信頼を取り戻す五味のスープ

[254]「ラーヤと龍の王国」から

今回取り上げる「ラーヤと龍の王国」は、今年3月に公開されたディズニー配給作品。東南アジアからインスプレーションを得た架空の地域クマンドラの5つの国を舞台に、そのうちの一国であるハート国の姫、ラーヤ(声:ケリー・マリー・トラン)を主人公とする冒険ファンタジーアニメーションである。

スープに込めた願い

クマンドラ統一のために他の4国の人々を招いたベンジャが、もてなしのために用意したスープ。
クマンドラ統一のために他の4国の人々を招いたベンジャが、もてなしのために用意したスープ。

 かつてクマンドラは一つの国で、人は魔力を持つ龍と平和に共存し、この世の楽園を作り上げていた。そこに突然ドルーンが現れて炎のように拡がり、それに触れた者を石に変えていった。

 龍たちは、彼らの魔法の力のすべてを一つの石に込めて兄弟の龍シスーに託す。最後の龍となったシスーは石を使ってドルーンを倒した後に姿を消す。

 石になった者は元に戻り、クマンドラに平和が戻ったように見えた。ところが、人々は残された龍の石を巡って醜い争いを始め、クマンドラはハート国、テール国、タロン国、スパイン国、ファング国の5つの国に分裂してしまった。

 500年後、ハート国の首長でラーヤの父、ベンジャ(声:ダニエル・デイ・キム)は、平和的な話し合いでクマンドラを再び一つにしようと、ほかの4つの国の人々をハート国に招く。そのもてなしの食事の一つとして用意したのが、テール国のエビペースト、タロン国のレモングラス、スパイン国のタケノコ、ファング国の唐辛子、ハート国のパームシュガーという5つの国の味をミックスしたスープである。疑心暗鬼にかられ、互いを牽制する人々に向かってラーヤが言う。

「ねえ、お腹空かない?」

 5つの国の人々が一緒に食事をすることで、信じ合える関係になることがベンジャとラーヤの願いだった。しかし、事態は最悪の方向に向かってしまうのである。

 そして舞台はその6年後へ。

ドライフルーツとエビ・コンジー

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 クマンドラは、龍の形をした河川が全土を巡っていて、5つの国の名前はハート(心臓)、テール(尾)、タロン(爪)、スパイン(背骨)、ファング(牙)というように、龍の身体の部位にちなんでいる。そのテール国の未開地を、18歳になったラーヤがペットのトゥクトゥク(声:アラン・テュディック)に乗って疾走する。マスク姿のラーヤと王蟲に似たトゥクトゥクのヴィジュアルは、「風の谷のナウシカ」のディストピア世界、腐海のイメージを想起させる。

 5つの国の会食の悲劇の後、ラーヤはシスーの消息を追って、クマンドラの隅々を捜索していた。そして6年を経て最後にたどり着いた最果ての地テール国で、ラーヤはついにシスーを見つけ出す。

 シスーは500年前にドルーンを倒した後ずっと眠っていたらしく、開口一番「これって食べ物? 世界を救うのに忙しくて今日は朝ごはんがまだなの」と、ラーヤが携行している干したジャックフルーツ(パラミツの実)で空腹を満たそうとする。ところが口に合わなかったらしく「このおいしい食べ物は何? シェフに感謝しなくちゃ」と皮肉を言う。

 伝説の龍のイメージとは違うマシンガントークに呆気にとられるラーヤ。ラーヤはあのスープの席でいったんは信じた人に裏切られて以来、ひとをいっさい信じることなく生きてきた。実はトゥクトゥクも嫌がるほどまずいというドライジャックフルーツは、ラーヤの乾いた心の象徴とも言えるものだ。そして、恵みの水と雨の象徴である龍のシスーがラーヤの乾いた心を潤していくのがこの物語の肝であり、火と煙と灰をイメージさせるドルーンと対照をなしている。

ラーヤとシスーは再生の鍵となる5つに分裂した龍の石を一つに集める旅を始めるが、敵対者に追われたラーヤがシスーといっしょに逃げ込んだ先は、港に停泊する食堂船「エビ大好き号」(Shrimporium)。そこでラーヤは、シェフ兼船長のブーン(声:アイザック・ワン)を雇ってタロンに向かう。しかし、ラーヤはブーンのことも信じようとせず、彼の作るエビ・コンジー(お粥)も毒が入っているのではないかと疑って手をつけようとしない。それなのにシスーはお構いなしにうまいうまいと舌鼓を打ち、調子に乗って辛子をかけ過ぎて痛い目に合うなどといったユーモラスなシーンは、作品のアクセントになっている。

 龍の石のかけらを探す旅の過程で仲間が増えていく。それにつれてラーヤにも人を信じる心が芽生えてくる。最後の目的地に乗り込む前、ラーヤは父が作ったのと同じあのスープを皆にふるまう。それが、ラーヤの心の復活の何よりの証拠と言えるだろう。

ハイブリッド配信の波紋

 本作は、アメリカと同様に日本でも劇場公開と同時にディズニーの公式動画配信サービス「Disney+」での配信がスタートする「ハイブリッド配信」(本連載第246回参照)での公開となったが、日本では全国興行生活衛生同業組合連合会(全興連)が今年に入って打ち出した「これまで通りの形式で劇場公開をしない作品については上映しない」という意向により、大手シネコンチェーンの一部が上映を見送った(先日公開されたディズニー配給の実写映画「クルエラ」でも同様の事態が発生している)。

 これは昨年、コロナ禍の影響でディズニー配給の「ムーラン」「ソウルフル・ワールド」の劇場公開が中止され、「Disney+」での配信のみとなったことからくる映画館側の不満が背景となっている。コロナ禍がもたらした特殊な事情ではあるが、ピクサー、20世紀スタジオ、ルーカスフィルム、マーベル・コミック等を傘下に持つディズニーだけに影響は大きく、今後の成り行きが気になるところである。


【ラーヤと龍の王国】

公式サイト
https://www.disney.co.jp/movie/raya.html
作品基本データ
原題:RAYA AND THE LAST DRAGON
製作国:アメリカ
製作年:2021年
公開年月日:2021年3月5日
上映時間:107分
製作会社:Walt Disney Pictures / Walt Disney Animation Studios
配給:ディズニー
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ドン・ホール、カルロス・ロペス・エストラーダ
脚本:アデル・リム、キュイ・グレン
製作:ピーター・デル・ヴェッコ、オスナット・シューラー
撮影:ロブ・ドレッセル、アドルフ・ルシンスキー
美術:ポール・フェリックス、ミンジュ・ヘレン・チェン、コーリー・ロフティス
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
編集:ファビアンヌ・ローリー、シャノン・スタイン
キャスト(声の出演)
ラーヤ:ケリー・マリー・トラン
シスー:オークワフィナ
ベンジャ:ダニエル・デイ・キム
ナマーリ:ジェンマ・チャン
ナマーリ(少女時代):ジョナ・シャオ
ブーン:アイザック・ワン
トング:ベネディクト・ウォン
ヴィラーナ:サンドラ・オー
ダン・フー:ルシル・スーン
ノイ:タライア・トラン
トゥクトゥク:アラン・テュディック

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。