2年の時を経て、甘利田先生がスクリーンに戻ってきた。現在公開中の「劇場版 おいしい給食 卒業」は、TVドラマ「おいしい給食(season1)」(2019)と「劇場版 おいしい給食 Final Battle」(2020、本連載第232回参照)の2年後を描いたTVドラマ「おいしい給食 season2」(2021)の完結編となる劇場用映画である。
※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。
ワンパターン中のアドリブ
1986年夏、劇場版一作目で教育委員の鏑木(直江喜一)の逆鱗に触れ、常節(とこぶし)中学校を追われた数学教師・甘利田幸男(市原隼人)は、新天地の黍名子(きびなご)中学校で、3年1組の担任として“給食道”を謳歌していた。そこに常節中学校から、かつて甘利田と給食バトルを繰り広げた生徒・神野ゴウ(佐藤大志)が転校してくる。背が伸び、声変わりもして成長したゴウは、甘利田のクラスに編入。再び給食バトルの幕が開く——というのが、ドラマseason2の概要である。それに続く劇場版2作目は、秋から卒業までの半年間を描いている。
今回もフードスタイリスト・松井あゆこの手による“うまそげ”な給食が多数登場するが、一つひとつのメニューについては、本編でご覧いただきたいので、あえて触れないことにする。
別の視点から見ると、ドラマseason1以来、給食のシークエンスは、以下のようなパターンを踏襲している。
- 教室で。生徒たちが机を向かい合わせにする。
- 廊下で。給食当番が配膳室から給食を運んでくる。
- 教室で。給食バットの蓋が開き、本日のメニューの数々が姿を現す。
- 列を作った生徒たちに給食当番が給食を配っていく。列の中には甘利田の姿も。
- 校歌の額が映し出され、生徒たちが校歌を斉唱する。甘利田は踊りながら歌い、最後に机に手をぶつける。
- 日直が「手を合わせてください。いただきます」の号令をかける。
- 甘利田も手を合わせ、「いただきます」と呟き、メガネを外す。
- 校内放送のスピーカーのアップ。ポール・モーリア風のレトロなサウンドのイージーリスニングがかかる。
- 給食メニューの全体像と個々のアップカット。甘利田による紹介ナレーションがかぶる。
- いざ実食。甘利田の
蘊蓄 を交えた食レポを合成映像とSE(効果音)が補完する。 - 甘利田、アップテンポな音楽をバックに、残りの給食を一気呵成に食う。
- 食べ終わった甘利田。「今日も仕上がった。ごちそうさまでした」と呟き、椅子に寄りかかる。
- ハッと起き上がる甘利田。メガネをかけ、ゴウの方を見る。
- アイデアと創意工夫を凝らしたゴウの食べ方に愕然とする甘利田。
- 甘利田、自分の食べ方を回想。反省する。
- 「また、負けた」と落ち込む甘利田。
この中で、今回とくに磨きがかかっているのが5と9〜16のくだりである。甘利田のアクションは、ドラマseason1の最初の頃と比べるとかなりオーバーになっており、時にはアドリブのような演技もある。聞くところによると、甘利田のアクションシーンは、ナレーションを先に録音し、SEや音楽とミックスした音声素材を撮影現場で流し、それに合わせて俳優が演技するプレスコ(prescoring)の手法で作られているという。実際、完成した映像を観ていると、それ以外のやり方はあり得ないことがわかる。確立したワンパターンの中で毎回違う楽しみが味わえる。これが、本作の魅力の一つである。
主演の市原隼人は、TVドラマ「ROOKIES」(2008)と、その続編である映画「ROOKIES -卒業-」(2009)での、熱血教師に鍛えられる野球部員・安仁屋恵壹のイメージが強かったが、本シリーズでは、攻守所を変えて教師になった。顔を必要以上に相手の顔に近付けて話すアンチ・コロナ的熱血漢であると同時に、意外と抜けている二枚目半を演じることで、新境地を開拓している。
駄菓子屋での“敗戦処理”
ドラマseason2から新たに加わったのが、甘利田が帰宅途中に立ち寄る駄菓子屋のシーンである。お春(木野花)が営む駄菓子屋での買い食いは、黍名子中学校に赴任後、甘利田が見つけた給食に次ぐ新たな楽しみだった。それは、彼の母親が作るまずい晩飯前の小さな贅沢であり、ゴウとの給食バトル再開後は、敗戦で折れた心を癒す場にもなった。
ベビースターラーメン、糸引き飴、チョコバット、よっちゃんイカ、ふ菓子、すもも漬け等、100円以下で買えるロングセラー駄菓子の数々が子供の頃のノスタルジーを誘う。本作では、ホームランバーとモロッコヨーグルが登場。また、堅物の学年主任・宗方早苗(土村芳)と甘利田の駄菓子屋でのやり取りは、後のストーリー展開に大きく関わってくる。そこにからんでくるアイテムは、ウイスキーボンボンと奈良漬けのおにぎりである。
給食センターからの挑戦
今回、甘利田とゴウに加え、もう一人“給食愛”を持つ人物が登場する。給食センターの主任・四方田岳(登坂淳一)。これまで甘利田にとって給食センターとは、おいしい給食を提供してくれる“善意の第三者”であり、姿が見えないものであった。それが、四方田の打ち出した「健康増進献立計画」による新メニューによって、否応なく意識せざるを得なくなるのである。新メニューは、栄養改善と肥満防止を目的に、油分を減らし、七つの栄養素を程よくブレンドしたもの。四方田としては良かれと思って施した改革であるが、本作ではその実態を、メニュー変更前と変更後のかき玉汁の変化として表現している。
四方田の背後には、甘利田を目の敵にする“あの男”の存在が見え隠れしていたが、教師である甘利田は、給食の中身についてとやかく言うことは許されない立場。しかし、新メニューの給食について、甘利田と同じことを感じていたゴウは、さらにある変更が施されることを知り、行動を起こす。それを知った甘利田は……。
クライマックスの舞台となる給食センターのセンター長会議の部屋は、リアリティよりも本質を重視した法廷のような作りになっていて、ディスカッションに相応しい場となっている。
楽しい給食バトルの後に、給食の危機が訪れ、宿命のライバルである甘利田とゴウが呉越同舟するという構成は、劇場版一作目と同じ。本作では、甘利田とゴウから気づきを得た四方田の“お返し”にも注目である。
1980年代を感じさせるキャスティングと風景
鏑木役の直江喜一が、ドラマ「3年B組金八先生2」(1980)に加藤優役で出演していたことは、本連載第232回で述べた。本作では、角川映画「セーラー服と機関銃」(1981)で目高組のチンピラを演じた黍名子中学校校長・箕輪光蔵役の酒井敏也、1980年代を代表するアイドルの一人で、ドラマ「不良少女とよばれて」(1984)に主演した給食のおばさん・牧野文枝役のいとうまい子(旧芸名:伊藤麻衣子)らも出演し、1980年代の空気感を出すことに貢献している。
常節、黍名子と、中学校の名前は魚介類に由来しているが、シリーズを通してのロケ地となった埼玉県比企郡川島町は、川越市と東松山市の中間に位置する内陸の町である。1980年代といっても違和感がない、シラサギやカエル等が棲息する豊かな田園風景が広がっている。
【劇場版 おいしい給食 卒業】
- 公式サイト
- https://oishi-kyushoku2-movie.com
(ブラウザによっては表示に異常が発生しますのでご注意ください) - 作品基本データ
- 製作国:日本
- 製作年:2022年
- 公開年月日:2022年5月13日
- 上映時間:104分
- 製作会社:「おいしい給食」製作委員会(企画:AMGエンタテインメント/制作プロダクション:メディアンド)
- 配給:AMGエンタテインメント(配給協力:REGENTS)
- カラー/サイズ:カラー/16:9
- スタッフ
- 監督:綾部真弥
- 企画・脚本:永森裕二
- 製作総指揮:吉田尚剛
- プロデューサー:岩淵規
- 撮影:小島悠介
- 美術:伊藤悟
- 小道具:千葉彩加
- 音楽:沢田ヒロユキ・ペイズリィ
- 主題歌:鶴魁道 feat.Ayaki
- 録音:井家眞紀夫
- 整音:田中俊
- 効果:佐藤祥子
- 照明:藤森玄一郎
- 編集:岩切裕一
- 衣裳:小磯和代
- ヘアメイク:遠藤一明
- グレーディング:河野文香
- ポスプロ・マネージャー:豊里泰宏
- 制作担当:田山雅也
- 助監督:阿部満良
- フードスタイリスト:松井あゆこ
- キャスト
- 甘利田幸男:市原隼人
- 宗方早苗:土村芳
- 神野ゴウ:佐藤大志
- 真野浩太:勇翔
- 牧野文枝:いとうまい子
- 鏑木:直江喜一
- お春:木野花
- 箕輪光蔵:酒井敏也
- 皆川佐和子:山崎玲奈
- 真田幸助:田村侑久
- 四方田岳:登坂淳一
(参考文献:KINENOTE)