「種まく旅人」の食を志す人々

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現在公開中の「種まく旅人 華蓮ハスのかがやき」は、「種まく旅人」シリーズの第4作である。このシリーズは第1次産業に携わる日本各地の人々の仕事と暮らしを、調査に訪れた農水省官僚の目を通して描いたもので、淡路島を舞台とした第2作「種まく旅人 くにうみの郷」(2015)は本連載第104回で取り上げている。今回は第1作「種まく旅人 みのりの茶」(2011)の公開から10年を迎えたこのシリーズを振り返りながら、新作についても述べていく。

「種まく旅人 みのりの茶」大分県臼杵市の有機釜炒り茶

「種まく旅人 みのりの茶」は大分県臼杵市が舞台。東京でデザイナーの仕事をリストラされた森川みのり(田中麗奈)が、突然の病に倒れた祖父・修造(柄本明)の代わりに有機栽培の緑茶生産に取り組む姿を描いている。みのりが臼杵で出会ったのは、全国の農家を回っては作業を手伝っているという大宮金次郎(陣内孝則)。“金ちゃん”の愛称で呼ばれ、地元の人たちと酒を酌み交わす金次郎、実は農水省から赴任してきた農政局長なのだが、畑では別人のように振る舞っているため、誰も正体を知らないという、水戸黄門的なドラマが展開する。

 有機栽培のため、葉に付いた虫を一匹一匹つぶしたり、朝抜いても夕方にはまた生えてくる雑草と格闘したり、都会育ちには慣れない作業でヒステリーを起こすみのりに金次郎は言う——雑草(の発生状況)が次の作業を教えてくれると。

 チャ赤焼病(細菌によって起きるチャノキの病気)が発生した際には、農薬の使用を勧める市役所農政課の木村卓司(吉沢悠)に対し、土からしっかり作ってきたから抵抗力はあるはず、お茶の力を信じましょうと病気にかかった枝を一本一本抜いていく。

 その甲斐あって健康に育った茶葉を、現在の日本では一般的な蒸し行程ではなく炒る行程によって殺青する(茶葉の持つ酵素を失活させて発酵させないようにする)「釜炒り」によって荒茶(製品としての茶の原料となる茶)を作る。本格的な茶摘みの日が迫る中、味、香り、水色等が決まる荒茶の段階で納得のいくおいしいお茶を作るため、炒り時間等で試行錯誤を重ねるみのり。そんな彼女の助けになったものとは……。

 実は金次郎も農水省は中途採用で、その前の失敗体験が肥しになっていた。みのりと金次郎、再チャレンジ組の奮闘と、修造、みのりの父・修一(石丸謙二郎)、みのりの親子三代の絆、みのりと卓司の恋愛模様、青年会、婦人会等、面倒くさいけれどもいざというときには総出で駆けつけてくれる地域コミュニティのユイ(結)が、お茶作りとうまくリンクした作品であった。

「種まく旅人 夢のつぎ木」岡山県赤磐市の「赤磐の夢」

 シリーズ第3作「種まく旅人 夢のつぎ木」(2016)は岡山県赤磐市が舞台。片岡悠斗(池内博之)は、両親を早くに亡くし、彩音(高梨臨)と知紗(安倍萌生)、二人の妹を養うために天文学者の夢を諦め家業を継いで桃農家になった。ところが、白桃から糖度が高く独特の香りがする実が採れた枝を接ぎ木し、できた桃を「赤磐の夢」と名付け農水省に品種登録出願した矢先に病に倒れ急逝する。その兄の夢を、東京で女優を目指していた彩音が自分の夢を諦めて帰郷し、継ぐ。

 一方、「種まく旅人 みのりの茶」の市役所農政課の木村卓司は森川みのりとの恋を実らせ、森川家の婿養子、緑茶農家となったが、その弟・木村治(斎藤工)は、兄の背中を見て育ち、霞が関から日本の農政を変えてやろうと意気込んで農水官僚となる。だが、日々の業務に忙殺されているうちに夢を見失い、軽薄な“劣化官僚”になってしまった。

 そんな治を見かねた事務次官の太田忠志(永島敏行)は、治に「日本で今いちばん桃の栽培に真剣に取り組んでいる」赤磐を調査してレポートを出すよう命令。その赤磐で案内役となったのが赤磐市役所に勤める彩音で、彼女が治に影響を与えていく。

 そのように、人の夢の継承を接ぎ木にたとえたドラマとなっている。

 彩音は、家業の桃作りに励むかたわら、選果場で規格外になった桃を果実酒の原料として高橋浩一(井上順)・直輝(辻伊吹)親子の酒蔵に納め、市役所では赤磐市のマスコットゆるキャラ「あかいわモモちゃん」の着ぐるみに入って振り込め詐欺への注意を呼びかけ、天文台では子供の自然学習の講師を務め、はたまた亡き兄の妻・美咲(海老瀬はな)が営むレストランでは桃を使った料理を撮影してブログにアップする……彩音の行動力には舌を巻くばかりだが、あることをきっかけに心がぽっきり折れてしまう。それを救うのは……。

 昨年惜しくも亡くなられた佐々部清監督のエモーショナルな演出が光る作品である。また無類のトマト好きの治が、桃の取材に来たはずの市場で、日本の生食用トマトのシェアNo.1である「桃太郎トマト」に目を奪われるシーンには、官僚の劣化そこまでかと唖然となった。

「種まく旅人 華蓮ハスのかがやき」石川県金沢市の鍬掘り加賀れんこん

高津農園のガーデンパーティーの場面に登場した加賀れんこんのお好み焼き。
高津農園のガーデンパーティーの場面に登場した加賀れんこんのお好み焼き。

 最新作「種まく旅人 華蓮ハスのかがやき」は石川県金沢市が舞台。「種まく旅人 くにうみの郷」で主役を務めた神野恵子(栗山千明)が再登板。農林水産省キャリア官僚の恵子は、事務次官の太田の命令で金沢の伝統野菜である加賀れんこんを生産する農業法人・高津農園を取材し、農業分野における女性活躍事例の広報事業「農業女子プロジェクト」でレポートすることになる。だが、うわべだけでは見えてこない未だに残る女性差別やムラ社会のネガティブな側面にぶちあたってしまう。

 一方、れんこん農家の山田竹市(綿引勝彦)・冨子(吉野由志子)夫婦は、れんこんの収穫を現在主流の水掘りではなく泥付きの桑掘りで行っていたが、彼らの息子・良一(平岡祐太)は、泥臭いれんこん作りを嫌い、大阪府堺市の信金に勤め、区役所に勤める伊藤凛(大久保麻梨子)と結婚の約束を交わしていた。ところが、竹市が多額の負債を抱えたまま急な病で倒れたことから、竹市の代わりにれんこんを作ることになる。そのため凛ともすれ違いが多くなり、信金の仕事でも問題を抱えて……。

 加賀れんこんは一般的なれんこんと比べてやや小ぶりで節間が短く、穴が小さく肉厚なのが特徴。デンプン質が多くもっちりとした食感がある。高津農園のガーデンパーティーの場面ではこの特性を生かし小麦粉等のつなぎを使わない加賀れんこんのお好み焼き、れんこんバ-グ等さまざまなメニューが紹介される。また恵子と良一が出会う居酒屋の場面での加賀れんこんのはす蒸し、山田家で冨子がふるまう酔い覚ましのはちみつれんこんも印象に残った。

シリーズに一貫性を持たせるキャストとスタッフ

 一作ごとに監督も主演も異なる「種まく旅人」シリーズに一貫性を持たせているのは、キャスト面では事務次官・太田忠志役の永島敏行。唯一全作に登場し、現地調査のため部下を各地に派遣してその果実を得る、ストーリーの黒幕的役割を果たしている。「種まく旅人 夢のつぎ木」のバッティングセンターの場面では、「ドカベン」(1977)、「サード」(1978)で見せた野球の腕前を披露。ちなみに、永島は俳優の仕事以外に農業コンサルタントとしても活動し、マルシェ「青空市場」の代表でもある。

 スタッフ面では全作で撮影を担当する阪本善尚が挙げられる。阪本は「HOUSE ハウス」(1977、本連載第226回参照)以降ほとんどの大林宣彦作品で撮影監督を務めたことで有名。本シリーズでは松下電器産業(現パナソニック)と共同で開発したデジタルビデオカメラ「VARICAM」を駆使して「種まく旅人 夢のつぎ木」の果樹園の夜景を大がかりな照明機材を組まずに防蛾灯の明かりだけで幻想的に映し出す等、全作を通じて一貫した画面クオリティを提供している。


【種まく旅人 みのりの茶】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2011年
公開年月日:2012年3月17日
上映時間:121分
製作会社:「種まく旅人~みのりの茶~」製作委員会(企画・制作プロダクション:ウィル・ドゥ/制作協力:松竹撮影所)
配給:ゴー・シネマ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:塩屋俊
脚本:石川勝己、三浦千秋
原案:青葉薫
製作総指揮:北川淳一
プロデューサー:清水啓太郎、加藤賢治、井汲泰之
撮影:阪本善尚
美術:乙竹恭慶
音楽監督:狩野泰一
音楽:宮本高奈
主題曲/主題歌:中村中
録音:矢野正人
音響効果:柴崎健治
照明:宮西孝明
編集:阿部亙英
衣裳/スタイリスト:宮本茉莉
アソシエイト・プロデューサー:赤井勝久
助監督:吉見拓真
キャスト
大宮金次郎:陣内孝則
森川みのり:田中麗奈
木村卓司:吉沢悠
森川修造:柄本明
森川修一:石丸謙二郎
市長:寺泉憲
栗原香苗:中村ゆり
衛藤フジエ:林美智子
太田忠志:永島敏行

(参考文献:KINENOTE)


【種まく旅人 くにうみの郷】

公式サイト
http://tanemaku.jp/kuniumi/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2015年
公開年月日:2015年5月30日
上映時間:111分
製作会社:「種まく旅人 くにうみの郷」製作委員会(制作プロダクション 松竹撮影所)
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
スタッフ
監督:篠原哲雄
脚本:江良至、山室有紀子
エグゼクティブプロデューサー:北川淳一
製作:吉田誠二郎、前田順一
プロデューサー:秋枝正幸、松井晶子
撮影:阪本善尚
照明:井寺幸二
美術:露木恵美子
録音:山方浩
音楽:松永貴志
主題歌:にこいち
音響効果:柴崎憲治
編集:川瀬功
キャスティング:杉野剛
ライン・プロデューサー:清水啓太郎
助監督:吉見拓真
キャスト
神野恵子:栗山千明
豊島岳史:桐谷健太
豊島渉:三浦貴大
麻衣:谷村美月
ハル:音月桂
志津子:根岸季衣
尾形部長:山口いづみ
津森泰一:豊原功補
桜井:重松収
太田忠志:永島敏行

(参考文献:KINENOTE)


【種まく旅人 夢のつぎ木】

公式サイト
http://www.tanemaku.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2016年
公開年月日:2016年11月5日
上映時間:106分
製作会社:制作プロダクション:松竹撮影所
配給:アークエンタテインメント
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:佐々部清
スーパーバイザー:大島勝好
脚本:安倍照雄
エグゼクティブプロデューサー:北川淳一
プロデューサー:秋枝正幸、松井晶子
撮影監督:阪本善尚
美術:若松孝市
音楽:田中拓人
音楽プロデューサー:佐々木次彦
主題曲/主題歌:にこいち
録音:渡辺真司
音響効果:柴崎憲治
照明:大久保武志
編集:川瀬功
ラインプロデューサー:井汲泰之
助監督:山本亮
キャスト
片岡彩音:高梨臨
木村治:斎藤工
片岡悠斗:池内博之
片岡知紗:安倍萌生
片岡美咲:海老瀬はな
岩渕源太郎:津田寛治
高橋直輝:辻伊吹
高橋浩一:井上順
森川卓治:吉沢悠
森川みのり:田中麗奈
太田忠志:永島敏行

(参考文献:KINENOTE)


【種まく旅人 華蓮のかがやき】

公式サイト
https://tanemaku-tabibito.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2020年
公開年月日:2021年4月2日
上映時間:108分
製作会社:KSCエンターテイメント(制作プロダクション:松竹撮影所)
配給:ニチホランド
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:井上昌典
脚本:森脇京子
エグゼクティブプロデューサー:北川淳一
製作:千口寿子
プロデューサー:千口成基、中嶋等
撮影監督:阪本善尚
美術:黒川通利
装飾:中込秀志
録音:松本悟
音響効果:勝亦さくら
照明:奥田祥平
編集:川瀬功
音楽制作:松竹ショウビズスタジオ
キャスティング:杉野剛
ラインプロデューサー:山田智也
助監督:大脇邦彦
キャスト
神野恵子:栗山千明
山田良一:平岡祐太
伊藤凛:大久保麻梨子
山田竹市:綿引勝彦
山田冨子:吉野由志子
仙北信用金庫支店長:木村祐一
太田忠志:永島敏行

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。