料理・食事の時間が二人の時間

[265]「劇場版 きのう何食べた?」から

さる11月3日に公開された「劇場版 きのう何食べた?」をご紹介する。同棲するゲイのカップルを描いたマンガを原作とするドラマで、2019年に西島秀俊と内野聖陽のW主演でテレビドラマ化されて人気を集め、映画はその続編となる。二人の愛情のやりとりを料理と食事で表現することに成功しているところが人気の秘密と言えるだろう。注目のメニューを点描してみた。

 本作は、「西洋骨董洋菓子店」 「大奥」等で知られるよしながふみの漫画が原作(2007年より講談社「モーニング」で連載中)。2019年に西島秀俊と内野聖陽のW主演でテレビドラマ化されており、劇場版はその続編にあたる。

ラブシーンの代替としての食シーン

冷蔵庫が故障した小日向さん家からもらった高級魚のキンキをメインに、アサリ、ミニトマト、イタリアンパセリ等が入ったアクアパッツア。残った煮汁は〆のリゾットに。
冷蔵庫が故障した小日向さん家からもらった高級魚のキンキをメインに、アサリ、ミニトマト、イタリアンパセリ等が入ったアクアパッツア。残った煮汁は〆のリゾットに。

 都心の弁護士事務所に勤める弁護士の筧史朗〈シロさん〉(西島)と、町の美容室「フォーム」で働く美容師の矢吹賢二〈ケンジ〉(内野)。同棲中のゲイの二人が主人公のドラマである。昨今の性的マイノリティーに対する社会の(表向きの)認識改善に伴い、かつてはポルノまがいと見られていたゲイを題材とした小説、漫画、アニメ等のボーイズラブ作品にも市民権が与えられるようになり、ドラマ、映画等においても「おっさんずラブ」(2016〜)や本作のヒットによってBL系の作品が多数公開されブームとも言える状況を呈している。

 一方で、性的マイノリティーに対するいわゆる“生理的な嫌悪感”に起因する無理解や差別や偏見が根強くあるのも事実であり、それが本作のテーマの一つにもなっている。そうした状況のなかでも本作が世間一般に広く受け入れられた要因として挙げられるのが、「深夜食堂」(2009〜2019)、「孤独のグルメ」(2012〜2021)等と同様の料理ドラマとしての側面である。他のBL系作品では普通に見られるゲイ同士のラブシーンはなく、その代替として調理シーンが料理番組顔負けのレシピのモノローグ付きで詳述され、これがパートナー同士を結ぶ愛情表現として成立しているのである。

“ラブ食シーン”ピックアップ

 史朗はクールな性格で、ひと月の食費を25,000円以内に収める倹約家。そして、あくせく働いて稼ぐよりも、定時の18時で仕事を上がってプライベートを充実させることを優先している。帰宅途中で自宅近所の激安スーパー「中村屋」等に立ち寄り、無駄な出費を抑えながら食材を調達。冷蔵庫にあるものと組み合わせて夕食を作ることに充実感を感じている。自分がゲイであることは一部の親しい人を除いて公言していない。

 一方、賢二は、史朗とは対照的に明るくオープンな性格。料理は基本的に史朗に任せ、食事の準備や食後の洗い物を手伝うのを日課としている。

 この二人にとって、一緒に料理を作ったり、食卓でおいしい料理を食べながら過ごす時間は、日々の出来事や思いを語り合う大切な“愛”のひと時である。

 劇場版は、ドラマシリーズでの紆余曲折を経て絆を深めた二人が、賢二への早めの誕生日プレゼントとして史朗が企画した京都旅行に出かける秋から翌年の花見の季節までの数カ月を描いている。

 劇場版に登場する料理を時系列順に見ていこう。

  • 京都では賢二がTVで観て来たがっていた「日の出うどん」のカレーうどんに舌鼓を打つ。実はこの旅行には史郎のある思いが込められていることが後で明らかになる。
  • 帰京後、弁護士事務所で所長の上町美江(高泉淳子)からりんごのおすそ分けをもらった史朗は、賢二のためにりんごのキャラメル煮を作り、トーストに載せる。それを見た賢二は、さらに“禁断の”高カロリー・アレンジ。カロリーにうるさい史朗もその誘惑には勝てず……。
  • 史朗と賢二のゲイ仲間、小日向大策(山本耕史)の家の冷蔵庫が故障し、高級食材を抱えてパートナーの井上航(磯村勇斗)と共に筧家にやってくる。史朗は買い物仲間の主婦・富永佳代子(田中美佐子)をヘルプ招集。彼女の指導の下、牛ブロックをローストしない「なんちゃってローストビーフ」に、キンキを家の冷蔵庫にあった冷凍アサリも使ってアクアパッツアにし、その煮汁で〆のリゾットまで作る。
  • 今年から実家に帰ることをやめ、賢二と二人で正月を過ごすことにした史朗は、初めてのおせち料理作りに挑戦。8時間かけて煮込んだ黒豆に、出汁巻き玉子、紅白なますと関東風雑煮で「明けましておめでとうございます」。
  • ある理由から脂肪分を控え始めた賢二のために史朗はぶり大根を作る。賢二は厚揚げの味噌はさみ焼きの下ごしらえを手伝うが、彼はここでしくじり……。
  • 史朗は、子供の頃にお気に入りだったケチャップとめんつゆのソースを絡めた肉団子の作り方を母・久栄(梶芽衣子)から教わり、花見弁当のおかずに加える。離れていても同じ料理を作ることでつながっている親子の絆。コロナ禍でしばらくできていないお花見でビールを飲みながら弁当をつまむというシチュエーションは、一筋の希望を感じさせる。

 これら“ラブ食シーン”は、それぞれ、物語の本筋と密接に関わっているのだが、それは本編で楽しんでいただきたい。

 なお、それぞれの料理の詳しいレシピは「公式ガイド&レシピ きのう何食べた? 〜シロさんの簡単レシピ2〜」(講談社)に載っている。

 また、食品サンプルのイワサキ・ビーアイが、本作に登場する料理を食品サンプルで再現し、東京ミッドタウン日比谷で展示を行った(10月22日〜10月31日)。展示は終了したが、展示した食品サンプルを抽選でプレゼントするキャンペーンを行っている(応募は11月8日23:59まで)。

食品サンプルの表現力で驚きと感動をお届けしている「元祖食品サンプル屋」が 劇場版「きのう何食べた?」とタイアップキャンペーン!
https://www.ganso-sample.com/kntxgs202111/

【劇場版 きのう何食べた?】

公式サイト
https://kinounanitabeta-movie.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2021年
公開年月日:2021年11月3日
上映時間:120分
製作会社:劇場版「きのう何食べた?」製作委員会(製作幹事:テレビ東京、エイベックス・ピクチャーズ/企画協力:講談社/制作プロダクション:エイベックス・ピクチャーズ、ザフール)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:中江和仁
脚本:安達奈緒子
原作:よしながふみ
企画監修:神田祐介
チーフプロデューサー:阿部真士
プロデューサー:佐藤敦、瀬戸麻理子、齋藤大輔
撮影:柴崎幸三
照明:赤羽剛
録音:齋藤泰陽
美術:井上心平
装飾:櫻井啓介
編集:鈴木真一
音楽:澤田かおり
主題歌:スピッツ
音響効果:丹愛
スタイリスト:カワサキタカフミ
衣裳:加藤みゆき
ヘアメイク:市川温子
ヘアメイク(内野聖陽):佐藤裕子、柴崎尚子
制作担当:櫻井紘史
助監督:サノキング
スクリプター:松村陽子
VFXスーパーバイザー:進威志
フードスタイリスト:山崎慎也
キャスト
筧史朗:西島秀俊
矢吹賢二:内野聖陽
小日向大策:山本耕史
井上航:磯村勇斗
三宅祐:マキタスポーツ
三宅玲子:奥貫薫
田渕剛:松村北斗
上町美江:高泉淳子
上町修:チャンカワイ
筧悟朗:田山涼成
筧久栄:梶芽衣子
富永佳代子:田中美佐子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。