世界をめぐる“食べ物”の話

336 「せかいのおきく」「うんこと死体の復権」から

今回は、虫や微生物が食べる“あれ”について取り上げる。人間の食にもつながる話なので、ご容赦いただきたい。

※注意!! お食事中に読まれることはおすすめしません。

 あらゆる生き物は、老廃物を排泄して生きている。動物が排泄した糞は、虫や微生物によって分解され、やがて土に変わり、植物や苔、菌類などの養分になる。それら植物などを動物が食べ、また排泄する。それぞれの生物は、この大きな循環を支える基盤と言える。

 ただし、この循環の輪から外れているのが、近代的な生活を営む人間ではないだろうか。都市に住む人間のし尿は水洗トイレに流され処理されて、他の生き物に利用されることはほとんどない(※1)。そんなこぎれいな都会で「持続可能な社会」という美しい言葉が一人歩きしている昨今だが、本来のありようを示しているのが、今回紹介する2作品である。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

循環型社会を実現していた江戸時代

 1本目の「せかいのおきく」は、幕末の江戸を舞台に、貧乏長屋に暮らす元勘定方で今は浪人の父・松村源兵衛(佐藤浩市)と暮らすおきく(黒木華)と、汚穢おわい屋の中次(寛一郎)のラブストーリーを描いた時代劇である。

 中次は、もとは紙屑買い(古紙回収業)を営んでいたが、寺のかわやで出会った矢亮(池松壮亮)に誘われて汚穢屋を一緒にやることになる。汚穢屋は、都市の厠のし尿を対価を払って汲ませてもらい、汲んだし尿を農村に運び、農家から金や農産物を得ることで生計を立てている。当時し尿(下肥)は、最も重要な肥料だったのである。

 農村から都市への行きは野菜などの農産物を運び、都市から農村への帰りは下肥を運ぶ効率の良さ。都市の住民にとっては、汲み取りしてもらえる上に対価までもらえる。農家は下肥で豊かな農産物を生産できる。まさに理想的な循環システムである。

 江戸が欧米の大都市と比較しても清潔に保たれていたのは、この汚穢屋の働きが大きい。本作でも、大雨が続いて汚穢屋が来れなくなったところに、長屋の厠のし尿があふれ出して大騒ぎになる場面がある。本作が、モノクロ主体のパートカラーの映像を選択したのは、こうした場面での気色悪さを幾分か軽減する意図があると思われる。

 汚い、臭いと疎まれながらも、ひたすらし尿を汲み続ける矢亮と中次。下肥を積んだところに野菜を積むことに抵抗を覚える中次に対する矢亮のセリフが印象的である。

「いったん口にすれば形が変わるだけだ。回りまわって糞も食い物も同じことだ」

 本作は、気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学研究者が連携し、様々な時代の“良い日”に生きる人々の物語を映画で伝えることを目的とした“YOIHI PROJECT”の劇場映画第1弾。監督は「どついたるねん」(1989)、「団地」(2016、本連載第132号参照)の阪本順治で、2023年のキネマ旬報ベストテン第一位に選ばれている。

うんこは地球を救う

「うんこと死体の復権」より。尻拭きに適したキウイの葉(左)と、糞虫の代表格のセンチコガネ(右)。
「うんこと死体の復権」より。尻拭きに適したキウイの葉(左)と、糞虫の代表格のセンチコガネ(右)。

 2本目の「うんこと死体の復権」は、人類拡散の足跡を逆ルートでたどる「グレートジャーニー」を敢行した探検家で医師でもある関野吉晴の監督第一作となるドキュメンタリーである。アマゾン奥地の狩猟採集民との暮らしを通じて自然と人間との関係について考え続けてきた関野が三人の賢人と出会い、持続可能な未来に向けてのヒントをもらう構成になっている。

 その一人が元写真家の“糞土師ふんどし”伊沢正名。1974年、23歳の伊沢は、自分たちが出す糞尿を処理するし尿処理場を、臭くて汚いからと反対することに疑問を感じたことをきっかけに野糞を始めた。以来、1万4000回以上の野糞を達成。21世紀に入ってトイレを使ったのは、13回だけだという。

 糞土師の伊沢は、ただ野糞をするだけではない。誰でも野糞ができるように、自宅の「糞土庵」近くに土地を購入。“プープランド”と名付け、うんこがどう自然に還っていくかを観察している。

 穴を掘って野糞をした後は、トイレットペーパーなど使わずに葉っぱで尻を拭く。尻拭きに適した葉っぱの条件は、①大きく柔らかくて丈夫、②尻触りがよい、③うんこの吸着力が高い、の三点。伊沢は、この3条件を満たすキウイ、ヨモギ、チガヤなどを糞土庵で育てているという。

 野糞をした穴は、日付と名前を記した割りばしをうんこに刺して土をかける。後日掘り返し、形状、色、匂いなどの変化を細かく観察する。観察を始めるまではバクテリアが分解して形や匂いが消えていくと思っていたが、実際には、ハエ、ウジ、センチコガネなどの糞虫や線虫、菌類などがうんこに集い、多くの生物の生命を支えていることがわかったという。

 また、プープランドでは他所と比べてうんこの分解スピードが速いことも判明。循環に寄与する微生物が多く存在する団粒構造の土に変わっていることが原因と思われる。

 伊沢は語る。

「自分のうんこが他の生物の食べ物になっている。人間が作り出す最も価値あるもの、それがうんこ」

 日本人1億2000万人全員が野糞をするには計算上110km四方の林が必要とのことだが、日本にはその20倍の森林面積がある。ライフスタイルを変えることで自分のうんこを循環に役立つ、価値あるものにできるかも知れないのだ。

※注意!! 街路または公園その他公衆の集合する場所で野糞するのは軽犯罪法違反です。

※1 なお、下水道に流されるものを循環の輪に戻す方法の研究・開発も進められている。たとえば日本では、国土交通省、日本下水道協会、地方公共団体等で構成するBISTRO下水道推進戦略チームは、下水道の水や汚泥を再生水、肥料、産業用二酸化炭素等の形で利活用する取り組みを進めている。
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/mizukokudo_sewerage_tk_000449.html


どついたるねん
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団地
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本連載第132号
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0132

【せかいのおきく】

公式サイト
http://sekainookiku.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:`2023年
公開年月日:2023年4月28日
上映時間:89分
製作会社:FANTASIAInc.、YOIHI PROJECT(制作プロダクション:ACCA)
配給:東京テアトル、U-NEXT、リトルモア
カラー/サイズ:パートカラー/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督・脚本:阪本順治
企画:原田満生
製作:近藤純代
プロデューサー:原田満生
バイオエコノミー監修:藤島義之、五十嵐圭日子
撮影:笠松則通
照明:杉本崇
録音:志満順一
美術:原田満生
美術プロデューサー:堀明元紀
装飾:極並浩史
小道具:井上充
音楽:安川午朗
音楽プロデューサー:津島玄一
編集:早野亮
衣装:大塚満
メイク:山下みどり
床山:山下みどり
結髪:松浦真理
ラインプロデューサー:松田憲一良
助監督:小野寺昭洋
VFX:西尾健太郎
マリン統括ディレクター:中村勝
キャスト
松村きく:黒木華
中次:寛一郎
矢亮:池松壮亮
孝順:眞木蔵人
松村源兵衛:佐藤浩市
孫七:石橋蓮司

(参考文献:KINENOTE)


【うんこと死体の復権】

公式サイト
https://www.unkotoshitai.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2024年
公開年月日:2024年8月3日
上映時間:106分
製作会社:ネツゲン、クリエイト21
配給:きろくびと
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督:関野吉晴
プロデューサー:前田亜紀、大島新
撮影:松井孝行、船木光、前田亜紀
編集:斉藤淳一
キャスト
伊沢正名:
高槻成紀:
舘野鴻:

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。