苺フェアからの「うまっ!」

[246]「劇場版 殺意の道程」から

「劇場版 殺意の道程」は、完全犯罪計画を進めながら脱線を繰り返す異色の復讐劇。その脱線にからむのが食べ物の話題である。

プロジェクト名は「苺フェア」

 物語は、金属加工会社の社長・窪田貴樹(日野陽仁)が取引先の社長・室岡義之(鶴見辰吾)の裏切りに遭って自殺し、その貴樹の息子・一馬(井浦新)と従弟の吾妻満(バカリズム)が、貴樹の仇を討つために室岡殺害の完全犯罪計画を遂行していくという復讐劇である。

 ただし、出演と共に脚本を担当したバカリズムの“普通のドラマでは省略されがちな部分を細かく描く”という方針のもと、完全犯罪計画は脱線を繰り返す。シリアスな役柄を得意とする井浦の大真面目な演技と相まって、その脱線ぶりが微妙なおかしさを生み出している。

 一馬と満は殺人に関しては全くの素人なだけに、計画は立案段階から迷走気味。自宅に人を招くことを嫌う2人は、ファミリーレストラン「ガスト」で待ち合わせるが、お互いの頼んだメニュー(一馬は「ねばとろサラダうどん」、満は「肉盛りワイルドプレート」)が気になってしまい、わずか30分で打ち合わせ場所を一馬の親友、重盛隼人(河相我聞)の仕事場に変更する。

 ここで難航したのがプロジェクト名を決めること。持ち寄った名称案の数々は「プロジェクトM(室岡)」「必殺! 一馬&満の完全なる計画」はじめ、いかにもバレそうなものばかり。ちなみに本作のタイトルはその案の一つに由来している。

 その場に現れた隼人が連れてきたキャバクラ嬢のこのは(堀田真由)が、「復讐に全く関係ないものがいいですよ」と、たまたま手にしていたインターコンチネンタルホテルの苺フェアのチラシを差し出したことから、プロジェクト名はあっさりと「苺フェア」に決定する。しかし、殺人の計画を簡単に他人に打ち明けてしまうことからも、一馬たちの素人っぷりが露呈している。

人生の幸せは「うまっ!」の回数

一馬と満の「うまっ!」談義のきっかけとなったコンビニの新商品「濃厚!チーズクリームパン」。
一馬と満の「うまっ!」談義のきっかけとなったコンビニの新商品「濃厚!チーズクリームパン」。

 別の日、一馬と満は具体的な殺害計画を立てるため、室岡の会社「グッドM」の前で張り込みし、室岡の行動パターンを探る。張り込みと言えばパンと牛乳というのが刑事ドラマの定番というわけで、満が近所のコンビニで仕入れてくるが、そのなかの一つが思わぬ波紋を広げることになる。新商品の「濃厚! チーズクリームパン」がそれで、それを口にした一馬は「うまっ!」となってしまい、勧められて食べた満も「うまっ!」となり、そのうまさに興奮した一馬は追加で5個買ってくるものの、2人とも2個目が限界で、チーズ系のパンはどんなにおいしくても飽きるということを学ぶ。

 そんななか室岡が現れ、2人は尾行を開始。室岡は満が雑誌で見たことのある高級すし店に入って行く。ここで2人はこのような店のすしがどのくらいうまいのかという議論に迷い込んでいく。回転ずし専門の2人には「中尾彬とかが来てそうなおすし屋さん」(満)の味は想像もできないのだが、あれこれ話しているうちに、“人生で「うまっ!」となる回数は回転ずしに行く俺らの方が多いのではないか?”という結論に至るのだった。

 ここで再びさきほどのチーズクリームパン体験を思い出し、「うまっ!」談義がさらに暴走し、ついには「……そう考えたら俺らの方が幸せだよね」。こうして2人して優越感に浸った時点で、ある意味復讐に似たカタルシスを得たと言える。

 そしてチーズクリームパンからの「うまっ!」談義と脱線はとめどもなく続いていくのだった……。

 こんな調子で完全犯罪を成し遂げられるのかと見ている方が心配になってしまうのだが、物語は意外な方向に転がっていくので、ぜひ劇場または配信でお楽しみいただきたい。

日本でも始まったハイブリッド配信

「劇場版 殺意の道程」はWOWOWプライムで全7話に渡って放映されたオリジナルドラマを2時間に再編集したもので、2021年2月5日の劇場公開と同時にauスマートパスプレミアムおよびTELASAでの配信がスタートしている。

 コロナ禍での映画館の営業制限、相次ぐ作品の公開延期等の影響で、劇場公開と同時にネット配信がスタートする「ハイブリッド配信」が増えている。Netflixのような従前の動画配信サービスだけでなく、ハリウッドメジャーが直接乗り出していることが注目される。

 日本でも又吉直樹原作、行定勲監督、山崎賢人主演の「劇場」が2020年7月17日に実写邦画としては初めて公開同時配信されたのを皮切りに、ハイブリッド配信の流れが出来つつあり、本作もその一つである。劇場公開からビデオが出るまで数カ月待たねばならなかった従来を考えると夢のような話だが、やはり映画は劇場で観るべきだと考える方もいることだろう。


【劇場版 殺意の道程】

公式サイト
https://entm.auone.jp/camp/satsui-movie/lpc
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2021年
公開年月日:2021年2月5日
上映時間:120分
製作会社:「劇場版 殺意の道程」製作委員会
配給:WOWOW
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督:住田崇
脚本:バカリズム
プロデューサー:高江洲義貴、大内登
撮影:佐藤匡
美術:野々垣聡
装飾:森公美
小道具:土橋麻衣子
音楽:大間々昂
録音:蟻川真矢
音響効果:佐々木淳一
照明:岩木一平
編集:岡崎正弥
衣裳:加藤優香利
ヘアメイク:鈴木海希子
選曲:大河原将
制作担当:岡本健志
助監督:北野隆
記録:小原菁子
CG:三村堅一
タイトルバック:大橋尚広
キャスト
窪田一馬:井浦新
吾妻満:バカリズム
このは:堀田真由
ゆずき:佐久間由衣
室岡義之:鶴見辰吾
室岡の愛人:飛鳥凛
窪田貴樹:日野陽仁

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。