一昨日はバレンタインデーだった。それにちなみ、チョコレートの“夢”を描いたミュージカル「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」(本連載第321回参照)と、カカオの“現実”を描いたドキュメンタリー「巡る、カカオ 神のフルーツに魅せられた日本人」をご紹介する。
※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。
“夢見るチョコレート”の数々
「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」は、1964年にロアルト・ダールが発表した児童小説「チョコレート工場の秘密」の前日譚にあたるオリジナル作品である。「君の名前で僕を呼んで」(2017、ルカ・グァダニーノ監督)、「DUNE デューン 砂の惑星」(2021、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)のティモシー・シャラメが主人公のウィリー・ウォンカを演じ、「パディントン」(2014、本連載第118回参照)、「パディントン2」(2017、本連載第192回参照)のポール・キングが監督を務めている。
「チョコレート工場の秘密」は、過去に二度映画化されている。1971年製作、メル・スチュワート監督、ジーン・ワイルダー主演の「夢のチョコレート工場」と2005年製作、ティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の「チャーリーとチョコレート工場」(本連載第16回参照)である。このうち後者は、ウィリーの幼少期の思い出やウンパ・ルンパとの出会いが本作と矛盾する。前者の“Pure Imagination”、“Oompa Loompa”などの挿入歌が本作でも使われていることから、本作は「夢のチョコレート工場」の前日譚とみるのが妥当だろう。
ストーリーは、母(サリー・ホーキンス)とのある約束を胸に、“チョコレートの都”グルメ・ガレリアにやって来た若き日のウィリーが、町を牛耳るチョコレートカルテル三人組(スラグワース、プロドノーズ、フィクルグルーバー)らの妨害にめげずに、孤児の少女ヌードル(ケイラ・レーン)ら仲間たちの協力を得て、ショコラトリーのオープンにこぎつけるのだが……というもの。これをミュージカル仕立てで描いている。
「女王陛下のお気に入り」(2018)で第91回アカデミー賞主演女優賞を受賞したオリビア・コールマン、「ノッティングヒルの恋人」(1999)や「ラブ・アクチュアリー」(2003)などで“ロマコメの帝王”の異名をとったヒュー・グラント、「ビーン」(1997)でお馴染みのコメディアン、ローワン・アトキンソンなどイギリスの名優たちを多数脇役に配し、コメディーでありながらどことなく古きよきイギリス映画の気品が漂う作品に仕上がっている。
本作にはウィリーが発明したチョコレートなどのスイーツがいくつも登場する。実際に制作を担当したのは、ショコラティエのガブリエラ・クニョ。以下はその一覧と一言解説である。
- 「ホバーチョコ」
ペルー産の天然マシュマロ、ロシアの塩キャラメル“ピエロの涙”、腕利きのサクランボ摘みが日本で摘んできたサクランボを配合したチョコレートで、不思議な力を持つ。 - 「ひとすじの光」
チョコレートを食べたことがないというヌードルのために、ウィリーが即興で製作。雲の上にかかる稲光は、希望の象徴のように見える。 - 「ナイトライフ」
外側からシャンパン、白ワイン、赤ワイン、ウイスキー、ポートワインを配合。食べた人は夜遊び気分を味わい、感傷的になった末に眠りに落ちる。ウィリーがある作戦に使用。 - 「ジラフ・ミルク・マカロン」
キリンの乳から作られたマカロン。自分を小さく感じることなく、背が高い気分にさせてくれる。失恋で落ち込んだ人の自信回復に効果あり。 - 「フォーティー・セカンド・スウィート」
通称「ブロードウェイ・チョコ」。一口食べただけで歌ったり踊ったりしたくなってしまう。名前はミュージカル映画「四十二番街」(1933)を原作としたブロードウェイ・ミュージカルに由来する。 - 「ヘア・エクレア」
マニラ原産のバニラから作られたエクレア。3つ食べると薄い髪の毛がフサフサになる。世界一強力な毛生え薬であるイエティの汗を混ぜると大変なことに……。
そして、ウィリーの思い出の詰まった板チョコ、ウォンカ・バーにはあるものがはさまっていた。これが原作につながる構造になっている。
カカオの生産と消費をつなぐ二人の日本人女性
「チョコレート工場の秘密」と「ウォンカとチョコレート工場のはじまり」に出てくるウンパ・ルンパの故郷、ルンパランドはチョコレートの原料となるカカオの産地という設定である。では実際のカカオの産地はどんなところで、どんな工程を経てチョコレートになり、私たちのもとに届くのか。「巡る、カカオ 神のフルーツに魅せられた日本人」は、そんな疑問にこたえてくれるドキュメンタリーである。
カカオは、ラテンアメリカ原産の常緑樹である。カカオの実(カカオポッド)の中にはカカオパルプと呼ばれる果肉が入っていて、その中に入っている種がカカオ豆である。果肉は果物として食べられる他、カカオ豆を発酵させる際に重要な役割を果たす。
カカオとチョコレートの歴史を紐解くと、カカオはかつてメソアメリカの諸文明で主に飲み物として利用されていた。その後スペインによる侵略を受け、カカオがヨーロッパに伝来する。ヨーロッパで利用され始めた当初は一部の階級が用いる高価な飲み物だったが、1828年にオランダのバンホーテンがカカオバターとココアパウダーを分離する方法を発明して以降に利用が広がった。1847年にはイギリスで初の固形チョコレートが発明された。
つまり、私たちが今食べているようなチョコレートは、発明されてからまだ200年に満たないことになる。
また、カカオの生産地はアフリカやアジアにも広げられたが、カカオの生産地とチョコレートの消費地は、今も遠く離れている。
本作では、生産と消費の距離を縮めようと奮闘する二人の日本人女性に焦点を当てている。前半では、Mpraeso合同会社のCEO、田口愛のガーナでの取り組み、後半ではカカオハンターズ株式会社のカカオハンター、小方真弓のコロンビアでの取り組みが描かれる(「カカオハンター」は小方が商標登録している)。
二人の取り組みの具体的な内容については、実際に映画をご覧いただくとして、ここでは印象的なエピソードを少しだけ紹介したい。一つは、田口がクラウドファンディングで資金を募って完成させた、現地チョコレート工場の村で、手作りでカカオ豆から作った生チョコを、カカオ農家の子供たちにふるまうシーン。もう一つは、小方が、カカオ栽培の文化を持っていた先住民の末裔であるアルアコ族の村で、チョコレートと日本から持ってきたリンゴを入れて作ったカレーを、村人たちと食べるシーンだ。
多くのカカオ生産地の人たちにとってカカオは身近な存在である一方、チョコレートを食べたことがない人も多いという。二人のこうした地道な活動が、生産者にそれが行く先への目を開かせていくのだと感じた。
【ウォンカとチョコレート工場のはじまり】
- 公式サイト
- https://wwws.warnerbros.co.jp/wonka/
- 作品基本データ
- 原題:WONKA
- 製作国:アメリカ
- 製作年:2023年
- 公開年月日:2023年12月8日
- 上映時間:116分
- 製作会社:Heyday Films
- 配給:ワーナー・ブラザース映画
- カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
- スタッフ
- 監督:ポール・キング
- 脚本:サイモン・ファーナビー、ポール・キング
- 原案:ロアルド・ダール
- 製作総指揮:マイケル・シーゲル、ケイト・アダムス、ロージー・アリソン、ティム・ウェルスプリング
- 製作:デイビッド・ヘイマン、アレクサンドラ・ダービシャー、ルーク・ケリー
- 撮影:チョン・ジョンフン
- 美術:ネイサン・クローリー
- 音楽:ジョビィ・タルボット
- 編集:マーク・エバーソン
- 衣裳デザイン:リンディ・へミング
- スイーツ制作:ガブリエラ・クニョ
- キャスト
- ウィリー・ウォンカ:ティモシー・シャラメ
- ヌードル:ケイラ・レーン
- ウンパルンパ:ヒュー・グラント
- 警察署長:キーガン=マイケル・キー
- 神父:ローワン・アトキンソン
- ミセス・スクラビット:オリヴィア・コールマン
- スラグワース:パターソン・ジョセフ
- プロドノーズ:マット・ルーカス
- フィクルグルーバー:マシュー・ベイントン
- アバカス:ジム・カーター
- パイパー:ナターシャ・ロスウェル
- ロッティー:ラキー・タクラー
- ラリー:リッチ・フルチャー
- ブリーチャー:トム・デイヴィス
- ウィリーの母:サリー・ホーキンス
(参考文献:KINENOTE):
【巡る、カカオ 神のフルーツに魅せられた日本人】
- 公式サイト
- https://megurucacao.jp/
- 作品基本データ
- 製作国:日本
- 製作年:2023年
- 公開年月日:2024年1月12日
- 上映時間:89分
- 製作会社:ハートツリー(制作:GENERATION11)
- 配給:ナカチカピクチャーズ
- カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
- スタッフ
- 監督:和田萌
- エグゼクティブプロデューサー:服部進
- プロデューサー:鎌田雄介
- 撮影:佐々木秀和、佐藤康佑
- 音楽:原摩利彦
- 編集:宮島亜紀
- イラストレーション:RIKAKO KAGAWA
- キャスト
- 田口愛
- 小方真弓
- 堀淵清治
- 南雲主于三
- 土居恵規
- ナレーション:堀ちえみ
(参考文献:KINENOTE)