食品に含まれる水には、自由水と結合水があると説明したタクヤ。その結合水には、食品衛生上興味深い特徴があると言うが。
微生物に都合のよい水・悪い水
リョウ 「来たか。ごくろう」
タクヤ 「予告しちゃったので来ないわけには行きません」
リョウ 「イッペンに全部話しちゃったら、もう来なくていいぞ」
タクヤ 「そこはまあ、北遥さんもお忙しいので」
リョウ 「食えないもの書きだと聞いているが」
タクヤ 「アルファ化米がほとびにけりますのでやめましょう。結合水の食品衛生上興味深い特徴についてです」
リョウ 「それそれ」
タクヤ 「実は、腐敗の原因ともなる微生物は、結合水を利用するのが苦手なんです。結合水の中では、微生物はうまく増殖できないんです」
リョウ 「へぇー。どうして?」
タクヤ 「周りが固まっていると、代謝や細胞分裂するのに不都合なんだと思いますが、詳しくは生物の先生に聞いたほうがいいので、ここではそういうものだということだけ理解しておいてください」
リョウ 「しょうがないな。そういうことにしてやる。食品衛生上興味深いっていうのは、実際にその原理を使って何かしている例があるのか?」
タクヤ 「ありますよ。たとえば、コンビニの惣菜って、トレー包装のものでも汁がたれにくいですよね?」
リョウ 「ああ、ソースやつゆの部分とかが固まってるのが多いな。チンするとシャバシャバになるけど」
タクヤ 「あれは液体部分を増粘多糖類やゼラチンなどで固めているんです。そうすると汁が漏れて周りを汚したり不衛生になったりしないで済むということのほかに、汁の部分が結合水であるために細菌の増殖が抑えられるという効果もあります。その効果に着目した業務用のゼリーや増粘多糖類のセールスのしかたというのもあるようです」
リョウ 「そこまで考えてたのか」
タクヤ 「それから、ドライフルーツを作るときも、干物をつくるときも、穀物を乾燥するときも、もちろん、食べ物の組織の中から自由水をなくして、結合水だけになる状態にするようにしているというわけです。米の含水率が13~16%というのがそれで、17%以上になると傷みが出やすくなると言われています」
リョウ 「単にそれ以上乾かなくなるまで乾かしていたのかと思ってたが」
タクヤ 「勘どころとしては、だいたいそれでいいんです。というのは、自由水は蒸発しやすいですが、結合水は蒸発しにくいので、もうこれ以上乾かないなという状態になれば、およそその食べ物の中に残った水分は結合水だけだと考えることができます」
乾いて硬くなったパティは腐らない
リョウ 「ふーん。ところで、今話していることは、そもそも『マクドナルド』のハッピーセット(Happy Meal)が腐らなかった理由についてだったよな」
タクヤ 「サリー・デイビス(Sally Davies)のビデオを見ると、数カ月を経たハンバーガーのパティを彼女がコツコツ叩いているシーンがあります。乾燥して硬くなっているんですね」
リョウ 「なるほど。じゃあ、あのハンバーガーのパティは結合水だけの状態になっていると考えられるわけだね」
タクヤ 「であれば、腐敗を起こす微生物も増殖しにくくなっているでしょう」
リョウ 「バンズやポテトも同じように乾燥して自由水を失った状態というわけか」
タクヤ 「その状態になっていれば、ハンバーガーもポテトも腐らないのは、むしろ当然のことだと言えるでしょう」
リョウ 「カビはどうだ? 食べ物が乾燥した状態でも、カビは生えることがあるって言ってたよな」
タクヤ 「カビに適した湿度と温度が揃えば、ですよ。この人のお宅を訪ねたわけじゃないので推測の域を出ませんが、ビデオを見る限り高層住宅で風通しのよさそうな部屋です。お皿に当たる日光をあえて遮ることもしなければ、カビには好条件とは言えないでしょう」
リョウ 「ふーむ。しかしな、『マクドナルド』のハッピーセットのハンバーガーとフライドポテトは、買って来たときはしっとり、ふかふかだったはずだ。その段階で腐らなかったしカビなかったのは、やっぱり保存料などの食品添加物が入っていたせいとは考えられないのかね」
タクヤ 「違うでしょうね。その辺りは、衛生管理の大原則から考えてみましょうかね」
リョウ 「と言いながら帰る支度をするね、お前は」
タクヤ 「また来ます」
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●このシリーズの第1話
「マクドナルド」ハッピーセットが腐らない話について