室井さんの約束と食べてきた物

343 「室井慎次 敗れざる者」「室井慎次 生き続ける者」から

現在公開中の「踊る大捜査線」シリーズの最新作「室井慎次 敗れざる者」と「室井慎次 生き続ける者」の、食べ物絡みのシーンをピックアップして紹介していく。食べ物を切り口にして観ることで、通常の見方とは異なる側面が浮き彫りになり、より豊かな映画体験のお伴になれば幸いである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

“踊るプロジェクト”再始動

 1997年放映の連続TVドラマ(全11話)から始まった同シリーズは、1998年に最初の映画化となる「踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!」が公開。2003年の映画化第二作「踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」は、実写の日本映画最高興業収入となる173.5億円の大ヒットとなった。この興業収入は、21年後の現在まで破られていない。

 その後、「交渉人 真下正義」(2005)、「容疑者 室井慎次」(2005)といったスピンオフ映画の公開や、数本のスペシャルドラマを経て、2010年には映画化第3作「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」が公開。続く2012年の映画化第4作「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」をもってシリーズは幕を閉じたと思われたが、このたびプロデューサーの亀山千広、脚本の君塚良一、監督の本広克行といったメインスタッフとキャストの一部が再結集して、シリーズは再始動した。

“現場の君たち”のキムチラーメン

 今回の二部作の主舞台は、秋田県の架空の地名である北大仙市。主人公はシリーズを通して主役だった青島俊作(織田裕二)ではなく、タイトルの通り元警察庁キャリアの室井慎次(柳葉敏郎)である。秋田出身の室井は警察を退職後、北大仙市の人里離れた池のほとりにたたずむ廃屋となった古民家と周囲の土地を購入。自力で古民家をリフォームし、土地を開墾したことが「敗れざる者」中の回想シーンで明かされる。ライフラインが開通していない中で室井が食べていたのは、カップ麺のキムチラーメン。これは過去のシリーズで青島や恩田すみれ(深津絵里)ら、所轄の刑事たちが常食としていたものだ。警察の捜査を指揮する立場にいた室井が、“現場の人”になったことを思い知られるシーンである。

 そして、今回の2作でキムチラーメンが登場するのはこの場面だけではない。詳しくは映画をご覧いただきたい。

リクの成長となまはげチョコ

 室井は児童相談所を通じて、殺人事件の被害者の子で高校生の森貴仁=タカ(齋藤潤)と、強盗事件で服役中の被疑者の子で小学生の柳町凛久=リク(前山くうが、前山こうがの二人一役)の里親となり、元は野良犬だった秋田犬のシンペイと共に3人と1匹で生活している。

 リクの好物は、近隣唯一の商店である市毛きぬ(いしだあゆみ)が営む店で売っている「なまはげチョコ」。室井とリクが初めて出会った際、服役中の親から受けた虐待でおびえていたリクを室井がなまはげの真似をして励ます回想シーンとリンクしている。さらに「生き続ける者」ではリクの成長と、これまで家族を持つことがなかった室井の里親としての成長に寄与するキーアイテムとして機能している。

有機農業とキャラ弁

 室井は現在は無職で、タカとリクを養育しながら開墾した田畑を耕し、自給自足の生活を送っているという設定。獲れた野菜や米で室井が料理するシーンがあり、また、室井がタカに頼んで、有機農業とキャラ弁についての本を高校の図書館で借りてきてもらうシーンもある。

 有機農業の農作業について劇中には詳しい描写がないのが惜しいところである。何事にも真剣に取り組む“信念の人”室井だけに、新規就農者の安易な取り組みではないところを描いて欲しかった。

 一方、室井が真剣に取り組んだキャラ弁の“結果”については、「敗れざる者」でお楽しみいただけるだろう。

拒絶する果物

 室井は警察を退職したが、過去に携わった事件と犯人たちが室井の平穏な生活を脅かしにくることが、本二部作のストーリーを動かしている。

 事件は、室井の家の前の池を挟んだ反対側の草むらに埋められた死体が発見されたことから始まる。死体の傍らに、過去の事件で犯人がメッセージとして現場に残したのと同じ、ある果物が埋まっていたことから、室井は否が応でも警察の捜査に協力せざるを得なくなってしまう。

 一方、室井は近隣の集落の人々から、都会から来たよそ者としてうとまれている。集落の地区長の長部音松(木場勝己)が、集落に言い伝えられている果物にまつわる不吉な伝説を室井に話すのも、室井の疎外感をより強めている。

カレーばっかり問題とオムライス女

 室井の作る料理は、熊鍋などうまそうな田舎飯もあるのだが、バリエーションの少なさに問題がある。たとえば一週間の献立でカレーライスが3回もあるなど。ビーフカレーとポークカレーとチキンカレーを別メニューとしてカウントしている(後にエビカレーも加わる)のが、生真面目で融通の効かない室井らしいが、子供たちには不評である。

 この状況につけ込んだのが、室井が過去に関わったある犯罪者が送り込んだ(らしい)謎の少女、日向杏(福本莉子)。杏は家の周辺に潜伏した後に行き倒れていたのを室井に助けられ、しばらく生活を共にすることに。室井の発想にはなかったオムライス(ハート型のケチャップ付き)を作ってタカやリクの胃袋をつかんだ後、室井の悪口を吹き込んで家族の分断を図ろうとする心理操作は、杏を送り込んだであろう、あの犯罪者を彷彿とさせる。

約束のきりたんぽ

秋田県の県民食とも言えるきりたんぽ。きりたんぽ鍋は室井の得意料理である。
秋田県の県民食とも言えるきりたんぽ。きりたんぽ鍋は室井の得意料理である。

 室井は、青島と交わしたある約束を果たせずに警察を退職したことを負い目に感じている。犯罪被害者や加害者の家族に寄り添う道を選択したのは、自らに課した代償行為と言えるものなのかも知れない。

 最初のTVシリーズの最終回で、室井と青島は別の約束をしている。それは、室井の家できりたんぽを一緒に食うこと。この名シーンの約束は果たされたのだろうか。

 室井はTVシリーズの第4話で、秋田出身のある男ともきりたんぽ鍋をつつく約束をしている。そして「敗れざる者」で室井とその秋田の男は意外な形で再会を果たす。以下はそのやり取りである。

室井「こっちに帰ってたのか」

秋田の男「はい、ご無沙汰しています」

室井「きりたんぽ、まだ一緒に食ってねえな」

秋田の男「おべででけだたすか」(覚えててくれたんですか)

室井「もちろん覚えてる」

 ここはこの二部作随一の、感動的なシーンになっている。


連続TVドラマ(全11話)
Amazonサイトへ→
踊る大捜査線 THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!
Amazonサイトへ→
踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!
Amazonサイトへ→
交渉人 真下正義
Amazonサイトへ→
容疑者 室井慎次
Amazonサイトへ→
踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!
Amazonサイトへ→
踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望
Amazonサイトへ→

【室井慎次 敗れざる者】

公式サイト
https://odoru.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2024年10月11日
上映時間:115分
製作会社:フジテレビジョン、ビーエスフジ、東宝(制作プロダクション:FILM)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:本広克行
脚本:君塚良一
製作総指揮:臼井裕詞
プロデュース:亀山千広
製作:矢延隆生、小川泰、市川南
プロデューサー:梶本圭、上原寿一、古郡真也
撮影:川越一成
美術:相馬直樹、吉本幸人
美術プロデューサー:福田のり
装飾:田中宏
音楽:武部聡志
シリーズ音楽:松本晃彦
録音:武進
音響効果:大河原将
照明:加瀬弘行、木村伸
編集:岸野由佳子
衣裳統括:岡田敦之
ヘアメイク:丸谷亜由美
選曲:藤村義孝
アソシエイトプロデューサー:大坪加奈
制作担当:武田旭弘
監督補:三橋利行
助監督:尾崎隼樹
記録:赤星元子
VFXスーパーバイザー:高柳優斗
フードコーディネーター:はらゆうこ、山崎千裕
宣伝プロデューサー:江上智彦
スタッフ
室井慎次:柳葉敏郎
日向杏:福本莉子
森貴仁:齋藤潤
柳町凜久:前山くうが
柳町凜久:前山こうが
桜章太郎:松下洸平
乃木真守:矢本悠馬
奈良育美:生駒里奈
大川紗耶香:丹生明里
端野則次:松本岳
森麻絵:佐々木希
新城賢太郎:筧利夫
緒方薫:甲本雅裕
森下孝治:遠山俊也
仁狩英明:西村直人
明石幸男:赤ペン瀧川
坂村正之:升毅
沖田仁美:真矢ミキ
石津紀子:飯島直子
石津百男:小沢仁志
長部音松:木場勝己
松木敬子:稲森いずみ
市毛きぬ:いしだあゆみ

(参考文献:KINENOTE)


【室井慎次 生き続ける者】

公式サイト
https://odoru.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2024年11月15日
上映時間:117分
製作会社:フジテレビジョン、ビーエスフジ、東宝(制作プロダクション:FILM)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:本広克行
脚本:君塚良一
製作総指揮:臼井裕詞
プロデュース:亀山千広
製作:矢延隆生、小川泰、市川南
プロデューサー:梶本圭、上原寿一、古郡真也
撮影:川越一成
美術:相馬直樹、吉本幸人
美術プロデューサー:福田のり
装飾:田中宏
音楽:武部聡志
シリーズ音楽:松本晃彦
録音:武進
音響効果:大河原将
照明:加瀬弘行、木村伸
編集:岸野由佳子
衣裳統括:岡田敦之
ヘアメイク:丸谷亜由美
選曲:藤村義孝
アソシエイトプロデューサー:大坪加奈
制作担当:武田旭弘
監督補:三橋利行
助監督:尾崎隼樹
記録:赤星元子
VFXスーパーバイザー:高柳優斗
フードコーディネーター:はらゆうこ、山崎千裕
宣伝プロデューサー:江上智彦
キャスト
室井慎次:柳葉敏郎
日向杏:福本莉子
森貴仁:齋藤潤
柳町凜久:前山くうが
柳町凜久:前山こうが
桜章太郎:松下洸平
乃木真守:矢本悠馬
大川紗耶香:丹生明里
端野則次:松本岳
新城賢太郎:筧利夫
仁狩英明:西村直人
沖田仁美:真矢ミキ
石津紀子:飯島直子
石津百男:小沢仁志
長部音松:木場勝己
松木敬子:稲森いずみ
市毛きぬ:いしだあゆみ
日向真奈美:小泉今日子
国見昇:マギー
柳町明楽:加藤浩次

(参考文献:KINENOTE)

アバター画像
About rightwide 352 Articles
映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。