消え去る映画技術と送る人々

[299] 「バビロン」「エンドロールのつづき」から

皆さんは、百年後の映画がどうなっているか想像できるだろうか。リュミエール兄弟によるシネマトグラフの発明後、映画技術の進歩はとどまることなく、そのときどきの映画製作や鑑賞方法に変化をもたらしてきた。

 音楽や美術といった他の芸術と映画が決定的に異なる点は、テクノロジーに依存する部分の多さである。古くなった技術は新しい技術に上書きされ、いつか消えていく。必然と言ってしまえばそれまでだが、古い映画技術の“死”に寂しさを覚える人もいるだろう。

 今回はそんな人たち向けの、ノスタルジックな映画2本と、キーフードをご紹介する。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

「バビロン」で葬られるサイレント映画

 1本目の「バビロン」は、「ラ・ラ・ランド」(2016,本連載第152回参照)のデイミアン・チャゼル監督による、1920年代、サイレントからトーキーへの移行期のハリウッドを舞台にした上映時間3時間超の大作である。

 タイトルはハリウッドを古代バビロニアの欲望の都になぞらえたもの。前半の、まるでビートたけしのコントのようなブラックコメディ的なエピソード集は、前衛映画作家のケネス・アンガーが、ハリウッドのゴシップをまとめた著書「ハリウッド・バビロン」がモチーフになっていると思われる。

 劇中の登場人物の多くは、1920〜30年代のハリウッドに実在した人物をモデルにしている(MGMプロデューサーのアーヴィング・タルバーグだけは実名で登場)。主演のブラッド・ピットが演じるジャック・コンラッドは、サイレント時代に大スターだったジョン・ギルバート、マーゴット・ロビー演じるネリー・ラロイは、「あれ」(1927)で人気を博し、「イット・ガール」と呼ばれた女優クララ・ボウがモデルとなっている。

 トーキーを採り入れた最初期の映画「ジャズ・シンガー」(1927)が大ヒットしたのを機に、以降はほとんどの映画会社がサイレントからトーキーへ移行する流れが起こった。ジョン・ギルバートとクララ・ボウの二人は、その中で取り残され、消えていったサイレント時代のスターたちである。

 本作と似たような時代設定の映画があったと思い当たる人もいるだろう。MGMミュージカルの代表作「雨に唄えば」(1952)だ。この作品では、サイレントからトーキーへの移行期のハリウッドを舞台に、サイレントでは必要なかった発声に苦労する女優リナ・ラモント(ジーン・ヘイゲン)が、デビー・レイノルズ演じる新進女優キャシーに声を吹き替えてもらうシーンがある。

 翻って本作は、言わばリナ・ラモント側の立場に立った悲喜劇である。本作では二度、「雨に唄えば」の歌が流れる。一度目は、この曲が映画で始めて使われた1929年のMGMオールスター・トーキー映画「ハリウッド・レヴィユー」、二度目は1952年の本家「雨に唄えば」でジーン・ケリーが雨の中歌い踊る有名なシーンである。

赤いパーティー料理

 また、当時のハリウッドでは自由な映画作りが行われる一方、喜劇役者ロスコー・アーバックルが殺人容疑で逮捕された事件等、映画人たちの放蕩に起因するスキャンダルが相次ぎ、教会関係者等から非難を浴びていた。その結果、1934年に、ヘイズ・コード(アメリカ映画製作者配給者協会による自主規制条項)の導入を許してしまう。ヘイズ・コードの導入後、映画における性や暴力、反キリスト教的な描写が禁じられ、ハリウッドは欲望の都から、お高くとまった上流階級の人々が支配する聖林ハリウッドへと変貌を遂げていく。

 本作の後半、トーキーになって仕事がなくなり、酒とギャンブルに溺れていたネリーを、彼女を慕い、再起させたいと願っていたメキシコ人プロデューサーのマニー・トレス(ディエゴ・カルバ)が、ハリウッドの支配者たる名士たちが集うパーティーに連れていくシーンがある。それは、かつてサイレント時代の映画人たちが、狂乱のジャズが流れる中徹夜で繰り広げたバカ騒ぎとは違って、穏やかなクラシック音楽が流れる中、丁寧に用意されたオードブルが供される上品な宴であった。

 嫌味なマダムたちに、育ちの悪さや知識のなさをチクチクといじられながら耐えていたネリーだったが、ついに堪忍袋の緒が切れてしまう。折しも、目の前に広がるパーティー料理は、赤身の肉に赤いロブスター、トマトソースといった不自然に赤一色のもの。それを使って、ネリーがどのような行動に及んだかは、本編をご覧いただきたい。

 ちなみに、ブラピとマーゴット・ロビーは、クエンティン・タランティーノ監督による1960年代のハリウッドの内幕もの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(2019)でも共演している。

「エンドロールのつづき」のお弁当

「エンドロールのつづき」より「バーレラ・リンガナ」。ナスに、ベーサン粉(ひよこ豆の粉)を混ぜたスパイスを詰めた料理である。
「エンドロールのつづき」より「バーレラ・リンガナ」。ナスに、ベーサン粉(ひよこ豆の粉)を混ぜたスパイスを詰めた料理である。

「エンドロールのつづき」は、インド西端のグジャラート州を舞台に、パン・ナリン監督の実体験をもとにした作品である。

 9歳の少年サマイ(バヴィン・ラバリ)は、チャララ村の学校に通いながら父(ディペン・ラヴァル)の手伝いで、チャイ(ミルクティー)を売っている。サマイの父は、カースト制度で最上位にあたるバラモン階級だが、だまされて財産を失い、今はチャララ駅でチャイの売店を営んでいる。

 バラモン階級であることに誇りを持つ父は、映画を低俗なものだと考えているが、「カーリー女神の奇蹟」(1990)が公開されると知ると、カーリー女神の映画だけは特別だと、サマイの母(リチャー・ミーナー)とサマイと妹を連れ、近隣の町アムレーリーの映画館「ギャラクシー座」に向かう。

 サマイにとっては初めての映画体験。スクリーンに映し出された作品はもちろんのこと、後ろを振り向いて見えた映写機からスクリーンへ伸びる一条の光にも魅了される。そしてサマイは、自分も映画を作り映写することを目標に、行動を開始する。

 学校をさぼってギャラクシー座に向かうものの、チケット代が払えずつまみ出されるサマイ。ここで助け舟を出すのが、映写技師のファザル(バヴェーシュ・シュリマリ)。サマイの母が作る見事に薄く延ばして焼き上げたチャパティに感心したファザルは、おいしいお弁当と引き換えに、映写室から無料で映画を観せてくれるという。

 ここで見どころとなるのが、調理シーン込みで映し出されるサマイの母による色とりどりのお弁当の数々だ。キャベツ、グリーンピース、ジャガイモと数種類のスパイスを使ったコビ・バテッタ・ヌ・シャーク、ナスにベーサン粉(ひよこ豆の粉)を混ぜたスパイスを詰めたバーレラ・リンガナ、オクラにスパイスとココナッツを詰めたバレリ・ビンディ、スパイスミックスを詰めた全粒粉の自家製ラビオリを、豆とほうれん草のカレーに入れたダールドクラ、新鮮なタロ芋や里芋の葉から作られるパトラなどなど、どれもおいしそうである。

虐殺されるフィルム映画

 サマイとファザルの交流は、「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988)のサルヴァトーレ(トト)とアルフレードを彷彿とさせるものがある。その後、映写室での鑑賞が館主にばれて映画を観れなくなったサマイは、フィルムを盗み出すという「大人は判ってくれない」(1959)のアントワーヌ・ドワネルもかくやという非行に走るのだが、留置場に迎えに来た父と二人乗りの自転車で家路につくシーンは「ニュー・シネマ・パラダイス」のワンシーンそのものであった。

 本作が「ニュー・シネマ・パラダイス」と大きく異なるのは終盤である。プロジェクターのデジタル化によってギャラクシー座からフィルム映写機と大量のフィルムが運び出される。デジタルプロジェクターには過剰なまでに電飾が施され、メカニカルなイメージを増幅させている。映写機とフィルムを乗せたトラックを自転車で追跡したサマイが見たものは、まさに映画の“虐殺”という他ない、映画好きなら目を背けたくなるような光景だった。通常なら立入禁止になりそうなエリアにまで入り、その現場を見ることで、残虐性がさらに強調されている。

 ただ、そこでインド映画らしいと感じさせるのは、そんな中でも“転生”という結末が用意されていることだ。あれはアーミル・カーン、シャー・ルク・カーン、サルマン・カーン、スーパースター・ラジニカーントといったサマル少年の声が、いつの間にか大人の声に変わり、リュミエール兄弟からタランティーノに至るまでの数々の先人に、映画を通して感謝を伝える姿勢には、好感が持てた。

日本でも消えゆくフィルム映写機

 最後にデジタルプロジェクターについて。近年、私たちが映画館で観る映像はデジタルがほとんどで、フィルムから投影された作品を観る機会は滅多になくなっている。フィルム映写機を常設しているのは、東京でも一部の名画座や国立映画アーカイブ(旧フィルムセンター)くらいになってしまった。そしてそれらの映写機さえ、いずれは寿命を迎えることだろう。今のうちに数少ない機会をとらえて、フィルムでしか観れない昔の映画を観ておきたいものである。


【バビロン】

公式サイト
https://babylon-movie.jp/
作品基本データ
原題:BABYLON
製作国:アメリカ
製作年:2022年
公開年月日:2023年2月10日
上映時間:189分
製作会社:C2 Motion Picture Group, Marc Platt Productions, Material Pictures, Wild Chickens, Organism Pictures Production
配給:東和ピクチャーズ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:デイミアン・チャゼル
製作総指揮:マイケル・ビューグ、トビー・マグワイア、ウィク・ゴッドフリー、ヘレン・エスタブルック、アダム・シーゲル
製作:マーク・プラット、マシュー・プルーフ、オリヴィア・ハミルトン
撮影:リヌス・サンドグレン
美術:フローレンシア・マーティン
音楽:ジャスティン・ハーウィッツ
音響:アイリン・リー、ミルドレッド・イアットルー・モーガン
編集:トム・クロス
衣裳デザイン:メアリー・ゾフレス
メイクアップ:ヘパ・ドリストッティル
ヘアスタイル:ジェイミー・リー・マッキントッシュ
キャスティング:フランシーヌ・マイスラー
キャスト
ジャック・コンラッド:ブラッド・ピット
ネリー・ラロイ:マーゴット・ロビー
マニー・トレス:ディエゴ・カルバ
エリノア・セント・ジョン:ジーン・スマート
シドニー・パーマー:ジョヴァン・アデポ
レディ・フェイ・ジュー:リー・ジュン・リー
マックス:P・J・バーン
ジョージ・マン:ルーカス・ハース
ルース・アドラー:オリヴィア・ハミルトン
ジェームズ・マッケイ:トビー・マグワイア
アーヴィング・タルバーグ:マックス・ミンゲラ
ザ・カウント:ローリー・スコーヴェル
エステル:キャサリン・ウォーターストン
ボブ・リーヴァイン:フリー
ドン・ワラック:ジェフ・ガーリン
ロバート・ロイ:エリック・ロバーツ
ウィルソン:イーサン・サプリ―
コンスタンス・ムーア:サマラ・ウィーヴィング
イナ:オリヴィア・ワイルド

(参考文献:KINENOTE、「バビロン」パンフレット)


【エンドロールのつづき】

公式サイト
https://movies.shochiku.co.jp/endroll/
作品基本データ
原題:LAST FILM SHOW
製作国:インド、フランス
製作年:2021年
公開年月日:2023年1月20日
上映時間:112分
製作会社:Monsoon Films, Jugaad Motion Pictures, Stranger88 Production, Virginie Films, Incognito Films
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本・美術:パン・ナリン
製作総指揮:ヤシュ・ゴンザイ、ヘマント・チャウダリー、シュバム・パンディヤ
製作:パン・ナリン、ディール・モーマーヤー、マーク・デュアル
共同製作:ヴィルジニー・ラコンブ、エリック・デュポン
撮影:スワプニル・S・ソナワネ
音楽:シリル・モラン
音響:ギルズ・ベルナドー、ミカエル・バール、ハリクマール・M・ナイル、リンク・パターク
編集:シュリーヤス・ベルタンディ、パヴァン・バット
衣裳デザイン:シア・セス
メイクアップ:サラ・メニトラ
キャスティング:ディリップ・シャンカール
キャスト
サマイ:バヴィン・ラバリ
ファザル:バヴェーシュ・シュリマリ
サマイの母:リチャー・ミーナー
サマイの父:ディペン・ラヴァル

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。