スクリーン外にある分とく山

[316] 池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安」シリーズのうまいもの(1)「仕掛人・藤枝梅安」から

今回から、池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」シリーズ(1972〜1990)を原作とした映画を取り上げていく。池波正太郎と言えば、時代小説の大家であると共に美食家としても知られ、多数のグルメエッセーを残している。また、「仕掛人・藤枝梅安」シリーズをはじめ、「鬼平犯科帳」シリーズ(1968〜1990)、「剣客商売」シリーズ(1972〜1989)といった時代小説にもさまざまな料理が登場し、内容と密接に結び付いている。そして映画版においても、料理は重要な役割を与えられているのである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

かぶら骨と湯豆腐

 今年の2月に公開された「仕掛人・藤枝梅安」は、池波正太郎生誕100年企画として製作された。シリーズの劇場用映画としては、「必殺仕掛人」三部作(1973〜1974)、「仕掛人梅安」(1981)に次ぐ三度目となる。

 ストーリーは、「殺しの四人 仕掛人・藤枝梅安(一)」収録の「おんなごろし」と「梅安晦日蕎麦」をアレンジしたもの。鍼医者の藤枝梅安(豊川悦司)は、“つる”と呼ばれる裏稼業の元締からの依頼で、悪人を密かに始末する“仕掛人”としての裏の顔を持つ。ある日、梅安は蔓の一人、羽沢の嘉兵衛(柳葉敏郎)から仕掛の依頼を受けるが、その標的は、梅安の過去とつながりを持つ人物だったというのが主な内容である。

 本作の最初に登場する料理は、梅安が最初の仕掛を終えた後に訪れた、彦さんこと彦次郎(片岡愛之助)の家で出された白粥。彦次郎は表向きは楊枝職人だが、梅安と同じ仕掛人である。粥をすすった梅安が、

「鰹節だけでこんなにうまくなるもんかい。彦さんの作るものは、これ以上素朴にはできないようなものだが、そこが癖になる」

 と感心すると、彦次郎が言う。

「余計なものが入らないものほど、うまいのよ」

 梅安や彦次郎の仕掛も、それぞれの道具を使ったシンプルなもので、一撃で標的を仕留めるところが特徴。それは観ている側にも緊張感を与える。これは筆者の私見だが、「アベンジャーズ」シリーズ(2012〜2019)のような見せ場の連続よりも、本作の仕掛のシーンや、「宮本武蔵 巌流島の決斗」(1965)の宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘シーンのような、一瞬で雌雄を決するシーンの方がより活劇の神髄を表していると思うのである。

 後日、梅安が行きつけの料亭「井筒」に彦次郎を呼んで密談するシーンがある。女中が運んできた膳の吸い物を見て、「何だい、これは?」と彦次郎が尋ねたのが、「かぶら骨の吸い物」。かぶら骨は鯨の頭の軟骨。梅安が言う。

「たまにはそうゆう凝ったものも口に入れないと。いくら豆腐が好きだからって、湯豆腐ばかりじゃいけないよ」

 これは仕掛人たるもの、情報のアンテナを張ってさまざまな経験を積むことが、想定外のリスク回避につながるという、梅安なりの彦次郎への忠告だろう。しかし彦次郎は、梅安の忠告をありがたく受け取りながらも、吸い物をすすり、

「こいつはうめえや。けど、湯豆腐だって負けてねえ」

 と言い返すのだ。梅安と彦次郎は相棒でも友達でもないが、お互いを詮索しなくても通じ合える何かが、共闘を可能にしていると言えるだろう。

師匠直伝のうまい鍋と仕掛人の覚悟

 物語も佳境に入り、梅安が彦次郎に過去を告白するシーン。火にかけた鍋が煮えていく音は、梅安の感情を表しているかのようだ。深刻な話を語り終えた後、梅安は彦次郎に、鍼の師匠である津山悦堂(小林薫)が好物だったという鍋を薦める。一口食べて、

「こいつはうめえや、梅安さんはどんな時だってうまいものを食べるんだな」

 と言う彦次郎に、梅安が言う。

「彦さんは思わないかい。こいつが最後の飯になるかもと」

 どんな困難があっても私情を捨て、受けた仕掛は命に代えても成し遂げなければならない。それを承知で仕掛人をやっているのだという覚悟が見えるセリフである。シリーズ中、この類のセリフは頻繁に登場し、梅安の美食ぶりに説得力を与えている。

“本物の料理”が求められる時代

彦次郎の作る素朴な白粥は、鰹節だけでこんなにうまくなるのかと梅安を感心させる。
彦次郎の作る素朴な白粥は、鰹節だけでこんなにうまくなるのかと梅安を感心させる。

 本作の注目点は、“飯テロ”を期待する観客のニーズがあるとみたのか、料理をとくに重視していること。東京広尾の日本料理店「分とく山」の総料理長・野﨑洋光を料理監修に迎え、池波正太郎が書いた江戸時代の料理を再現している。野﨑は「池波正太郎の江戸料理を食べる」を著し(重金敦之と共著)、2013年に「時代劇専門チャンネル」で放送された「池波正太郎の江戸料理帳 第一章」(全13回)の料理監修を務めるなど、池波作品の料理に精通している。

 本作の料理メイキング映像「池波正太郎の江戸料理帳2〜映画『仕掛人・藤枝梅安』裏の世界〜」によると、河毛俊作監督との打ち合わせに沿って料理香盤(※1)を作成。今回は続編の「仕掛人・藤枝梅安2」と合わせて59シーンに80の料理を用意したという。実際のところ、ト書き(※2)に書いてあっても映らない料理も多いのだが、野﨑は監修の役割を超えてセットに張り付き、調理までを担当したという。映画製作での消え物(劇中の飲食物)は基本的に小道具係の担当だが、フードコーディネーターやフードスタイリストといった専従スタッフが担当することが多くなったのも、本物が求められる昨今の流れだろう。

※1 香盤:シナリオに沿って各シーンごとの登場人物や必要な衣装・小道具・消え物(料理)などをまとめた表。登場人物主体の香盤表、衣装香盤、小道具香盤、料理香盤をそれぞれ作成することが多い。

※2 ト書き:シナリオのセリフ以外の書き込み。登場人物の動き、時間、場所、必要なものなどを指定する。


【仕掛人・藤枝梅安】

公式サイト
https://baian-movie.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2023年2月3日
上映時間:134分
製作会社:「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ(製作プロダクション:東映京都撮影所)
配給:イオンエンターテイメント
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:河毛俊作
脚本:大森寿美男
原作:池波正太郎:(「仕掛人・藤枝梅安」(講談社文庫刊))
エグゼクティブプロデューサー:宮川朋之
プロデュース補:見戸夏美
企画協力:石塚晃都
プロデューサー:吉條英希、田倉拓紀、高橋剣
撮影:南野保彦
美術:吉澤祥子
装飾:三木雅彦
音楽:川井憲次
録音:松本昇和
照明:奥田祥平
編集:野澤瞳
衣装デザイン:宮本まさ江
アソシエイトプロデューサー:菅谷和紀
協力プロデューサー:芦田淳也
製作主任:田中千穂子
製作担当:谷敷裕也
監督補:山本一男
記録:堤眞理子
スチール:江森康之
VFXシニアスーパーバイザー:尾上克郎
VFXスーパーバイザー:田中貴志、進威志
VFXプロデューサー:結城崇史
殺陣:清家三彦
料理監修:野﨑洋光、吉田忠康
予告編制作:樋口真嗣
キャスト
藤枝梅安:豊川悦司
彦次郎:片岡愛之助
おもん:菅野美穂
与助:小野了
おせき:高畑淳子
津山悦堂:小林薫
石川友五郎:早乙女太一
羽沢の嘉兵衛:柳葉敏郎
おみの:天海祐希
お香:中村ゆり
伊藤彦八郎:石丸謙二郎
おだい:鷲尾真知子
下駄屋の金蔵:でんでん
お美代:朝倉ふゆな
嶋田大学:板尾創路
お千枝:井上小百合
善達和尚:若林豪
善四郎:田山涼成
お里:吉田美佳子
田中屋久兵衛:大鷹明良
浮羽の為吉:六角精児
御座松の孫八:趙タミ和
梅吉:田中奏生
お吉:凛美

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。