歴代梅安シリーズの食事シーン

[318] 池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安」シリーズのうまいもの(3)

池波正太郎の時代小説「仕掛人・藤枝梅安」シリーズ(1972〜1990)を原作とした映画を取り上げていくシリーズの最終回。「仕掛人・藤枝梅安」の最初の劇場版映画「必殺仕掛人」三部作(1973〜1974)を取り上げる。劇場版の元になったTVドラマと、二度目の映画化である「仕掛人梅安」(1981)についても少し触れる。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

メディアミックスのさきがけ

 1972年に雑誌「小説現代」(講談社)で「仕掛人・藤枝梅安」の連載が始まると、これを原作とした映像化の企画が同時進行で進んだ。この結果生み出されたのが、TVドラマ「必殺仕掛人」(1972)である。

はらせぬ恨みをはらし
ゆるせぬ人でなしを消す
いずれも人知れず仕掛けて仕損じなし
人よんで仕掛人
ただしこの稼業
江戸職業尽しにはのっていない

(「必殺仕掛人」(映画・TVドラマ)冒頭のナレーションより)

 緒方拳演じる藤枝梅安以外の登場人物、浪人剣客の西村左内(林与一)、仕掛人元締の音羽屋半右衛門(山村聡)、密偵の千蔵(津坂匡章、現芸名:秋野太作)らは、池波の短編「殺しの掟」の登場人物であり、原作の主要人物である彦次郎は登場しない(彦次郎という名前は左内の息子の名前に使われている)。また、ストーリーは「仕掛人・藤枝梅安」以外の池波のさまざまな短編をモチーフとしている。これらは、小説の連載がドラマの進行に追いつかないための苦肉の策であった。

 しかし、これまでの時代劇にはないハードボイルドな展開、影を強調した映像表現、平尾昌晃によるマカロニ・ウエスタン調のテーマ曲などが功を奏し、裏番組の「木枯し紋次郎」(1972〜1973)を超える人気作となり、ドラマの放映終了後に3本の映画が公開された。

 後に角川書店が、「犬神家の一族」(1976)をはじめとして小説と映画のメディアミックスを展開するが、小説・TVドラマ・映画のメディアミックスは、角川に先んじたものであった。

 池波原作の「仕掛人・藤枝梅安」のTVドラマは、他に1982年の小林桂樹版1990年の渡辺謙版2006年の岸谷五朗版がある。映画・TVドラマ合わせて7人の俳優が梅安を演じていることになる。

 TVドラマとしての「必殺仕掛人」の後番組は「必殺仕置人」(1973)であるが、こちらは池波の小説を原作としないオリジナルストーリーである。以降、レントゲン撮影による術の描写が印象的な念仏の鉄(山崎努)や、藤田まこと演じる中村主水が活躍する「必殺シリーズ」として続いていくわけだが、その原点が池波の小説であったことは覚えておきたい。

 なお、池波の原作は2001年には北鏡太脚色、さいとう・たかを作画で「仕掛人 藤枝梅安」として劇画化され、「増刊コミック乱」、後に「コミック乱ツインズ」(リイド社)に連載された。さらに、2016年からは武村勇治による漫画に替わり、2021年まで同誌に連載された。

鍋奉行ぶりを叱られる“舎弟”

 劇場版第1作「必殺仕掛人」(1973)は、ドラマと設定は同一だが、田宮二郎が梅安、高橋幸治が左内を演じているのが異なる。また、ドラマには登場しなかった梅安の愛人、おもん(ひろみどり)が3作通して登場しているのも興味深い。ストーリーは、今年公開された「仕掛人・藤枝梅安」(本連載第316回参照)と同じく「殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一)」収録の「おんなごろし」をベースとしているが、それぞれの人物設定が違うのでかなり趣の異なる作品となっている。

 料理のシーンで印象深いのは、料亭「井筒」で梅安と千蔵、仕掛人の徳次郎(浜田寅彦)が囲む寄せ鍋。食いしん坊の千蔵は、鍋奉行ぶりを発揮して梅安に叱られる。津坂匡章は「男はつらいよ」シリーズ(1969〜2019、本連載第30回参照)で寅さんの舎弟の登を演じている。梅安と千蔵にも、寅さんと登に似た関係性が感じられる。

焦げたさんまと口から垂れるそば

 劇場版第2作「必殺仕掛人 梅安蟻地獄」(1973)は、「梅安蟻地獄 仕掛人・藤枝梅安(二)」収録の短編「梅安蟻地獄」が原作。人物設定の違い以外はほぼ原作に沿ったストーリーになっている。TVドラマで梅安を演じた緒形拳が梅安役に復帰。西村左内は登場せず、TVドラマで左内を演じた林与一は、原作に登場する浪人、小杉十五郎を演じている。

 千蔵は本作でもコメディリリーフを演じている。梅安が大根をおろしながら闇討ちに遭った前夜の顛末を話していると、千蔵は火の番を忘れて話に夢中になり、せっかくの初物のさんまを焦がしてしまう。梅安が無駄になった大根おろしを舐めて、いかにも辛そうな表情を浮かべるところでシーンが終わり、場面転換にテンポを与えている。

 また、千蔵が仕掛の標的がいる蝋燭問屋の向かいにあるそば屋にずっと張り込んでいたところ、そば屋の娘おみつ(岩崎和子)と仲良くなってしまうエピソードも面白い。梅安が様子をうかがいに来ると、おみつは梅安にはもりそば、千蔵にはおごりの天ぷらそばに青のりまでかけてあげるなど、露骨に差をつける。あきれる梅安の前で千蔵はそばをズルズルすすっていたところ、外に動きがあって口から半分そばを出しながら注視するなど、緊迫感のあるドラマにユーモアのアクセントを与えている。

鍋を挟んだ問答

 劇場版第3作「必殺仕掛人 春雪仕掛針」(1974)は、「梅安蟻地獄 仕掛人・藤枝梅安(二)」収録の短編「春雪仕掛針」ではなく、「決定版 鬼平犯科帳(5)」収録の短編「女賊おんなぞく」を元にしたストーリーになっている。監督は前2作の渡辺祐介から、後に「必殺! THE HISSATSU」(1984)、「必殺! 主水死す」(1996)を監督する貞永方久に交代している。キャストは前作から大きな変更はないが、コメディリリーフの千蔵が登場しないせいか、全体的に重い展開となっている。

 重い展開の一因は犯罪の凶悪化にもある。正義感の強い小杉は、金のためなら女子供もかまわず皆殺しにする盗賊団のやり方に憤慨する。小杉がそのむごさを非難している語りをよそに梅安が支度しているのは、あさりと大根の鍋。昆布で出汁をとって醤油で味付けするとうまいのだと言う。やがて話題が梅安の裏稼業に移り、なぜ金をもらって人殺しができるのかと問う小杉に、金をもらうから人殺しができると言う梅安。鍼医者を装った仕掛人と居候の侍の会話は、かみ合わずに終わる。

 梅安と小杉、二人の考え方の違いが再び顕在化するのが、もうすぐ強敵が攻めてくるという緊迫した状況の中、「井筒」であんこう鍋を囲んでのこと。あんこうはとも和えがいちばんうまい。来年の冬はこれが食べられるだろうかと言う梅安。小杉は相手の手強さを説き助太刀を申し出るが、梅安はそれを断る。金をもらった以上、いくら相手が強くても殺さなければならないのが仕掛人の務め。金をとらないなら人殺しなんてするものではないと梅安は言う。一方の小杉は、相手が極悪非道であれば、金をもらわなくても自分の信じる正義のために命を賭けられると言う。またしても物別れである。

「必殺仕掛人 春雪仕掛針」より。ふぐを薄切りにする梅安に、音羽屋は仕掛の話を持ちかける。
「必殺仕掛人 春雪仕掛針」より。ふぐを薄切りにする梅安に、音羽屋は仕掛の話を持ちかける。

 梅安は、仕掛人ならではの冷徹な視点を持ちながらも、おもんの前では臆病さと弱さを露呈する。そして小杉もあるジレンマに遭遇し、自分の信念を曲げざるを得なくなるのである。

 ところであんこうのとも和えとは、あんこうの身をあん肝で和えることからその名があるのだが、画面に映っているのがあんこう鍋とはいかなることだろうか。

 もう一つ。音羽屋が梅安にもう一人殺ってくれないかと仕掛を依頼するシーン。梅安は台所でふぐを薄切りにしている(梅安はふぐの薄造りは自分が考えたと言っている)。音羽屋は、仕掛ける相手はそのふぐのように毒気の強い女だと言う。梅安は、ふぐだって包丁の入れ方次第で変わると言うが、音羽屋はその女は変わらないと言う。

 実は仕掛ける女は梅安の過去に関わる女だった。ふぐだって包丁の入れ方次第で変わるというのは、過去の自分に対する後悔の表れである。

めざしで飯をかき込む兄弟

 最後に1981年版「仕掛人梅安」について。萬屋錦之介が梅安、中村嘉葎雄が彦次郎を演じ、兄弟で共演している。錦之助は本作が時代劇最後の主演作となった。監督は降旗康男、脚本は田中陽造、撮影は宮島義勇と一流のスタッフをそろえているが、内容がややエキセントリックなのが惜しいところである。

 食では、そば屋で梅安が小杉に厳しく話をしながら湯気の立つそばをすするシーン、梅安が立ち寄った彦次郎に、あり合わせだよとめざしを七輪で焼いて二人で食べるシーンなどが印象に残っている。


【必殺仕掛人】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1973年
公開年月日:1973年6月9日
上映時間:87分
製作会社・配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:渡辺祐介
脚本:渡辺祐介、安倍徹郎
原作:池波正太郎
製作:織田明
撮影:小杉正雄
照明:佐久間丈彦
録音:中村寛
美術:森田郷平
助監督:白木慶二
音楽:鏑木創
テーマ曲:平尾昌晃
編集:寺田昭光
キャスト
藤枝梅安:田宮二郎
西村左内:高橋幸治
音羽屋半右衛門:山村聡
御座松の孫八:川地民夫
岬の千蔵:津坂匡章
峯山又十郎:室田日出男
為吉:森次晃嗣
聖天の大五郎:三津田健
徳次郎:浜田寅彦
三の松の平十:河村憲一郎
辻屋文吉:穂積隆信
下駄屋の金蔵:青山宏
芝の治兵衛:金井大
銭湯の職人:谷村昌彦
お吉:野際陽子
お美代:岩崎和子
お照:川崎あかね
お雪:秋谷陽子
又十郎の妾:金子亜子

(参考文献:KINENOTE)


【必殺仕掛人 梅安蟻地獄】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1973年
公開年月日:1973年9月29日
上映時間:91分
製作会社・配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:渡辺祐介
脚本:宮川一郎、渡辺祐介
原作:池波正太郎
製作:織田明
撮影:小杉正雄
照明:佐久間丈彦
録音:中村寛
美術:森田郷平
助監督:白木慶二
音楽:鏑木創
テーマ曲:平尾昌晃
編集:寺田昭光
キャスト
藤枝梅安:緒形拳
小杉十五郎:林与一
音羽屋半右衛門:山村聡
伊豆屋長兵衛:佐藤慶
山崎宗伯:小池朝雄
岬の千蔵:津坂匡章
おりん:松尾嘉代
お仲:津田京子
おもん:ひろみどり
おみつ:岩崎和子
おとよ:志賀真津子
おきん:野村昭子
稲葉丹後:穂高稔
山根主膳:生井健夫
豊五郎:城所英夫
富五郎:中田耕二
趣後屋平左衛門:明石潮
備前屋庄右衛門:湊俊一
女房お里:村上記代

(参考文献:KINENOTE)


【必殺仕掛人 春雪仕掛針】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1974年
公開年月日:1974年2月16日
上映時間:89分
製作会社・配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:貞永方久
脚本:安倍徹郎
原作:池波正太郎
製作:織田明
撮影:丸川恵司
照明:三浦礼
録音:平松時夫
美術:梅田千代夫
助監督:熊谷勲
音楽:鏑木創
テーマ曲:平尾昌晃
編集:太田和夫
キャスト
藤枝梅安:緒形拳
小杉十五郎:林与一
音羽屋半右衛門:山村聡
猿塚のお千代:岩下志麻
勝四郎:夏八木勲
三上:竜崎勝
定六:地井武男
山次:高畑喜三
瀬音の小兵衛:花澤徳衛
蓑火の喜之助:佐々木孝丸
幸太郎:村井国夫
音二:高橋長英
おもん:ひろみどり
女郎おりん:荒砂ゆき
女郎お順:相川圭子

(参考文献:KINENOTE)


【仕掛人梅安】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1981年
公開年月日:1981年4月11日
上映時間:100分
製作会社:東映京都
配給:東映
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:降旗康男
脚本:田中陽造、志村正浩
原作:池波正太郎
企画:高岩淡、佐藤雅夫、豊島泉、巽治郎
撮影:宮島義勇
照明:内田皓三
録音:中山茂二
助監督:清水彰
美術:佐野義和、山下謙爾
音楽:渡辺茂樹
編集:市田勇
キャスト
藤枝海安:萬屋錦之介
彦次郎:中村嘉葎雄
小杉十五郎:五代高之
音羽屋半右衛門:藤田進
近江屋佐兵衛:伊丹十三
お園:小川真由美
お咲:真行寺君枝
おもん:宮下順子
安部長門守:中村勘五郎
安部主税之助:中尾彬
安部主馬:中島毅士
土屋主水:御木本伸介
山城屋伊八:柴田てる彦
井坂権八郎:岩尾正隆
宮部数馬:津田和彦
お弓:志麻いづみ
樋口:大沢萬之介
丹羽:笹木俊志
青木:池田謙治
河津:志茂山高也
金造:折尾哲郎
お勝:伊藤みどり
宗太郎:島英津夫
代貸:大東梁佶
刺客:福本清三
ウド:スーパー・リキ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。