快調にすべり出したワインのリーファー輸送であったが、3便目で思わぬ事故が発生した。航行中の貨物船の中で、リーファー・コンテナの冷媒ガスが抜けたのだ。
ルアーブルを出港した3億円分のワイン
日軽商事の当時の担当者T氏はフランス語に長けていた。そのT氏が、ある日面白い情報を入手してきた。パリのフォーブル・サントノーレ通り(Rue de Faubourg St Honore)のワイン・ショップ「ギャラリー・デュ・ヴァン」(La Galerie du Vin)が格安で売りに出たとの情報であった。日本円で6~8千万円程度であったと記憶している。
T氏は嬉々としていた。しかし私は、「これはワインの在庫は含まれていないよ。先方に在庫ワインの売却の意思があるなら、在庫リストと希望売却金額を確認したほうがいいよ」と言った。T氏は数日後、案にたがわず素晴らしいワインリストをたずさえ、さえない顔でやってきた。「まだ計算中だけど、軽く3億円を超えているよ。うちの会社はそんな金出してくれないんだよね」とうなだれていた。
しかしその後、3億円までの出資を引き受けてくれる企業家KO氏が現れた。
ただし、それでも買い取り総額に足りなかった。しかし、ここでT氏はウルトラCを思い付く。「ギャラリー・デュ・ヴァン」の在庫の一部を、会社買い取り前に日本のワイン愛好家に売却してしまうという手だ。
かくして、同店在庫の高級ワインが20ftのリーファー・コンテナに収められ、日本郵船の船でルアーブル港を出港した。原価1億数千万円、日本陸揚げ後の売価では3億円前後と見込まれた。
インド洋上のガス抜け事故
ところが好事魔多し。船がインド洋東方海上を航行中、3億の宝を呑み込んだリーファー・コンテナが、ガス抜け事故を起こしたという報告が飛び込んできた。冷媒ガスが抜けてしまえば、リーファー・コンテナもいずれただの箱である。3億の宝の危機――T氏は顔面蒼白だった。
だが日本軽金属と日本郵船の信頼関係のお陰なのだろう。シンガポールからジェット・ヘリで修理スタッフが飛び立ち、このワインたちは事無きを得たのである(と、私は聞いただけで、飲んで確認してはいない。このコンテナのワインは、すべて売約済みだったのだ)。
この事故は、私がリーファー輸送をアドバイスしてわずか3便目のコンテナに発生した事故であった。
インド洋上の航路は赤道に近いが、幸いにも水深が深い。そのため、表面海水温は比較的低く、船の航行スピードも速い海域であった。もしもこの事故が、水深が浅く、表面海水温も高く、船の航行スピードを落とさなくてはならい紅海上で起きた事故であったなら、T氏の首は飛んでいただろう。
また、積荷がとくに海運とのパイプが太いわけではない普通のワイン輸入業者のものであれば、事故は報告されず、修理はシンガポール入港後の対応となるのは必定だ。その場合、果たしてワインは無事に日本へ到着しただろうか?