侠客社会のしきたりと食事作法

344 「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」から

今回は高倉健(1931年2月16日—2014年11月10日)の没後10年にちなみ、健さん主演の「昭和残侠伝」シリーズの一本「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」(1971)の食事シーンなどを通して、侠客社会の作法やしきたりがなぜ作られたのかを考えてみたい。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

繰り返されるストーリーと“しきたり全集”

「昭和残侠伝」シリーズは、第1作の「昭和残侠伝」(1965)から最終作の「昭和残侠伝 破れ傘」(1972)まで全9作が製作された。「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」は第8作にあたる。

 シリーズを通じて、高倉健と池部良が演じる立場の異なる二人の侠客が筋を通そうと立ち回るものの、敵側の悪どいやり方に堪忍袋の緒が切れて、最後には2人で直接行動に向かうという筋立てとなっている。シリーズではあるが続きものではなく、毎回似たような設定で似たような話が繰り返される。続きものにしてしまうと秀次郎の前科(殺人罪)はとんでもない数になり、死刑は免れないだろう。

 なお、高倉健が演じるのは、第1作では復員兵の寺島清次、第3作「昭和残侠伝 一匹狼」(1966)では武井繁次郎という役名だが、他では刑務所帰りの花田秀次郎となっている。また、池部良は第1作と第4作以降で風間重吉の役名だが、第2作「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」(1966)では畑中圭吾、第3作で桂木竜三となっている。

「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」は、シリーズ中で最も侠客社会の作法やしきたりを詳細に描いた作品と思える。草鞋を脱ぐ(旅の途中の侠客が他の侠客の家に一時身を落ち着けることを言う。その親分の“一宿一飯の恩義”に預かることを意味する)際の仁義の切り方をはじめ、同宿の客人への挨拶、後述する食事の作法、賭場への入り方、旅立つ際のお礼の仕方、喧嘩の仲裁の仕方、詫びの入れ方から、何と刺客の口上まで、江戸時代から続く任侠道に基づいた振る舞いが描かれる。秀次郎はしきたりを忠実に守るが故に、時には悪役側の理不尽な要求に従わざるを得ず、そこで葛藤する様がドラマに深みを与えている。

「客人てのはサイコロの目と同じよ。草鞋の脱ぎ場所ひとつで勝負が決まるんだ」——秀次郎が本作中盤で草鞋を脱ぐ矢崎組の親分(河合絃司)のセリフがすべてを物語っている。

焼き魚の食べ方と、ご飯のおかわりの仕方

 舞台は昭和初期。前橋の黒田組に草鞋を脱いで客分となった秀次郎は、黒田米吉親分(葉山良二)の妾おみの(光川環世)と駆け落ちした疑いをかけられた黒田組子分で重吉の弟、文三(松方弘樹)を追って、黒田組子分の小岩源七(沼田曜一)、井岩又市(高野眞二)、村井音松(花田達)と共に小諸にやって来る。矢崎組に草鞋を脱いだ4人が、“時のしのぎ”=夕食をいただくシーン。メニューは、ご飯、味噌汁、焼き魚、沢庵の一汁二菜である。

“時のしのぎ”夕食のメニュー。ご飯、味噌汁、焼き魚、沢庵の一汁二菜である。
“時のしのぎ”夕食のメニュー。ご飯、味噌汁、焼き魚、沢庵の一汁二菜である。

源七「ひでえ扱いだな」

又市「まったく、犬や猫じゃあるまいし」

 給仕役の矢崎の子分は、源七と又市を一瞬にらみ付けるが、「遠慮なくおあがりなさいませ」と告げる。源七、又市、音松はすぐに食べ始めるが、秀次郎だけは「ご厚情に預かります」と言い、懐紙を取り出して膳の横に置く。そして飯と味噌汁に一口ずつ口を付けた後に焼き魚にかかる。その際、食べないひれの部分は取って懐紙の上に置き、食べた後の残りの骨も懐紙に包み、懐に入れて持ち帰るのである。残さずいただき、食べない部分は持ち帰る。

 ご飯のいただき方についても作法がある。以下は田村栄太郎著「江戸やくざ研究」(雄山閣)からの引用である。

 飯は丼ぐらいの茶碗に二杯、山盛りにして出すのですが、これは誰でも食いきれない。しかし少しでも残しては作法に外れるから、はじめの一杯の山盛りの飯の真中だけを食べて真中に穴をこしらえてそこへまた飯を足してもらい二杯分ということにします。山盛りの飯二杯が作法で、一杯は仏様だと嫌うから作法に外れます。

 秀次郎だけはこの作法を守って一杯目はご飯の真ん中の当たりだけ食べて茶碗を給仕役に差し出し「作法にかなったおかわり、恐れ入ります」と言われ二杯目をいただく。一方、黒田組の3人と、同宿の客人の阿野金一(玉川良一)は作法もそっちのけでがつがつと食べる。金一に至ってはご飯に箸を枕飯のように立て、矢崎組の家中の者にとがめられてしまう始末。

秀次郎「手厚きおもてなし、ありがとうございました」

給仕役「何のお構いもなく」

 作法にかなった秀次郎の食べ方と、作法そっちのけの他の者との対比に品格の差を感じる。口の周りにご飯粒をいっぱい付けた金一などは、最近食べ方が汚いと話題になった某国首相のように映る。

 健さんと同じく今年没後10年となった菅原文太主演の「木枯らし紋次郎」(1972)にも序盤に似たようなシーンがある。紋次郎は秀次郎同様、焼き魚の食べ方などで作法にかなった食べ方をしているが、食べ終わった後に飯茶碗を伏せるなど、違った所作が見られた。時代や地域によって食事作法にも若干の違いがあるのかも知れない。

命がけゆえの掟

 アウトローの世界は規律がルーズと思われるかも知れないが、実際には一般社会よりも伝統的なしきたりや作法に縛られているのはなぜだろうか。

 たとえば夕食のシーンでの秀次郎の焼き魚の食べ方。一般社会でもここまでのテーブルマナーを実践する人はまれであろう。

 思うに、これは一種の紳士協定のようなものではないだろうか。いつ身の危険が降りかかってくるかわからない世界に生きている者にとって、しきたりや作法に則っている=筋が通ってさえいれば、不当な攻撃を受けるリスクを避けられる。筋を外したことが世間に知れ渡れば、その報いは自分に返ってくるからだ。

 とはいえ、筆者の知識は映画を通してのものなので、実際には全く的外れである可能性があることを申し添えておく。


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【昭和残侠伝 吼えろ唐獅子】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1971年
公開年月日:1971年10月27日
上映時間:96分
製作会社:東映京都
配給:東映
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:佐伯清
脚本:村尾昭
企画:俊藤浩滋、吉田達、寺西国光
撮影:星島一郎
照明:川崎保之丞
録音:広上益弘
美術:藤田博
音楽:木下忠司
編集:田中修
助監督:澤井信一郎
キャスト
花田秀次郎:高倉健
風間重吉:池部良
加代:松原智恵子
風間文三:松方弘樹
おみの:光川環世
阿野金一:玉川良一
黒田米吉:葉山良二
稲葉寅松:諸角啓二郎
若井竜吉:植田灯孝
舟木勝:小林稔侍
立山:大下哲也
小岩源七:沼田曜一
古野今朝次:佐川二郎
平賀忍五郎:須賀良
井岩又市:高野眞二
村井音松:花田達
岩佐幸平:清水元
信吉:青木卓司
八巻:田中計
久保木:山内修
犬飼:団巌
矢崎:河合絃司
佐竹:滝島孝二
三州の子分:松原光二
尾関正八:中田博久
悪徳刑事:八名信夫
江口:三浦忍
川勝一家親分:沢彰謙
三州政治:鶴田浩二

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。