために堆肥や緑肥を勧めましたが、作業としてもコストとしてもなかなか大変なことで、実施されない地域も多くありました。
ちなみに、私はチャの栽培も行っているので関心があるのですが、アルミニウムはお茶の葉にも含まれています。チャの適地は赤い色の酸性土壌で、アルミニウムイオン(Al3+)を多く含み、その影響があります。
茶葉中のアルミニウムは新茶のようなものには少なく、夏以降に収穫する番茶のようなものに多く含まれます。そして最も多いのは茶としては摘み取られないような古葉に多く含まれます。
だからと言って、お茶が体に悪いと早合点しないでください。近年、こうした疑いから茶の健康評価が行われるようになり、茶葉には有害なアルミニウムイオンがないことなどが調べられています。
世界中から事例を引いて考えられる時代
話は戻りますが、このように、土にまつわる現象は、世界の各地に共通のことがたくさんあります。
その共通する現象や知見をつなぎ合わせていくことが、現代社会ではできます。
宮沢賢治の農業指導の時代は日本の農業事情しか我々は触れることができませんでした。ですから、当時の思考の範囲は限定されていて、土の法則性を考えにくかったのです。現代はその不自由から脱出し、世界中の情報を活用できる時代だということを認識し、その恩恵を受けるべき時代です。