追悼 ゴダール映画の食べ物

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さる9月13日、フランスの映画監督、ジャン・リュック・ゴダールの訃報に接した。

 1965年作品「気狂いピエロ」がオールタイムベストである筆者は、ゴダールはいつまでも生き続けると勝手に思い込んでいたので、にわかには信じられなかった。そして、映像表現に数々の革新をもたらした、映画史上最高の映画作家の死に対する、世間の反応の薄さに憤りもした。彼の死から1カ月以上たった今も気持ちの整理がついていないが、この場を借りてゴダール作品に登場した食べ物を振り返ることで、筆者なりの追悼の心を捧げたいと思う。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

「ウイークエンド」の“聖餐”

 1960年、「勝手にしやがれ」で鮮烈なデビューを果たしたゴダールは、「気狂いピエロ」で商業映画としての頂点を極めた後、新たな道を模索し始めた。1967年の「中国女」では、毛沢東主義者の学生を描くなど、政治的な内容が目立つようになる。これは若者たちにも影響を与え、1968年の五月革命のさなかのカンヌ国際映画祭中止と、映画作家グループの「ジガ・ヴェルトフ集団」の結成につながっていく。

 1967年の「ウイークエンド」は、「中国女」の後に製作された。コリンヌ(ミレーユ・ダルク)とロラン(ジャン・イアンヌ)の“仮面夫婦”が、遺産相続のため妻の実家に向かう途中で、大渋滞や交通事故など、さんざん道草を食った挙句、衝撃的な結末に至る内容で、ゴダール流の文明批評になっている。ロランと愛人の会話に登場するミルクと卵、車を失った夫婦がヒッチハイクで出会うアラブ人とアフリカ人が、バゲットをむしゃむしゃ食べながら政治的主張を唱えるシーンなどが印象的だ。そして、FLSO(劇中のビートニク・ゲリラ)による“聖餐”は、観る者に戦慄を覚えさせることだろう。

「カルメンという名の女」のジャム男とブリオッシュ

 1972年、大作「万事快調」を撮り上げた後、ジガ・ヴェルトフ集団を解散したゴダールは、ビデオ映画に新たな可能性を見い出す。そして1979年、「勝手に逃げろ 人生」で商業映画に復帰。その3作目が1983年のベルリン国際映画祭金獅子賞受賞作「カルメンという名の女」である。本作は、オペラ「カルメン」に着想を得たものだが、悪女にほれた男が破滅の道をたどる構成は、「気狂いピエロ」のセルフリメイクともとれる。

 銀行強盗の一味であるカルメンX(マルーシュカ・デートメルス)が、銀行を警備していた憲兵のジョセフ(ジャック・ボナフェ)と銃撃戦の末、恋に堕ちる。2人は偽装のため手を縛って逃亡。途中立ち寄ったガソリンスタンドに隣接したコンビニで、手を縛ったまま一緒にトイレに入る。そこに居合わせたのが、瓶詰めのジャムを舐めている男(ジャック・ヴィルレ)。この男の登場は、とくに意味はないのだが、用を足す2人を見ながら空になった瓶に指を突っ込み、キュッキュと音を出しながら最後の一滴まで舐め尽くそうとする姿が印象的だ。

「カルメンという名の女」より。カフェに現れたジャン叔父さんはブリオシュを注文する。
「カルメンという名の女」より。カフェに現れたジャン叔父さんはブリオシュを注文する。

 また、本作にはゴダール本人が、かつては有名な映画監督だったが、現在は精神科に入院しているカルメンの叔父、ジャン・リュック・ゴダールとして登場。カルメンはジャン叔父を利用した強盗を計画しており、強盗一味のリーダー、フレッド(クリストフ・オダン)が打ち合わせのためジャンをカフェに呼び出す。

 ジャンはカフェに着くなり、毛沢東は中国全体を養った偉大な料理人だったとか、ゴダール流の意表をつく発言でフレッドを煙に巻く。そのジャンが注文したのはブリオッシュ。牛乳、バター、卵を使ったフランスの菓子パンで、伝説としてマリー・アントワネットが言ったと言われる「パンが食べられないのならブリオッシュを食べればいいのに」というセリフは有名である(本連載第202回参照)。ヘビースモーカーの“ジャン叔父さん”が、ちょこんと座ってブリオッシュを食べている様は、お茶目に感じられる。

人生最大の野望

 ゴダールの訃報で気になったのは、その死因である。かつてゴダールは、「勝手にしやがれ」の中で、小説家役で出演した「サムライ」(1967)の映画監督、ジャン・ピエール・メルヴィルに「人生最大の野望」についてこう言わせている。

「不老不死になって死ぬことです」

 最後までゴダールらしい人生を全うされたと感じた。ご冥福をお祈りしたい。


【ウイークエンド】

作品基本データ
原題:Weekend
製作国:フランス、イタリア
製作年:1967年
公開年月日:1969年10月25日
上映時間:95分
製作会社:フィルム・コペルニク、アスコット・チネライド
配給:ATG
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督・脚本:ジャン・リュック・ゴダール
製作:ラルフ・ボーム
撮影:ラウール・クタール
音楽:アントワーヌ・デュアメル
キャスト
コリンヌ:ミレーユ・ダルク
ロラン:ジャン・イアンヌ
サン・ジュスト:ジャン・ピエール・レオ
FLSOのボス:ジャン・ピエール・カルフォン
ボスの女:ヴァレリー・ラグランジュ
ピアニスト:ポール・ジェゴフ
エミリー・ブロンテ:ブランディーヌ・ジャンソン

(参考文献:KINENOTE)


【カルメンという名の女】

作品基本データ
原題:Prenom Carmen
製作国:フランス
製作年:1983年
公開年月日:1984年6月23日
上映時間:85分
製作会社:サラ・フィルム、JLG・フィルム、アンテンヌ2
配給:フランス映画社
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:ジャン・リュック・ゴダール
脚色:アンヌ・マリー・ミエヴィル
製作:アラン・サルド
撮影:ラウール・クタール
録音:フランソワ・ミュジー
編集:シュザンヌ・ラング・ヴィラール
衣裳:ルネ・ルナール
オペレーター:ジャン・グレースノート
キャスト
カルメンX:マルーシュカ・デートメルス
ジョセフ:ジャック・ボナフェ
クレール:ミリアム・ルーセル
フレッド:クリストフ・オダン
ジャン叔父さん:ジャン・リュック・ゴダール
看護師:ヴァレリー・ドレヴィル
ジャムを舐める男:ジャック・ヴィルレ
ウェイター:アラン・バスティン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。