サブカル・フード愛がいっぱい

342 「パルプ・フィクション」から

今回は、公開から30周年を迎えた「パルプ・フィクション」に登場する食べ物飲み物について述べていく。

 本作は、クエンティン・タランティーノが「レザボア・ドッグス」(1991)に続いて手がけた2作目の監督作品。時系列を大胆にシャッフルした脚本構成と、映画オタクらしい細かい作り込みが、斬新な印象を当時の映画ファンに与えた。第47カンヌ国際映画祭では、最高賞のパルム・ドールを受賞している。作り込みの細かさは、作中に登場する食べ物飲み物にも表れている。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

ハンバーガーへの偏愛

 本作では、監督の嗜好の反映なのか、ファストフード関連の食べ物飲み物への言及が多くみられる。

 アバンタイトルのレストラン「ホーソーン・グリル」でのエピソードに続く2つ目のエピソードで、ギャングのボス、マーセルス・ウォレス(ヴィング・レイムズの手下であるヴィンセント・ベガ(ジョン・トラヴォルタ)とジュールス・ウィンフィールド(サミュエル・L・ジャクソン)が、マーセルスとトラブルになっているチンピラのブレット(フランク・ホエーリー)一味から“あるもの”の回収に向かう車中での会話。ヨーロッパで恐らく麻薬売買の仕事をこなして帰還したヴィンセントが、ヨーロッパとアメリカの違いを食べ物飲み物を例に語る。アムステルダムの映画館の売店で売っているビールはグラスで出てくるとか、パリの「マクドナルド」ではビールを売っているなどなど。

 先日アメリカでO157による集団食中毒が発生して話題になった「クォーターパウンダー」(チーズ)は、フランスではメートル法が主流なので「チーズ・ロワイヤル」と呼び、「ビッグマック」は冠詞が付いて「ル・ビッグマック」と呼ぶという。ハンバーガーが大好物のジュールスが、「バーガーキング」の主力商品である「ワッパー」のパリでの呼び名を訪ねると、行ってないのでわからないとのこと。

 こうした無駄話を経て訪れたブレット一味のアパート。折しもブレッドが朝食に食べていたのは架空のハワイ風バーガーチェーン「カフナバーガー」のもの。ジュールズが食べかけのチーズバーガーを味見させろと横取りし、徐々に圧をかけていく様はサスペンスフルだ。そしてこのシーンが、千葉真一主演のアクション映画「ボディガード牙」(1973)のアメリカ公開版に追加された聖書の一節を、ジュールスが唱えることで締めくくられるのも鳥肌ものである。

アメリカ対オランダの“ペプシチャレンジ”

 仕事を終えたヴィンセント(と言っても、ブレット一味のアパートの後でいろいろあったことが、後半のシャッフルされたエピソードで語られる)は、自分で使う麻薬の調達のため、売人のランス(エリック・ストルツ)のもとを訪れる。ランスはメキシコ産のパンダ(300ドル)、ババ(300ドル)、ドイツから来たチョコ(500ドル)の3つの袋を提示。ヴィンセントは足元を見られたと思ったのか、俺はアムステルダム帰りだぜと言う。対するランスのセリフがこちら。

Now, my shit, I’ll take the Pepsi Challenge with that Amsterdam shit any old day of the fuckin’ week.

(さあ、俺の糞野郎⦅麻薬のこと⦆、俺はアムステルダムの糞野郎のペプシチャレンジをいつでも受けて立つぜ)

 ペプシチャレンジとは、ペプシコーラの販売元であるペプシコ社が1970年代から1980年代にかけて展開した比較広告企画だ。いわゆるコーラのブラインドテイスティングで、ペプシコーラがコカ・コーラより味で支持されるとアピールした試飲キャンペーンであった。言葉は汚いが、ペプシチャレンジにたとえることで、自分の売り物に自信があるという、ランスなりのセールストークであることがうかがえる。

「ジャックラビットスリム」のサブカル祭り

「ジャックラビットスリム」の5ドルのシェイク「マーティン&ルイス」。ヴィンセントによると、高いがうまいとのこと。
「ジャックラビットスリム」の5ドルのシェイク「マーティン&ルイス」。ヴィンセントによると、高いがうまいとのこと。

 ヴィンセントは、マーセルスから妻ミア(ユマ・サーマン)の世話を頼まれ、二人で50〜60年代にフォーカスしたテーマレストラン「ジャックラビットスリム」に向かう。このレストランは、受付係兼ステージ司会進行役のエド・サリバン(ジェローム・パトリック・ホバン)、ウェイターのバディ・ホリー(スティーヴ・ブシェーミ)、怪傑ゾロ、マリリン・モンロー、ジェームズ・ディーン、リッキー・ネルソン、モンローのライバルだったマミー・ヴァン・ドーレンなど、ホールスタッフ全員が50〜60年代に活躍した有名人のそっくりさん。ヴィンセントが蝋人形館と形容し、モンローのもう一人のライバルであるジェーン・マンスフィールドは休みらしいとジョークを飛ばすほどの、オールスターキャスティングである。

「巨大カニ怪獣の襲撃」(未公開、1957)、「妖怪巨大女」(未公開、1958)、「機関銃ケリー」(1959)など、AIP(American International Pictures)製作、ロジャー・コーマン監督のエクスプロイテーション(センセーショナルな内容を扱った低俗な)映画のポスターが飾られた店内。ヴィンセントとミアが案内されたのは、いかにも50年代アメ車といった風情の、テールフィンの付いたクライスラーのコンヴァーチブルを模した席だ。

 ウェイターのバディにヴィンセントが注文したのは、「天はすべて許し給う」(1955)などのメロドラマの巨匠の名を冠した「ダグラス・サーク・ステーキ」と「バニラコーク」。ミアは50〜60年代に活躍したTV司会者の名を冠した「ダーワード・カービィ・バーガー」と5ドルのシェイクを注文する。5ドルのシェイクは「マーティン&ルイズ」(ミルク)と「エイモス&アンディ」(チョコ)の2種類あり、ミアは「マーティン&ルイス」をチョイス。マーティン&ルイスは、「底抜け西部に行く」(1956)などの底抜けシリーズで共演したディーン・マーティンとジェリー・ルイスの白人コンビ、エイモス&アンディはTVコメディ番組で人気を博した黒人コンビの役名である。肌の色がシェイクの色を差しているのが不愉快このうえないが、これも90年代当時のアメリカの根深い差別問題を示していると言える。

 ヴィンセントは、バーボン入りでもないただのシェイクが5ドルもするのかといぶかしがるが、バニラアイスとミルクのシェイクにホイップクリームとチェリーをトッピングしただけの、ありふれた外観のシェイクを味見させてもらい、高いがうまいと納得する。

 この「ジャックラビットスリム」のシーンは、映画のみならず90年代のサブカルチャーを牽引したタランティーノが、これまで培ってきた知見の引き出しをフル活用したかのような、細かい描写が光っている。

笑えないケチャップのジョーク

 ヴィンセントは、ジュールスからミアがTVドラマのパイロット版に出演した女優だったことを聞いていた。パイロット版とは、映像作品を製作する前に試験的に制作する映像のこと。料理と飲み物が来る前に、ヴィンセントは出演したパイロット版の内容についてミアに尋ねる。

 ミアによると、タイトルは「フォックス・フォース・ファイブ」。五人五様の得意技を持つ女エージェントが活躍する。ブロンド娘がリーダー、日本娘はカンフーマスター、黒人娘は爆薬のエキスパート、フランス娘はお色気のスペシャリスト、ミア演じるレイブンの専門はナイフという設定。レイブンはサーカス育ちで、芸人のおじいさんに教わったジョークをいくつも知っているという設定で、各話のエンディングをレイブンのジョークで締める予定だった。しかし、パイロット版で不採用になったため、ミアはジョークを一つしか言えなかったという。

 ヴィンセントはそのジョークを教えてくれと頼むが、ミアは恥ずかしい、くだらない、笑えないと理由をつけて、教えてくれようとしない。

 しかしその後、ミアがあるアクシデントに襲われ、ヴィンセントがミアを助けたことで、お礼代わりなのか、教えてくれたジョークがこちらである。

Three tomatoes are walking down the street. Papa tomato, Mama tomato and Baby tomato.
Baby tomato starts lagging behind, and Papa tomato gets really angry.
Goes back and squishes him and says, “ketchup”.

(3人のトマトが道を歩いている。パパトマト、ママトマト、ベビートマト。
ベビートマトが遅れ始めると、パパトマトは激怒する。
戻ってベビートマトを踏みつぶし、「ケチャップ(Catch up=追いつけ)」と言う)

 KetchupとCatch upをかけただけのダジャレで、確かにくだらないが、気になるのはケチャップの語源である。ケチャップの由来には諸説あるが、その語源からアジアにルーツがあるとする説が有力とのこと。中国には古くから、現在のナンプラーや魚醤のように魚を発酵させて作った「ケ・ツィアプ」と呼ばれる調味料があったという。それが17世紀頃、ヨーロッパに伝わったらしい。ヨーロッパでは、きのこやフルーツなど、さまざまな材料で作ったケチャップが登場したという。(※1

 一方、トマトの原産地は南米のアンデス高原。それが中央アメリカのメキシコに伝わり、食用として人間に栽培されるようになったという。(※2

 18〜19世紀にヨーロッパ人たちは、新大陸アメリカに渡り、そこでトマトとケチャップが出会い、現在のようなトマトケチャップの基礎が作られたという。(※1

映像化かなった幻のミア出演作品

 さて、ミア出演の「フォックス・フォース・ファイブ」は本作中では没企画となってしまったが、形を変えて映画化が実現している。それこそは、タランティーノの4作目の監督作品「キル・ビル Vol.1」(2003)の回想シーンに登場する暗殺集団D.V.A.S(DEADLY VIPER ASSASSINATION SQUAD)である。唯一の男性でリーダーのビル(デビッド・キャラダイン)、サーマン演じるカンフーマスターのザ・ブライド、毒殺のエキスパートのブロンド娘エル・ドライバー(ダリル・ハンナ)、日本刀の名手でスナイパーの日系娘オーレン石井(ルーシー・リュー)、ナイフの使い手の黒人娘ヴァニータ・グリーン(ヴィヴィカ・A・フォックス)、この5人はフォックス・フォース・ファイブの転生と言えるだろう。

参考文献
※1)ケチャップの歴史 アメリカ生まれのトマトケチャップの発祥と料理(ドールジャパン)
https://www.dole.co.jp/lp/jp/magazine/column/detail/27/
※2)トマトまるごと まるわかり!(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2208/spe1_01.html

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【パルプ・フィクション】

作品基本データ
原題:PULP FICTION
製作国:アメリカ
製作年:1994年
公開年月日:1994年10月8日
上映時間:154分
製作会社:ミラマックスフィルム、ア・バンド・アパート ジャージー・フィルム
配給:松竹富士
カラー/サイズ:シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
原作:クエンティン・タランティーノ、ロジャー・エイヴァリー
製作総指揮:ダニー・デヴィート、マイケル・シャンバーグ、ステイシー・シェール
製作:ローレンス・ベンダー
撮影:アンジェイ・セクラ
美術:デイヴィッド・ワスコ、ベッツィ・ヘイマン
音楽:カリン・ラクトマン
編集:サリー・メンケ
キャスト
パンプキン:ティム・ロス
ハニー・バニー:アマンダ・プラマー
ヴィンセント・ベガ:ジョン・トラヴォルタ
ジュールス・ウィンフィールド:サミュエル・L・ジャクソン
マーヴィン:フィル・ラマール
ブレット:フランク・ホエーリー
ロジャー:バー・スティアーズ
ブッチ・クーリッジ:ブルース・ウィリス
マーセルス・ウォレス:ヴィング・レイムス
ジョディ:ロザンナ・アークエット
ランス:エリック・ストルツ
ミア・ウォレス:ユマ・サーマン
エド・サリバン:ジェローム・パトリック・ホバン
バディ・ホリー:スティーヴ・ブシェーミ
クーンツ大尉:クリストファー・ウォーケン
エスメラルダ:アンジェラ・ジョーンズ
ファビアン:マリア・デ・メディロス
メイナード:デュエイン・ウィテカー
ゼッド:ピーター・グリーン
4番目の男:アレクシス・アークエット
ジミー:クエンティン・タランティーノ
ザ・ウルフ(ウィンストン):ハーヴェイ・カイテル

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。