スープを探す五郎の雄大な旅

349 「劇映画 孤独のグルメ」から

今回は、グルメドラマ「孤独のグルメ」の劇場版、「劇映画 孤独のグルメ」に登場する垂涎のメニューの数々をご紹介する。

「孤独のグルメ」は、久住昌之原作、谷口ジロー作画の漫画作品として、1994〜1996年、2008〜2015年にかけて連載された。2012年にTVドラマ化。以来、現在までシーズン10までに分けて放映され、スペシャルドラマや配信オリジナルドラマも制作される長寿番組となった。

“現代人最高の癒し”にして“夜食テロ”

時間や社会にとらわれず幸福に空腹を満たすとき

つかの間彼は自分勝手になり“自由”になる

誰にも邪魔されず気を遣わずものを食べるという孤高の行為

この行為こそが現代人に平等に与えられた最高の“癒し”といえるのである

(ドラマ冒頭のナレーションより)

 ドラマ「孤独のグルメ」は、30分という放映時間の枠内で、毎回共通の“型”がある。脚本の構成は、およそ以下のようなものである。

  • 個人輸入雑貨業者の井之頭五郎(松重豊)が、ある街に赴き、商談を行う。
  • 帰途、五郎は「腹が、減った」。空腹を表現するのは、近景、中景、遠景と三段階に切り替わる“孤独カット”。
  • 「今の俺は何腹なんだ」。街中を探し回った末、ピンときた店に入る。
  • 店内を観察(モノローグ)。メニューをじっくり見て注文。
  • 料理が運ばれてくる。料理名と料理の説明付きの紹介カット。
  • 五郎の実食。モノローグによる食レポが入る。
  • 店を出て帰っていく五郎にエンドロールが被る。

“孤独カット”は、いわば初代ウルトラマンが三段階のストップモーションでこちらに迫って来る変身カットの逆モーションで、五郎の食欲にスイッチが入ったことを表している。

 そして何より印象的なのは、モノローグを交えた五郎の食べっぷり。「ごはん映画ベスト10 2025年 邦画編」(本連載第347回参照)でも述べた通り、「おいしい給食」シリーズ(2019〜、本連載第232回、280回、331回参照)で甘利田幸男(市原隼人)が全身でうまそげ”を体現する“動”のメソッドなのに対し、五郎はモノローグと顔芸主体の“静”の手法で食事のうまさを表現している。“静”ながらオヤジギャグや金言を交えたモノローグの面白さと、口の周りが汚れても意に介さない豪快な食べっぷりは、観る者に力強いインパクトを与える。2009年からドラマが放映され、二度の映画化もされた「深夜食堂」シリーズ(本連載第94回、139回参照)と共に、食欲をそそる深夜番組、いわゆる“夜食テロ”ドラマと呼ばれるゆえんがここにある。

 ドラマ「孤独のグルメ」は、韓国でも放映されて人気を博しており、今回の劇場版でもその一端がわかるシーンがある。

パリの「腹が、減った」

 テレビ東京開局60周年特別企画として制作された今回の劇場版は、主演の井之頭五郎を演じる松重豊が、初監督・脚本を務めている。ドラマで確立した“型”はこの劇場版にも活かされている。

 冒頭の舞台はパリ。実は五郎はこの地で小雪さゆきという今は亡き女優と同棲していた過去があった。これは、ドラマシーズン1第4話と原作の第5話で描かれている。今回の訪問目的は、小雪の娘、千秋(杏)に依頼された絵を届けることだ。

 パリに向かう飛行機で、機内食2食分を食いそびれた五郎。エッフェル塔をバックにした“孤独カット”の後、街中を探し回って、ピンときたビストロ「ル・ブクラ」に入る。メニューはオニオンスープとビーフブルギニョン。ドラマでは料理紹介カットに料理名と料理の説明のスーパーが入るが、本作では料理名のみで、より五郎のモノローグと食べっぷりに依存する手法に改められている。

 千秋と対面を果たした五郎。千秋は五郎の娘なのか、劇中では明かされないが、匂わせるセリフはある。絵は千秋の祖父、一郎(塩見三省)の故郷、五島列島の街並みを描いた風景画。五郎は、一郎からもうひとつの頼みを託される。

子供の頃におふくろがよく作ってくれた汁があってね、それをもう一度飲みたいんだ

いっちゃん汁っていうんだ

優しい味なんだけど、動物、魚、野菜、いろんな旨味がちゃんとわかる汁だった

あのいっちゃん汁だけは、どうしてももう一度飲みたいんだ。頼まれてくれないか

 五郎による“幻のスープ”探しのはじまりである。

五島列島から竜宮城へ

 五郎は、一郎の故郷である五島列島の奈留島でスープのだしの食材を探すが難航する。容赦なく腹は減り、店を探し回った末に地元で愛される名店「みかんや食堂」を見つけ出し入店。長崎名物のちゃんぽんを食べ、スープのヒントを見出す。

 その後、アクシデントに自らはまった五郎は、ある島に漂着。ここが何島なのかわからぬまま腹だけは減る。彷徨った末にカセットコンロと鍋を発見した五郎は、採集した貝やキノコに、飛行機で機内食代わりにもらったドライ納豆を混ぜてサバイバル鍋「海鮮キノコ納豆鍋」を完成させるのだが……。

 島は韓国の南風島ナンプンド(架空の島)だった。食品研究施設の志穂(内田有紀)ら女性たちに助けられた五郎は、鶏のポッサム、干し椎茸焼きヤンニョムソース、韓国かぼちゃ炒め、オクラトマト魚介の酢コチュジャンがけ、野菜のスープ、といった韓国料理でもてなされる。いつもながら豪快な食べっぷりと「ここは、竜宮城だ」というモノローグが料理のおいしさを表している。

 それから五郎は、入国審査のため巨済島コジェド旧助羅クジョラ港に移送される。入国審査官(ユ・ジェミョン)を待つ間に腹が減った五郎は、サバの塩焼き写真が店頭に貼られている「ジニの食堂」に入店。五郎がここで食べた「ファンテヘジャンク」(干しスケトウダラを煮込んだスープ)が、“幻のスープ”の大きな手がかりになるのである。

あの名作のラーメンシーンが

五郎が集めた食材からとったスープで作った「さんせりて」のラーメン。
五郎が集めた食材からとったスープで作った「さんせりて」のラーメン。

 東京に戻った五郎は、志穂に紹介された中華ラーメン「さんせりて」を訪れる。「さんせりて」(Sincéritéはフランス語で真心の意味)は、元フレンチのシェフの店主(オダギリジョー)による他にはないスープが話題になり繁盛していた。しかし、コロナ禍により客足が途絶え、やさぐれた店主はラーメン作りをやめてメニューはチャーハンだけという営業を続けていた。しかし、そのチャーハンのおいしさに感心した五郎は、常連客でテレビドラマアシスタントディレクターの中川(磯村勇斗)に声をかける。中川から聞いた「さんせりて」のラーメンのスープの特徴が、“幻のスープ”と似ていると感じた五郎は、だしの食材持参で再び来店。中川の助けも得て、店主に“幻のスープ”の試作を承知させる。

 五郎は、中川、五郎と旧知の仲の同業者で「さんせりて」の新たなラーメンどんぶりを用意した滝山(村田雄浩)、南風島から“幻のスープ”の最後のピースとなる、ある食材を持ってきたダニエル(マイケル・キダ)が「さんせりて」のカウンターに横並びで座り、“幻のスープ”を使ったラーメンをすすり、スープを一滴残らず飲み干すシーンは、明らかに伊丹十三監督の名作「タンポポ」(1985、本連載第149回参照)のオマージュ。そういえば「さんせりて」のロゴマークにもタンポポのイラストが使われている。

名フードスタイリストとキャラ被り俳優の起用

 ドラマでは五郎が訪れた実際の店の料理をそのまま出しているが、劇場版では実在する店以外での食事シーンもあるため、フードスタイリストに「かもめ食堂」(2006、本連載第22回参照)や「南極料理人」(2009、本連載第38回参照)などでお馴染みの飯島奈美が起用された。サバイバル鍋や食品研究施設の料理、さんせりてのチャーハンとラーメンなどに、やわらかくて温かみのある飯島流の料理を提供している。

 また、本作では「孤高のグルメ」という「孤独のグルメ」にかけた劇中ドラマ撮影のシーンがある。井之頭五郎ならぬ善福寺六郎を演じるのは、松重豊とキャラクターが被るあの人。是非ご覧になってご確認いただきたい。


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おいしい給食シリーズ
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本連載第232回
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本連載第331回
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本連載第94回
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本連載第139回
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みかんや食堂
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【劇映画 孤独のグルメ】

公式サイト
https://gekieiga-kodokunogurume.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2025年
公開年月日:2025年1月10日
上映時間:110分
製作会社:「劇映画 孤独のグルメ」製作委員会(製作幹事:テレビ東京/制作:共同テレビジョン、FILM)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:松重豊
脚本:松重豊、田口佳宏
原作:久住昌之、谷口ジロー
エグゼクティブプロデューサー:浅野太、吉見健士
チーフプロデューサー:祖父江里奈
プロデューサー:小松幸敏、佃敏史、古郡真也
撮影監督:赤松比呂志
撮影:金子圭太郎
美術:あべ木陽次
アートコーディネーター:福井大、佐々木伸夫
美術プロデューサー:三竹寛典
装飾:千葉ゆり
音楽:Kan Sano、The Screen Tones
主題歌:ザ・クロマニヨンズ
録音:清川隆行
照明:坂本心
編集:相羽千尋
スタイリスト:増井芳江
ヘアメイク:高橋郁美、丸谷亜由美
選曲効果:壁谷貴弘
アソシエイトプロデューサー:渡辺大介
制作担当:辻智
監督補:北畑龍一
助監督:尾崎隼樹
スクリプター:西川三枝子
VFXプロデューサー:長井由実
フードスタイリスト:飯島奈美
キャスト
井之頭五郎:松重豊
志穂:内田有紀
中川:磯村勇斗
滝山:村田雄浩
ダニエル八田:マイケル・キダ
松尾一郎:塩見三省
松尾千秋:杏
「さんせりて」店主:オダギリジョー
入国審査官:ユ・ジェミョン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。