現代の農作物と土壌(2)

リービッヒ(左)と宮沢賢治
リービッヒ(左)と宮沢賢治

リービッヒ(左)と宮沢賢治
リービッヒ(左)と宮沢賢治

“農芸化学の父”リービッヒと、日本で農家に直接肥料設計と指導を行った宮沢賢治の二人の架空の対談で、現代の農作物と土壌の関係を概観します。前回に続いて、今回はこれからの土壌知識の活用に踏み込んでいきます。

リービッヒ ところが一方、その現代だから生じている問題も多いのではないかな。先ほど、この会場の隣の圃場を見てから来たのだが、あそこの作物は本当にうまくて体にもいいものなのだろうか。確かに見た目はいい。ただ、化学肥料は私の研究から生まれたものだが、それに頼り過ぎてしまって、作物はただ形だけよくなればいいということになっていないか心配だ。

宮沢 量と見た目はよいけれど、栄養や食味が失われているのではないかという心配をする人は多いようです。

 その原因はさまざまですが、私はこの国が進めた野菜の産地化政策が最も大きく影響していると思います。特定野菜等供給産地育成といった事業で、特定の場所を特定の野菜の大型産地とし、大都市に計画的に出荷しようというやり方です。

 量の確保のためには合理的な考え方ですが、広く多くの圃場に同一品種を作付けて画一的に肥料を与えるということを毎年繰り返すことから、いわゆる連作障害が恒常化しています。

画一的な栽培から個々の圃場への回帰

リービッヒ そういうわけだったのか。では、君が始めた、農家を個別に訪ねて、圃場の様子を聞きながら土を分析し、その結果から肥料設計書を書くというような仕事は、今はどうなっているんだね。

宮沢 昭和30年代(1955~1964)あたりまでは盛んに行われました。しかし、1965年に野菜の産地化を進める野菜生産出荷安定法が施行され、この前後の高度成長期の頃から栽培技術、品種、肥料設計が画一的になっていったのです。農家にとっても、その方が楽だったのです。

リービッヒ 先ほど、この勉強会の参加者が、「スーパーマーケットやレストランのチェーンが登場して、一度に同じものが大量に求められる時代になった」という話をしていた。そのことも関係があるのだろうね。

青首タイプのダイコン
加工用に収穫した青首タイプのダイコン

宮沢 おっしゃるとおりです。
 たとえば、そこにおでんが煮えていますが、輪切りにしたダイコンの大きさが揃っています。あのダイコンは青首タイプというものです。
 昔の日本のダイコンは、練馬大根などサイズが大きく、しかも下が太く上が細いものでした。しかし青首タイプは決まった段ボール箱に決まったサイズで収まり、太さも一定なため箱詰めしやすく店頭での見栄えもよい。それで人気となったのですが、昔のダイコンがうまかったという話はよく聞きます。

リービッヒ 画一的な栽培を行うようになったということは、土壌のことをよく理解していない農家も増えているだろうね。

宮沢 しかし、最近は「土作りが大事だ」と言う農家も増えて来ました。

リービッヒ ほう。その人たちは、土壌学的な知識を持っているのかな。

宮沢 必ずしもそうではないようです。

リービッヒ 君なら、土壌学から発想して、土壌の違いによる作物の特徴や味などがわかるだろう。彼らは、何を知ってどんな風に考えていくべきかな。

土壌知識を栽培にも販売にも生かす

宮沢 まず、土壌にはいくつかの種類があることを知ってほしいですね。
 日本列島のどこにはどんな種類の土があるのか、それぞれの土の特徴はどのようかといった研究は進んでいます。それぞれの土で収穫される作物にはどのような特徴を生じるかというようなこともわかっているのです。しかも、その土の種類と分布は地図データ化されてもいるのです。
 私の時代からすると非常に恵まれた材料があるわけですが、それが農家にはあまり活用されていないようです。

リービッヒ 土壌のデータは確かに充実しているようだね。日本だけでなく、ほとんど世界中の土の種類と分布の地図データがあると聞く。
 今日散歩してきた中国には黄褐色の土が広く分布していた。インド中央には黒い土、オーストラリアには真っ赤な土があった。世界中たいていのところでは、一定の面積に色の同じ土がまとまって存在するものだね。

宮沢 この土壌のデータは、農家が活用できるだけではないはずです。たとえば、小売業や外食産業など農産物を使う人たちが、どこのどんな種類の土壌で栽培された野菜は、調理面ではこんな特徴があるとか、こんな味を引き出すのに向いているとかいうことに関心を持って土壌分布図に接すれば、今までにない展開が起きるでしょう。

リービッヒ それは面白い。日本では原産地表示などにずいぶん力を入れているようだが、土壌の分布と結び付けて活用すると、いろいろなことがわかるだろうね。

新しい価値創造の材料に

 さて、この二人の会話は、勉強会に集まった農家には聞こえなかったわけですが、みなさんはどう思われますか。

 昨今の農家と、スーパーやレストランなど農産物を売る現場では、「有機栽培」「オーガニック」「こだわり」「顔の見える」などをセールスポイントにしているようです。確かにそれらの言葉に反応する消費者は多いでしょう。

 しかし、土壌に関する知識を活用すれば、消費者がまだ知らない価値を打ち出すことができるはずです。しかもその価値は、気分や印象によるものとは違う、より現実の作物の特徴に即したものとなるでしょう。

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About 関祐二 101 Articles
農業コンサルタント せき・ゆうじ 1953年静岡県生まれ。東京農業大学在学中に実践的な土壌学に触れる。75年に就農し、営農と他の農家との交流を続ける中、実際の農業現場に土壌・肥料の知識が不足していることを痛感。民間発で実践的な農業技術を伝えるため、84年から農業コンサルタントを始める。現在、国内と海外の農家、食品メーカー、資材メーカー等に技術指導を行い、世界中の土壌と栽培の現場に精通している。