森の宝石と妖精のような老人

[274] 「白いトリュフの宿る森」から

キャビア、フォアグラと並び世界三大珍味とされるトリュフ。なかでも、イタリア北部、ピエモンテ州アルバの豊かな土壌で育つ白トリュフは、最も希少で高価な食材と言われる。栽培されたことはなく、森の中のどこに生えているのかわからないそれを採集するのは、トリュフハンターと呼ばれる老人たちと相棒の犬たち。本作は、何世代にもわたる伝統的な方法で“森の宝石”を探し出すトリュフハンターたちのドキュメンタリーである。

3年がかりで築いた老ハンターとの信頼関係

 監督のマイケル・ドウェックとグレゴリー・カーショウは、ピエノンテ州に旅行した際に、ある噂を耳にした。

「夜になると森に白トリュフを探しに出てくる、まるで妖精のようなおじいさんたちがいる……」

 この噂を確かめるべく、監督たちは約3年にわたってトリュフハンターたちの生活に入り込み、信頼関係を構築。その結果、これまで明かされることのなかったトリュフハンターたちの日常と白トリュフ狩りの実態を映し出すことに成功した。日常のシーンは、ワンシーン・ワンカットのフィクス(固定撮影)で、絵画的な雰囲気を醸し出している。一方、白トリュフ狩りのシーンは、犬の頭部に小型カメラとマイクを装着。犬の鋭い嗅覚が広い森の中から白トリュフを見つけ出す様を、犬の激しい動きと息づかいと共にリアルに伝えている。

 製作総指揮に、第90回アカデミー賞で脚色賞を受賞した「君の名前で僕を呼んで」(2018)の監督、ルカ・グァダニーノが名を連ねているのも注目点である。

顔の傷はライバルと妻を恐れて

 カルロ・ゴネッラは87歳の農家兼トリュフハンター。夜になると森に白トリュフを探しに出るという、噂のおじいさんの一人である。ライバルに狩り場を知られることを恐れるあまり、灯りをつけずに森に入るため、顔は枝が当たっていつも傷だらけ。白トリュフ探しは、相棒の愛犬ティチーナの嗅覚だけが頼りで、ティチーナは主人の期待によく応えている。

 カルロの妻マリアは、夫に白トリュフ狩りをやめて農業に専念するように頼んでいる。しかし、白トリュフ狩りが生きがいのカルロは、妻の目を盗むように、夜になると窓から外に出て、狩りに出かけていくのである。

 夫婦揃って真っ赤に実ったトマトの選別をしたり、ワイン用のブドウを樽に入れたりする、ピエモンテ地方の農業の描写も興味をそそる。

後継者不在。いちばんの心配はそれではない

 81歳のトリュフハンター、アウレリオ・コンテルノには後継者がいない。後継者の不在は、アウレリオだけでなく本作に登場するトリュフハンター共通の課題である。アウレリオの許には、若いトリュフハンターが訪れ、死ぬ前に秘密の狩り場を教えてくれないかと迫るが、アウレリオは絶対に教えようとしない。

 妻子のいないアウレリオが唯一愛情を注ぐのは、相棒の愛犬ビルバである。一緒に食事をし、子供のように話しかける。いちばんの心配は、自分が死んだ後にビルバの面倒を見てくれる人が見つけられるかだと。

金の力がスローライフを破壊する

アルバ産の白トリュフで状態のよいものはオークションにかけられ、信じられないような値段がつく。
アルバ産の白トリュフで状態のよいものはオークションにかけられ、信じられないような値段がつく。

 78歳のアンジェロ・ガリアルディは、元軽業師という異色の経歴の元トリュフハンター。服装のセンスが良く、1941年製の小型トラクタを乗り回す洒落者である。

 アンジェロは最近、思うところがあってトリュフハンターをやめた。その理由をタイプライターで記録しようとする。最大の理由は、マナーの悪い新参者の登場である。高値で取引される白トリュフで一攫千金を目論む輩は、私有林への侵入どころか、毒を撒いてライバルのトリュフハンターの犬を殺そうとまでするのである。

 本作は、老いたトリュフハンターのスローライフを描いた作品であると同時に、後述の高値取引の件とあわせ、文明批評的な側面を持っている。

森を出た白トリュフの行方

 映画冒頭の白トリュフ狩りのシーンに登場するセルジオ・コーダは、今回登場するトリュフハンターの中で最年少の68歳。オフロード車で森の入り口に乗り付け、愛犬のフィオナとペペと共に白トリュフを探す日々を送っている。

 獲れた白トリュフはジャン・フランコ・クルティに売却。ジャン・フランコは、世界中の顧客に白トリュフを販売しているバイヤーである。本作では、地元アルバのミシュラン三つ星レストラン「Piazza Duomo」のシェフ、エンリコ・クリッパと路上で現金取引する貴重なシーンも収められている。

 大きくて丸く傷のない上物の白トリュフは、高額の取引やオークションに回される。鑑定するのは、78歳のパオロ・スタッキーニ。パオロの厳しい目を通って美術品さながらのオークションに回された白トリュフは、11万ドルで取引されたものもあるという。重量当たりの金額を考えると、日本のマグロの初競りも真っ青の高値である。

 筆者のような“食の貧困層”からすると、白トリュフは、一生食べることはなくても困ることのない食材のように思える。しかし、白トリュフの持つ独特の芳香と、他の食材と共鳴した時の得も言われぬ風味は、“食の快楽”を知ってしまったグルメたちを病みつきにさせるものなのだろう。パオロが、プッチーニのオペラ「トスカ」の一曲が流れるレストランで、白トリュフのスライスがたっぷりふりかけられた目玉焼きのチーズ添えを食するシーンに見せる至福の表情を見てそう感じた。


【白いトリュフの宿る森】

公式サイト
https://www.truffle-movie.jp/
作品基本データ
原題:THE TRUFFLE HUNTERS
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:イタリア、アメリカ、ギリシャ
製作年:2020年
公開年月日:2022年2月18日
上映時間:84分
製作会社:Beautiful Stories, Faliro House, Artemis Rising, Frenesy Film
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・撮影・プロデューサー:マイケル・ドウェック、グレゴリー・カーショウ
製作総指揮:ルカ・グァダニーノ他
共同製作:レティツィア・グリエルミーノ、レネ・サイモン・クルーズ・Jr
音楽:エド・コルテス
編集:シャーロット・ムンク・ベンツン
音響デザイン・レコーディングミキサー:スティーブン・ウラタ
キャスト
カルロ・ゴネッラ
マリア・チッチー
アウレリオ・コンテルノ
アンジェロ・ガリアルディ
エジディオ・ガリアルディ
セルジオ・コーダ
ジャン・フランコ・クルティ
パオロ・スタッキーニ

(参考文献:KINENOTE、「白いトリュフの宿る森」パンフレット)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。