味覚障がいになった食の編集者

[248]「毎日爆裂クッキング」から

シェフ、パティシエ、ソムリエをはじめ、食品・飲料を扱う仕事に就いている人にとって味覚は命。ところが、もしもその味覚を失ってしまったらどうなるだろう。今回ご紹介する植木咲楽監督・脚本の「毎日爆裂クッキング」は、食の情報誌の編集者が味覚障がいになる、そんなお話である。

 ちなみに、最近の話題としては、新型コロナウイルス感染症の初期症状とされているものの一つに、味や匂いを感じにくくなるというものがあるが、コロナ以前からも近年は味覚障がいというものに関心が持たれるようになってきた。この障がいの原因としては新型コロナ感染症以外に、加齢、亜鉛の不足、口腔内が乾燥する口腔疾患、鼻づまりやアレルギー性鼻炎などによる風味障がいや、糖尿病や腎臓・消化器などのさまざまな病気の合併症、また、薬の副作用、ストレスによる心因性などがあるという(NHK健康チャンネル「味がわからない。味覚障がいの症状や原因・検査・治療法を徹底解説!」:https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_552.html

うさ晴らしの料理ショー

文の夢に夜な夜な出現し、傍若無人な料理ショーを展開する芳村花代子。
文の夢に夜な夜な出現し、傍若無人な料理ショーを展開する芳村花代子。

 食の情報誌「織る日々」の編集者・相島文(安田聖愛)は、上司の副編集長・皆月(今里真)のプレッシャーに日々苦しめられていた。朝4時に文の自宅に電話して翌日のアポを命じ、文が額面通り翌日にアポをとると、“翌日とは明けの当日のことだ”とコミュニケーションエラーを一方的に文のせいにして責め立てたり、社員一同に差し入れた高級オーガニック弁当の代金数万円を文に立て替えさせたり、嫌がらせとしか思えない皆月のパワハラに募らせたストレスのせいなのか、文は何を食べても味を感じない味覚障がいに陥り、唐辛子や塩といった調味料を大量に食事にかけ、無理矢理かき込む日々を送っていた。

 そんな文の夢には毎夜、敬愛するフードエッセイストの芳村花代子(渡辺えり)が赤いコックコートに緑のコック帽という「料理の鉄人」の衣装のようないでたちで現れ、フードプロセッサーに無茶苦茶に野菜を詰め込んだり、巨大な肉塊を棒で叩きまくったりという傍若無人な料理ショーを展開していた。

 これはある意味文の皆月に対する報復願望であり、この夢のおかげで辛うじて精神のバランスを保っていたと言えるかもしれない。

「畑食堂」の“救世主”

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 文は「織る日々」ホームページの連載記事「畑食堂」の執筆を担当していた。これはこだわりの生産者の現場にお邪魔し、そこで収穫したもので料理を作ってもらい、その味をレポートするというもので、今の文には荷が重いものだった。

 しかし、気分転換とばかりに作り笑いを浮かべ、三浦半島でこだわりの野菜づくりに取り組む農家(駒木根隆介)のもとを訪れる。海の近くという特性を活かした土づくりに気を配っているという農家を取材していると、バリ島の棚田での稲作研修から帰ってきたという農家の嫁(肘井ミカ)と出くわす。畑で獲れた新鮮な野菜を使った農家手作りの料理を、携行した調味料セットの助けを借りて食べようとする文の様子から敏感に異常を感じ取った嫁は、取材先にまでかかってくる皆月のパワハラ電話にいまにもキレそうな文を心配して声をかけるが、隠していた秘密を知られたことに動揺した文は、逃げるようにその場を立ち去ってしまう。

 翌日、「大丈夫、原稿は書ける」と自分を奮い立たせて「畑食堂」の記事に取り組む文の目の前に、なんと本物の芳村花代子が現れる。自著の打ち合わせに来たのだという花代子が「畑食堂」のファンだと聞いて文は一瞬舞い上がるが、「畑食堂」の執筆者は文ではなく上司の皆月だと聞かされていることを知る。その時、文のとった行動とは……。

若手映画作家の登竜門

 本作は、「ndjc2020」の1作として制作された。ndjcとはNEW DIRECTIONS IN JAPANESE CINEMAの略で、VIPO(特定非営利活動法人映像産業振興機構)が2006年度より文化庁委託事業として運営している「若手映画作家育成プロジェクト」である。各映画関係団体から推薦された若手映画作家の中から数名の監督を選定し、オリジナルシナリオでプロのスタッフ・キャストを使い、約30分の作品を制作・公開し、その後のステップアップをサポートしようという試みだ。

 過去には「劇場版タイムスクープハンター 安土城 最後の1日」(2013)の中尾浩之(2006年度)、「浅田家!」(2020)の中野量太(2008年度)、「あのこは貴族」(2021)の岨手由貴子(2009年度)、「トイレのピエタ」(2015)の松永大司(2010年度)、「嘘を愛する女」(2018)の中江和仁(2011年度)、「水曜日が消えた」(2020)の吉野耕平(2014年度)、「泣く子はいねぇが」(2020)の佐藤快磨(2015年度)、「君が世界のはじまり」(2020)のふくだももこ(2015年度)、「花と雨」(2020)の堀江貴大(2015年度)、「Eggs 選ばれたい私たち」(2021)の川崎僚(2019年度)等多数の商業長編映画の監督を輩出している「若手映画作家の登竜門」である。

「ndjc2020」の上映は、本作の他、木村緩菜監督「醒めてまぼろし」、志萱大輔監督「窓たち」の3本で、東京での上映は終了したが、3月12日(金)〜3月18日(木)名古屋・ミッドランドスクエアシネマ、3月19日(金)〜3月25日(木)大阪・シネリーブル梅田での上映が予定されている(ndjc2020 劇場公開:http://www.vipo-ndjc.jp/screening/ippan2020/)。


【毎日爆裂クッキング】

公式サイト
http://www.vipo-ndjc.jp/ndjc/5080/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2021年
公開年月日:2021年2月26日
上映時間:30分
製作会社:特定非営利活動法人映像産業振興機構(制作プロダクション:アルタミラピクチャーズ)
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:植木咲楽
製作総指揮:松谷孝征
プロデューサー:土本貴生
撮影:柳島克己
美術・装飾:沢下和好
音楽:谷口尚久
録音:郡弘道
照明:舘野秀樹
編集:宮島竜治
衣裳:山崎忍
ヘアメイク:中山有紀
製作担当:田中宏樹
助監督:石井晋一
タイトルデザイン:赤松陽構造
キャスト
相島文:安田聖愛
芳村花代子:渡辺えり
皆月副編集長:今里真
編集長:大谷亮介
文の同僚:小日向星一
農家:駒木根隆介
農家の嫁:肘井ミカ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。