食の「大丈夫!?」問う2作品

345 「フード・インク ポスト・コロナ」「クラブゼロ」から

2024年12月6日、食と健康に関するドキュメンタリーとフィクションが同じ日に公開された。この2本、視点が対照的で興味深いので取り上げたい。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

“超加工食品”のリスクと新技術

「フード・インク ポスト・コロナ」は、2008年に製作され第82回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた「フード・インク」の続編である。前作は、アメリカの食品市場を支配する大手食品企業が作り出した大量生産、低コストを追求したフード・システムのネガティブな側面を描写。「ありあまるごちそう」(2005)、「いのちの食べ方」(2005)などと共に、“社会派フードドキュメンタリー”の代表的作品となった。

 今回は、2020年に全世界を襲ったコロナ渦以後のアメリカが舞台。食品加工工場が新型コロナウイルスのホットスポットとなったことで、全米が食料不足に陥り、フード・システムの脆弱性が明らかになる。当時のトランプ大統領は2020年4月に国防生産法を発動。食料加工施設に操業を続けさせた。その結果、従業員は危険な労働環境を強いられ、大手食品企業は利益を拡大させたことが、ロバート・ケナー監督自身の語りで描かれる。

 別の章では、添加物、人工甘味料、合成香料などを化学的に調合した“超加工食品”に焦点を当てている。“超加工食品”は糖分や塩分、脂肪を多く含み、摂り過ぎることで健康への悪影響が懸念され、糖尿病などの慢性疾患を引き起こす要因にもなり得るという。

 一方、細胞ベースや細胞培養といった先端技術への言及がある。その一例として「ミート・ザ・フューチャー〜培養肉で変わる未来の食卓〜」(2020、本連載第307回参照)の培養肉スタートアップ企業、アップサイド・フーズが紹介されている。

※        ※        ※

 前作でも感じたことであるが、告発の内容を裏付けるエビデンスの提示が十分でないことが気になった。出典の確かなデータの提示があればより説得力が増したと思われる。

 また、都会人にありがちな農業技術への深い洞察を欠いた“有機信仰”も残念な点である。行き過ぎると次に紹介する作品に描かれた世界に寄っていく懸念もあり、要注意だろう。

“クラブゼロ”の危険な誘惑

 打って変わって2本目の「クラブゼロ」は、スピリチュアルな食事法を提唱する栄養学の教師と教え子たちを描いたドラマである。

ノヴァクの授業の第2段階“モノ・ダイエット”。一度の食事で一種類の食べ物だけを摂取する。
ノヴァクの授業の第2段階“モノ・ダイエット”。一度の食事で一種類の食べ物だけを摂取する。

 勉強だけでなくスポーツや芸術といったさまざまな特技を持つ生徒が通う名門校「TALENT CAMPUS」。ドーセット校長(シセ・バベット・クヌッセン)は父母会からの要求を受け、ノヴァク(ミア・ワシコウスカ)を栄養学の教師に招く。彼女は、fasting tea(断食茶)をプロデュースするなど“最新食事法のエキスパート”ということだった。

 ノヴァクが栄養学を選択した生徒たちに最初に教えるのは“意識的な食事”。呼吸法の工夫やゆっくり食べることで食事量を減らせば細胞が活性化し、さまざまな効果が得られるという。

 次の段階は“モノ・ダイエット”。一度の食事で一種類の食べ物だけを摂取することで、心身に有害なものを排除できるという。

 そして最終段階が“クラブゼロ”なのだが、そこに怪しいものを感じた生徒2名が離脱し、以下の5名だけが残る。

エルサ(クセニア・デフリエント) 裕福な家庭に育ち、得意科目はピアノ。常に外見に気を使い、母親(エルザ・ジルベルスタイン)と同様に小食を心がけているが、父親(マチュー・ドゥミ)からはしっかり食べるように言われている。

ラグナ(フローレンス・ベイカー) 得意科目はトランポリン。父母会でノヴァクを推薦した父親は健康オタクで、特製のベジタリアン料理を家族に振舞っている。

フレッド(ルーク・バーカー) 両親がアフリカに出張中。得意科目はバレエだが糖尿病を患っている。

ベン(サミュエル・D・アンダーソン) 母子家庭で貧しい家庭に育った。奨学金を得るため、栄養学の授業を選択した。

ヘレン(グウェン・カラント) 劇中での家庭環境の描写はないが、家族とスイスにスキー旅行に出かけたことで、とある“難”を逃れることになる。

 残った5人の生徒は最終段階の教えを実践。フレッドはインシュリン注射を止めて糖尿病性ケトアシドーシスを起こし昏睡に陥ってしまう。

 ようやくノヴァクの教えの危険性に気付いた親たちと校長は、ノヴァクのある不適切行為を口実に、ノヴァク排除に乗り出すのだが……。

※        ※        ※

 エルサの家の高級なディナー、ラグナの父親の作るベジタリアン料理、貧乏だが食事だけは息子のためにしっかり作るベンの母親の料理。それら美食とノヴァクの食事法による粗食の対比が面白い。また、ノヴァクの家に置かれた祭壇や絵画、ノヴァクの瞑想などは、カルト的な不気味さを醸し出しており、“クラブゼロ”の実践を気付かれないように偽装工作まで行う生徒たちは、マインドコントロールされているようにも映る。そして、ノヴァクたちの奇怪な行動は、現実社会における有象無象の健康法、食事法のメタファーのようでもある。

 本作の監督はジェシカ・ハウスナー。「ルルドの泉で」(2009)でもカルト的な題材を取り上げている。同郷の先輩、「ファニーゲーム」(1997、本連載第14回参照)のミヒャエル・ハネケの作風にも似た“イヤミス”な作品に仕上がっている。

 次回、2025年の始めは、恒例の「ごはん映画ベストテン 2024年 洋画編」をお送りする。

 よい年をお迎えください。


フード・インク
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いのちの食べ方
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ミート・ザ・フューチャー~培養肉で変わる未来の食卓~
https://www.uplink.co.jp/mtf/index.html
本連載第307回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0307
アップサイド・フーズ
https://www.upsidefoods.com/
ルルドの泉で
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ファニーゲーム
Amazonサイトへ→
本連載第14回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0014

【フード・インク ポスト・コロナ】

公式サイト
https://unpfilm.com/foodinc2/
作品基本データ
原題:Food, Inc. 2
製作国:アメリカ
製作年:2023年
公開年月日:2024年12月6日
上映時間:94分
製作会社:Participant, River Road
配給:アンプラグド
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:ロバート・ケナー、メリッサ・ロブレド
製作総指揮:キム・ロス、クリスタ・ワークマン、ジェフ・スコール、ダイアン・ワイヤーマン
製作:ロバート・ケナー、メリッサ・ロブレド、エリック・シュローサー、マイケル・ポーラン
共同製作:リズ・シア
撮影:ジェイ・レドモンド
音楽:マーク・アドラー
音楽プロデューサー:ブルース・ギルバート、ローレン・マリー・ミクス
編集:レオナルド・ファインスタイン、ライアン・ロフラー
キャスト
マイケル・ポーラン:
ゲラルド・レイエス・チャベス:
エリック・シュローサー:
トニー・トンプソン:
サラ・ロイド:
ジョン・テスター:
コリー・ブッカー:

(参考文献:KINENOTE)


【クラブゼロ】

公式サイト
https://klockworx-v.com/clubzero/
作品基本データ
原題:Club Zero
製作国:オーストリア、イギリス、ドイツ、フランス、デンマーク、カタール
製作年:2023年
公開年月日:2024年12月6日
上映時間:110分
製作会社:Coop99 Filmproduktion, Essential Filmproduktion, Parisienne de Production, Paloma Productions, Gold Rush Film, Cinema Inutile
配給:クロックワークス
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:ジェシカ・ハウスナー
脚本:ジェシカ・ハウスナー、ジェラルディン・バヤール
撮影:マルティン・ゲシュラハト
美術:ベック・レインフォード
音楽:マーカス・ビンダー
録音:パトリック・ファイゲル
音響デザイン:エリク・ミシエフ
編集:カリーナ・レスラー
衣装:ターニャ・ハウスナー
キャスティング:ルーシー・パルディ
キャスト
ミス・ノヴァク:ミア・ワシコウスカ
ミス・ドーセット:シセ・バベット・クヌッセン
エルサの母:エルザ・ジルベルスタイン
エルサの父:マチュー・ドゥミ
エルサ:クセニア・デフリエント
フレッド:ルーク・バーカー
ラグナ:フローレンス・ベイカー
ベン:サミュエル・D・アンダーソン
ヘレン:グウェン・カラント

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。