“3”にまつわる映画と食べ物

[300]

「スクリーンの餐」は、おかげさまで連載300回を迎えることができました。2011年の連載開始以来約12年。ここまで続けてこれたのも、ご覧いただいた皆様のおかげです。ありがとうございます。

 今回は300回記念として“3”という数字に縁のある映画を3本、登場する食べ物と共に取り上げます。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

“魔法の数字”と魔人のお菓子

 現在公開中の「アラビアンナイト 三千年の願い」は、「アラビアン・ナイト」をモチーフとしたA・S・バイアットの小説「The Djinn in the Nightingale’s Eye」を原作に、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015)のジョージ・ミラー監督がメガホンをとったファンタジー&ラブロマンスである。

 物語論の権威で、孤独を愛するイギリス人学者アリシア(ティルダ・スウィントン)は、講演のためトルコのイスタンブールに赴く。グランバザールの3つの部屋のある店で、古いガラス細工の瓶をお土産に買ったアリシアが、ホテルの部屋で瓶の蓋を開けると、突然瓶の中から巨大な魔人=ジン(イドリス・エルバ)が現れる。3000年もの間、3度にわたり幽閉されてきたジンは、瓶から出してくれたお礼に、3つの願いを叶えてくれると言うが、古今東西、願い事の物語にハッピーエンドがないことを知っているアリシアは、願い事を固辞。ジンとしては、ひとの願い事を叶えないと自由の身になれないため、3000年の間に体験した3つの物語をアリシアに語ることで、心変わりさせようとする。まるで“3”が魔法の数字のようなキーワードになっている作品である。

 等身大に縮小したジンが、物語と共にアリシアを懐柔するために使ったのが、ひよこ豆とクローブ(丁子)とピスタチオで作った口溶けのよいお菓子である。劇中にお菓子の名前が出てこないので調べてみたが、結局わからなかった。トルコを含む中東のお菓子のようだが、ご存知の方がいたら教えていただきたい。

 このお菓子、アリシアがイギリスに帰国した後は、ご近所トラブルの解決に役立ったりもする。その場面は実際に映画をご覧いただきたい。

「キッチン 3人のレシピ」の“韓流フレンチ”

 恋愛映画で3と言えば三角関係。2009年製作の韓国映画「キッチン 3人のレシピ」は、脱サラしてフレンチ・レストラン開業を目指す夫、サンイン(キム・テウ)と、幼馴染のサンインを兄のように慕う妻、モレ(シン・ミナ)の結婚一年目の夫婦の間に、サンインがレストラン開業のためにフランスから呼び寄せた後輩の天才フレンチ・シェフ、ドゥレ(チュ・ジフン)が割って入る三角関係を描いたラブストーリーである。

 レストラン開業までの準備がモチーフとなっているので料理シーンには事欠かない作品である。印象的なものとしては、冒頭の結婚記念日のシーンでエルメスの皿に乗ったモレの手料理、ドゥレがその腕前を初めて披露するコース料理、料理を理解する心が足りないと酷評されるサンインの料理、市場でモレとドゥレが食べるトッポッキ、別れを決意したモレがサンインとドゥレのために作ったスープ、レストラン開店前の最終テストの料理、海辺の結婚式にサンインが用意した料理等が挙げられる。オーソドックスなフレンチではなく、韓国料理の要素も入っているのが興味深い。

 本作はホン・ジヨン監督の繊細なセンスが作品と料理を洒落た雰囲気で彩っている作品と言えるだろう。ちなみに、似た雰囲気を持つ韓国映画「アンティーク〜西洋骨董洋菓子店〜」(2008、原作はよしながふみの漫画、日本では2001年にTVドラマ化)のミン・ギュトン監督は、ホン・ジヨン監督の夫である。

「シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ」の伝統料理と分子料理

 レストランで3と言えば、最高評価を意味する星の数。2012年製作のフランス映画「シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ」は、20年間三ツ星を守り抜いてきた、パリの高級フレンチレストラン「カルゴ・ラガルド」のシェフ、アレクサンドル・ラガルド(ジャン・レノ)と、アレクサンドルのレシピを完璧に暗記しながらも、こだわりの強さから失業中の料理人、ジャッキー・ボノ(ミカエル・ユーン)の出会いと奮闘を描いたコメディである。

 製作にあたっては、本物のパリ三ツ星レストラン「Arpège」(アルページュ)のシェフ、アラン・パッサールや、ドキュメンタリー映画「アラン・デュカス 宮廷のレストラン」(2017、本連載第188回)で取り上げられた史上最年少で三ツ星を獲得したアラン・デュカス、前衛フレンチの第一人者、ピエール・ガニェールら一流シェフに取材。劇中の料理のレシピは、シャトーホテル「Les Etangs de Corot」(レ・ゼダン・ドゥ・コロー)のシェフ、ブノワ・ボルディエが手掛けており、フランスの伝統料理からアヴァンギャルドな分子料理まで、さまざまなメニューが登場する。今回はその中から印象的な3つを、ストーリーに合わせて紹介する。

(1)二代目オーナーのスタニスラス・マテール(ジュリアン・ボワッスリエ)から、星を一つでも減らせばクビだとプレッシャーをかけられてスランプにおちいったアレクサンドルが、前オーナーに助言を得るため、彼の入居する老人ホームを訪れる。そこではアレクサンドルがかつて考案した「ヒメジと栗カボチャのスープ」のレシピが、素材の配分やスパイスの量まで寸分違わず完コピされていた。老人ホームで壁のペンキ塗りをしながら、厨房にもちょっかいを出していたジャッキーの仕業であることを聞いたアレクサンドルは、ジャッキーをスカウトして新メニューの開発にとりかかる。

「シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ」より。ジャッキーがプロポーズの際に指輪の代わりに贈ったカラメルソースのミルフィーユ。
「シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ」より。ジャッキーがプロポーズの際に指輪の代わりに贈ったカラメルソースのミルフィーユ。

(2)ジャッキーは恋人のベアトリス(ラファエル・アゴゲ)に内緒で、無給でアレクサンドルの店を手伝っていた。ジャッキーの嘘を知ったベアトリスは、激怒して実家のレストランがあるヌヴェールに帰ってしまう。プロポーズするため後を追ったジャッキーだったが、肝心の指輪を忘れてしまう。ベアトリスの実家のレストランにあった材料で咄嗟に用意したのが、ベアトリスの好きなカラメルソースのミルフィーユ。バニラシュガーで作ったハートの上に、フランボワーズとカシスの実、ピスタチオを添えた見栄えのよい一品に対するベアトリスの反応は……。

(3)調査員好みの分子料理の開発に難航していたアレクサンドルとジャッキーは、サムライとゲイシャに変装して日本人客を装い(???)、ライバルシェフの店に偵察に出向く。シェフのおすすめコース“交響楽”の内容は、窒素入りシャンパンにノンアルコールのワイン、フルーツ入り羊のチーズ、トマト風味マグロ巻き、レモン風味カラメル・ネギ、葉っぱの匂いを嗅ぎながら食べる“野菜畑の牛肉”という珍妙なもの。先日の「ザ・メニュー」(2022、本連載第293回参照)のように“グルメ系”を揶揄したデフォルメ分子料理になっている。

 三ツ星と言えば、本作と邦題が似ている「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」(2014、本連載第96回参照)のキューバサンドイッチも、記憶に残る一品であった。


【アラビアンナイト 三千年の願い】

公式サイト
https://3wishes.jp/
作品基本データ
原題:THOUSAND YEARS OF LONGING
製作国:オーストラリア、アメリカ
製作年:2022年
公開年月日:2023年2月23日
上映時間:108分
製作会社:Kennedy Miller Mitchell Production
配給:キノフィルムズ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ジョージ・ミラー
脚本:ジョージ・ミラー、オーガスタ・ゴア
原作:A・S・バイアット
製作総指揮:ディーン・フッド、クレイグ・マクマホン、ケヴィン・サン
製作:ジョージ・ミラー、ダグ・ミッチェル
撮影:ジョン・シール
美術デザイン:ロジャー・フォード
音楽:トム・ホルケンボルフ
編集:マーガレット・シクセル
衣装デザイン:キム・バレット
ヘアー&メイクアップ・デザイン:レスリー・ヴァンダーウォルト
キャスト
魔人(ジン):イドリス・エルバ
アリシア・ビニー:ティルダ・スウィントン
シバの女王:アーミト・ラダム
ソロモン王:ニコラス・ムアワッド
グルタン:エチェ・ユクセル
ムスタファ皇子:マッテオ・ボチェッリ
スレイマン皇帝:ラキー・ハルム
ヒッレム:メーガン・ケール
ムラト4世:オクルカン・マルマン・ウスル
イブラヒム:ジャック・ブラッティ
キョセム:ゼリン・テキンドール
砂糖姫:アンナ・“ベッティ”・アダムス
ゼフィール:ブルク・ゴルケダール
ゼフィールの夫:ヴィンス・ギル
クレメンタイン:メリッサ・ジャファー
ファニー:アン・チャールストン

(参考文献:KINENOTE、「アラビアンナイト 三千年の願い」パンフレット)


【キッチン 3人のレシピ】

作品基本データ
原題:키친
製作国:韓国
製作年:2009年
公開年月日:2009年10月3日
上映時間:102分
配給:ショウゲート
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:ホン・ジヨン
エグゼクティブプロデューサー:ミン・ジンス
プロデューサー:ミン・ジンス、ミン・ギュドン
撮影:チェ・サンムク
照明:チャン・スンチュル
美術:キム・スンジュ
音楽:キム・ジェンスン
録音・音響効果:キム・サンダル
編集:ソン・スア
衣装デザイン:コ・ジェウク
メイク:チャン・ヘリョン
キャスト
ドゥレ:チュ・ジフン
モレ:シン・ミナ
サンイン:キム・テウ

(参考文献:KINENOTE)


【シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ】

作品基本データ
原題:COMME UN CHEF
製作国:フランス
製作年:2012年
公開年月日:2012年12月22日
上映時間:85分
製作会社:Gaumont
配給:ギャガ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:ダニエル・コーエン
製作:シドニー・デュマ
共同製作:ジェレミー・バーデク、ナディア・カムリッチ、エイドリアン・ポリトウスキー、ジリー・ウォータークリン
撮影:ロベール・フレース
音楽:ニコラ・ピオヴァーニ
キャスト
アレクサンドル・ラガルド:ジャン・レノ
ジャッキー・ボノ:ミカエル・ユーン
ベアトリス:ラファエル・アゴゲ
スタニスラス・マテール:ジュリアン・ボワッスリエ
アマンディーヌ:サロメ・ステヴナン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。